学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太

前編

No.001:『み、見えるの?』


『み、見えるの?』


 部屋のドアを開けて硬直している俺の目の前。空中にフワフワと浮いているその「地縛霊」は俺に向かってそう言った。


 地縛霊と言っても普通の霊じゃない。セーラー服を着た女子高生だ。しかもそのスカートの丈が……それはもうかなり短い。おまけにその長い髪は薄っすらとピンク系、いわゆるギャルである。


「見えるかと言われると……ギリ見えない……」


『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』


 地縛霊はあわててスカートの前を下に引っ張って、足を隠そうとする。


『そうじゃなくって! なんで見えるのかって訊いてるの!』


「だから見えてないって言ってるだろ? それにそんなに短いスカート履いて空中にフワフワ浮いてたら、気になって目が行くのは仕方ねーじゃねーか。お前ら女子っていっつもそうだよな? 『きれいな足だなぁ』とか思って見てたら『は? 何見てんの? 男子キモいんですけど』とか言ってくるだろ? そんなんだったら最初からそんなに短いスカート履かなけりゃ」


『もうっ! そうじゃなくって!』


「おっと」


 その霊は音もなく俺の目の前までスーっと降りてきて、腕をブンブンと振り回す。その腕はもちろん全て、俺の体をすり抜けていく。


『もー! わかって言ってるよね? どうしてアタシのことが見えるのかって訊いてるのよ!』


「ん? ああ……まあ、俺は霊能者なんだよ」


『霊能者……?』


「ああ、室町時代から続く寺の住職の家系でな。代々霊能者の血を引き継いでいるんだけど、たまたまその役割が俺に回ってきたってわけだ」


『私を見て驚かないの?』


「まあ霊なんてものは、いままで嫌っていうほど見てきたからな。そこはそんなに驚かないけど……それよりお前、もの凄く霊力が高いな。そっちの方がびっくりだ」


『霊力?』


「ああ。なんていうか……霊の純度が高いというか……だから俺にはかなりはっきり見ることができるんだ。それに邪気がまったく感じられない。だから安心してコンタクトできたんだよ」


 子供の頃からありとあらゆる霊を見てきた。もちろんコンタクトを取ったこともある。その経験を踏まえてこの霊は安全であることは明らかだった。例えて言うなら「座敷わらし」のような存在と言える。


『ねえ……どうして私はここにいるの? それになんで……』


 彼女は悲しそうな顔をしてうつむいた。


「地縛霊は成仏できず、その場所から動けなくなってしまった霊なんだ。ほとんどの場合は怨恨えんこん、つまり恨みつらみが溢れかえって死んでも死にきれなかったというパターンが多い」


『そ、そうなの? でもアタシ、誰も恨んでなんかいないよ』


「そうみたいだな。通常怨恨を持った霊は、禍々しいオーラを身にまとっているのですぐに分かる。怨恨のパワーがあまりにも大きいと、悪霊となって物理的な影響を及ぼす力を持つことさえある」


 幸い俺はそのような霊には今ままで単独で接したことはない。そういった霊はいつもオヤジに対処してもらってきたからな。


「でもお前のオーラはものすごく澄んでいる。人を恨んでいるような感じでもないしな。そういうケースで成仏できなかった場合の理由は……普通は一つしかない」


『な、なんなの?』


「後悔だ」


『後悔……』


「人を恨むようなことはなかった。ただ『これがやりたかった』『本当はこうしたかった』……そうした思いがあまりにも強いと、成仏できないことがある。なにか思い当たることはないか?」


『……』


「何かあるのか?」


『えっ? あ、ある! あるわよ! あるに決まってるじゃない!』


 彼女は顔を上げて、勢いよく話しだした。


『アタシ、まだ16歳だったんだよ。もし今生きてたら高2の春。やりたいことなんかたくさんあったに決まってんじゃん』


「ああ、そうか……そりゃそうだよな。それに俺とタメだったんだな」


『うん、そう……みたいだね』


 俺は彼女の顔を正面から見た。地縛霊なのでもちろん姿の向こうが透けて見える。だがその霊力の高さからか、俺には彼女の姿をかなりはっきりと見ることができた。


 薄いピンクのサラッとした長い髪にくりっとした二重の目元。鼻や口といったパーツは小ぶりで幼い印象を受ける。身長は165センチぐらいか? すらっとした足元が綺麗……とか地縛霊に対して思ったりする自分に呆れてしまうが……。


「ところで……俺はこの部屋に引っ越す予定なんだよ」


『えっ? やっぱりそうだったんだ』


「やっぱりって?」


『う、ううん、なんとなくそうかなって』


「しかしなぁ……地縛霊つきの部屋とか、完全な事故物件だぞ。せっかく高2の始めから寮を出て一人暮らしを楽しみにしてたのに……こりゃ他の部屋探したほうがよさそうだな」


『まあまあ、いいじゃない。ちょうどアタシも暇してたんだしさぁ』


「冗談言うなよ……とりあえずちょっと待ってくれ。オヤジに電話して聞いてみるわ」


 俺はスマホを取り出して、連絡先から「城之内尚太じょうのうちしょうた」を選んでタップした。

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