No.007:栄花の巫女様


雄君ゆうくん、おはよう」


 雄介とそんな話をしていると、そんな可愛らしいソプラノボイスが聞こえてきた。


「おう琴葉。おはよ」


 栄花の巫女様ことわが校のアイドル、花宮琴葉が雄介のところへやってきた。さすがはイケメン雄介、巫女様に名前呼びだ。まあいとこ同士だから不思議ではないのか。


 花宮の顔を近くで改めて目にすると……本当に可愛い。それぞれのパーツが整っていて、笑顔で語りかけられると心臓が高鳴ってしまう。おまけにサラサラの黒髪からはいい匂いが流れてくる。俺は花宮が近くに来ただけで、心臓が高鳴った。


「それと……城之内君、同じクラスになったね。この間は助けてくれてありがとう」


「え? ああ……俺のこと覚えてたのか?」


「もちろんだよ! 城之内君のことは雄君からもいろいろ聞いてたし」


 花宮はそう言って可愛らしい二重瞼の目を少し細めて、屈託のない笑顔を俺に向けてきた。その笑顔は……かなりの破壊力だ。俺の心臓は、再びテンポアップした。


 花宮が言っている「助けた」というのは、別に全然大したことじゃない。大量のプリントを持って職員室から出てきた花宮が階段のところでバラバラと落としたので、拾ってやって彼女の教室まで一緒に運んでやっただけだ。


 その時は花宮と歩きながら少し話をしただけだったのだが……俺にとってはちょっとしたイベントだった。彼女は俺のことなど認識していないと思っていたのだが、どうやら「雄介の友人」というフラグは立っていたらしい。


「そういえば琴葉……この間言ってたよな? ナオと」

「わーわーわー」


 突然花宮は、雄介の言葉を大声でさえぎった。なぜか顔が少し赤い。そしてそれがまた……とてつもなく可愛いのだ。いったいどうしたんだ?


 そしてそんな俺達3人の姿は、クラスの中でも既に目立っていた。花宮の表情の百面相に、多くの男子が目をハートにしている


「ちょ、ちょっと雄君! 今言うことじゃないでしょ?」


「そうなのか? じゃあ自分でちゃんと言えよ」


「も、もう! 別にいいでしょ!」


 花宮はそう言って子供みたいに拗ねて頬を少し紅潮させると、俺たちのもとから離れて行ってしまった。


 俺は疑問が解けないまま、雄介の顔を覗き込む。


「ん? ああ……まあ大したことじゃない。だから、あんまり期待するな」


「いや期待はしてねーけど……逆にその言い方は気になるぞ」


「だから気にすんなって」


 この話は終わりだ……メガネをクイッと上げた雄介の顔にはそう書いてあった。


              ◆◆◆


 2年A組の担任の先生は、英語教諭の吉川先生(35歳・男性・既婚)という誰も喜びもせず悲しみもせずというイベントを経て、HRを終えた。今日はこれでもう授業もなく、帰宅できる。


 なんだか今日は疲れた。どこにも寄らずに帰ることにする。といっても部屋に帰ったら帰ったで、疲れるイベントが待っているわけだが。


 部屋に戻って、ちょっと憂鬱な気持ちでドアを開ける。


「ただいま」


『あ、ナオ! おかえり!』


 テレビの前にいたりんは、スーッと音もなく玄関口までやってきた。


『2ヶ月の間にいろいろあったんだね! Fast Boysのやっちゃんが引退してたなんてショックだよ! アタシファンだったのに! それから安川ミカちゃん、妊娠3ヶ月なんだってね! お相手はあのPassion Generatorのヒロらしいよ! でもヒロって前もグラビアアイドルと噂あったよね? これはどうせ結婚したって2年以内に別れるだろうなぁ……それから今タピオカチーズケーキっていうのが流行ってるんだってね! 美味しいのかなー、どんな味なのか想像もつかないや。それと、おととい市役所の近くで家事があってね。放火だったんだって。それでね、犯人は中学生だったらしいよ! なんかね、両親が家でケンカばかりしてて、むしゃくしゃしてやったって。そんなことくらいで放火なんかするなって言いたいよ! ねえ、聞いてる?』


「情報量が多過ぎる!」


 なのなのコイツ? 暇な主婦か?


「りん、どうせ午前中ずっとテレビでバラエティ番組見てたんだろ?」


『せいかーい。もうチャンネル変えまくって、CM見る暇もなかったよ。あ、しーちゃんがチャンネルを一生懸命変えてくれてね、本当に助かった。しーちゃん、ありがとう! あなたは天才! よっ、式神の中の式神!』


 式神は褒められて嬉しいのか、頭の後ろの方をポリポリ掻いている。


「まったく……式神、ご苦労だった。もういいぞ」


 俺は式神に念と共に息をフッとかける。すると式神はもとの千代紙サイズの普通の和紙に戻った。


『あっ、しーちゃんが!』


「もう役目を終えたからな」


『その紙って、もう一度使えるの?』


「無理だ。これは霊力を込めた特別な和紙で、オヤジが作ったものだ。俺はまだ作れない。1回使ったあとは、これはもうただの紙。メモ用紙くらいにしか使えない」


『えー……しーちゃん、可愛かったのにな』


 りんはシュンとした表情でそう言った。

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