第28話 真相
災害から二ヶ月以上が経ち、旅館も落ち着きを取り戻した。紅葉のシーズンも終わり、いよいよ雪の季節になろうとした頃である。
まだ建物や道路、橋などの再建は残っていたものの、雪が本格的に降り始めるこれからの時期には復興作業も思うように進まない。その為春になるまで一部工事の待機が決まった。
よって一旦現引き上げる方々も増え、工事関係者が宿泊していた部屋が空きだした。その分旅館としては再び多くの観光客を招き入れたいところである。しかし災害の影響からか、例年に比べると客足は鈍っていた。
それでも毎年雪が降り積もる景色を見ながら、温泉に浸かって富士山を見たいとやってくる常連客も少なくない。そのおかげでようやく仕事に復帰し始めた春香も、それなりに忙しい日々を送っていた。
そんな時にとんでも無いニュースが飛び込んできた。土砂の排斥作業を続けていた業者が、人間の白骨を発見したという。これはおかしなことだった。
なぜなら一名だけ行方不明になっていた人物は、それまでの捜索ですでに遺体として発見されていたからだ。その為今回の災害による死者数は一名と発表されていた。
ではこの白骨は一体誰なのか。そうした謎が日本中を駆け巡りDNA鑑定をしたところ、失踪中だった加納の名が浮上したのである。
これには二重に驚かされた。以前後藤から聞いた話によると、退職した加納は彼の実家である埼玉の川越で療養中だったらしい。そこに彼宛ての電話がかってきて話をした後、突然出かけると言って外出したそうだ。
しかし彼はそのまま帰宅せず行方不明になったという。それは土砂災害が起こった後のことである。
その彼が何故、北森地区の土砂崩れ跡から現れたのか。もちろん失踪した時期や状況として事故ではありえないと考えられた。やがて何らかのトラブルに巻き込まれ殺された可能性が高いとして警察は捜査に乗り出した。死体の司法解剖の結果、他殺の疑いが濃厚であると判断されたからだという。
そうなると加納の足取りを追う本格的な検証が行われる。失踪届を出してからの動きとは違い、優秀な日本の警察が本気を出せばあっという間だった。直ぐに一人の容疑者が浮上し任意で事情聴取をしたところ、その男は素直に自供し始めたという。
さらに家宅捜査の結果、その男の自宅や自家用車等から証拠も出たそうだ。よって犯人と断定され、殺人と死体遺棄の罪で逮捕された。春香はここで三度驚かされる。ニュース等により、犯人があの寺脇だと知らされたからだ。
その上彼が加納を殺害した動機等が明らかになるにつれ、かつて一家心中した遠山家とも関わっていたことが判ったのである。
どうやら第二支社のスタッフだった遠山さんと寺脇は不倫関係にあったというのだ。しかし別れ話がこじれて彼女は会社を退社し、その後一家心中により亡くなったという。
彼が人柄の良さを利用し女性社員に手を出しているとの噂は、春香も耳にしたことがある。ただあの当時は直属の上司である太田に比べ、人望の厚かった寺脇がそんなことをするはずはないと思っていた。
しかし女癖が悪かったことは事実だったようだ。彼は家庭不和が続いていた遠山さんに近づき、相談に乗りながら信頼を得たのだろう。やがて彼女の心の弱みに付け込み肉体関係を持ったという。
彼は同様の手口により関係を持ったスタッフや事務員が他にもいたらしい。そのことが一部の女性にばれてトラブルに発展したこともあるそうだ。そう考えると、春香が長期休養に入っている間に気遣うハガキが送らてきたのも、下心があっての事だったのかもしれない。
だが寺脇が火新調査課へ異動したことを機に騒ぎは落ち着いたという。その時期は遠山さんが退社しその後亡くなった頃とほぼ一致していたそうだ。
実は寺脇の説明とは異なり、彼の異動は懲罰を含めた結果だったらしい。つまり会社も社内での女性関係に問題がある事実を掴んでいたのだろう。
けれど問題を大きくしたきっかけは、本社の調査チームが太田が起こした件も含め、本格的に全国で起こっている不祥事のあぶり出しを始めたことだった。
その頃加納が会社を退社したこともあり、寺脇も人事部から事情聴取を受けたそうだ。その時は太田について知っていることを暴露したらしい。
だがその聴取の中で寺脇自身の女性関係の話題も上ったという。その時はなんとか誤魔化したようだが、遠山の死で彼は少し過敏になっていたのだろう。
営業から異動させられたのは彼女の死より前だった。その為これ以上余計なことが発覚すると人事評価がさらに低下すると恐れたようだ。
そこで加納も調査対象に含まれておて、人事に何度か呼ばれていると聞いた寺脇は焦った。実は遠山さんとの関係を加納に知られていたからだ。かつて二人でこっそり会っている所を見られたことがあるという。
その時にはなんとか口止めし、彼も黙認していた。だが彼女の死により状況は大きく変化した。その為再度口を封じようと、彼の実家近くの公衆電話で呼び出したらしい。
彼は遠山さんが一家心中で亡くなったことを知っており、太田の不正よりも彼女に死を選ばせた寺脇のことを許せなかったのだろう。その為話し合いの中で人事部に報告することを仄めかしたという。
加納が春香の旅館を訪ねたことも単なる偶然ではないらしい。慰安も兼ねていたようだが、本来の目的は別にあったという。彼は遠山一家が亡くなる直前に寄った旅館に宿泊し、事故が起こった現場を訪れて花を手向けることだったらしい。
彼は第一支社での不祥事に加え、寺脇と遠山さんとの関係を知りながら何も手を打てなかった自分を責めていたという。春香が例の件で悩み苦しんだように、彼もまた様々な件に目を瞑り逃げたことで取り返しがつかないことになったと悔やんでいたのかもしれない。
遠山さんとの不倫関係等が会社にばれれば、寺脇はさらにキャリアを汚すことになり、今度はどこの地方へと飛ばされるか判らない。それを恐れた彼はカッとなって加納と激しく争った。
気が付いた時には、頭から血を流した加納が倒れていたという。おそらく突き飛ばした際に、地面に強く頭を打ち付けたらしい。
殺してしまったことに驚いた彼は、慌てて自分の車のトランクに死体を運んで隠したそうだ。
彼の家庭は浮気が奥さんにもばれ長い別居生活が続いており、一人暮らしだったという。そこで彼は誰にも気づかれないよう死体を自宅へと運び、腐らないように冷やしていたらしい。
だがそれも限界が来てどうにもならないと思っていた時、土砂災害の応援要請が来た。そこで崖崩れした場所のどこかに死体を投げ捨てようと考え、実行したという。
だが突発的な殺人だったからか、死体の隠し方もあまりに計画性が乏しく杜撰だった。北森地区の土砂災害は、範囲が狭かったことも災いしたようだ。
もっと広範囲に及ぶ水災害であれば、もう少しごまかしようがあったかもしれない。死体も遠くまで流れ、埋まったままの可能性もあっただろう。悪いことはできないものだと彼は素直に自白を重ね、今は強く反省しているという。
そんな痛ましい結果を聞いて、春香のやるせなさはさらに募った。寺脇の事を信頼し、告白相手として選んだ自分の目は節穴だったのだ。しかも遠山家の一家心中も彼の責任だったならば、怒りは収まらなかった。
あの事故では損害が激しく、誰が運転していたかは警察でも最後まで判らなかったようだ。しかしレンタカーの借主が父親だったため、おそらく運転者も彼だと思われていたが、もしかすると寺脇と揉めて会社も辞めていた母親が運転していた可能性もあった。一家心中を選んだのは彼女だったかもしれない。
そう考えると自分の人を見る目のなさと余りの未熟さに腹が立った。やはりこの旅館で働く資格は無いと改めて感じた出来事となったのである。
ようやく年が明けた新年最初の日の夜、自粛していた和太鼓ショーを復活させる事が決まった。まだ災害の爪痕は大きく残っていたが観光客も少しずつ戻りつつある中で、ショーの再開を求めるお客様の声が大きくなったためだ。
要望はずっとあったが、秋口から申し入れが高まりだしたという。そこでいつ行うかを具体的に話し合った結果、年明け一発目に開催しようとの結論に至ったらしい。
夏のイベントにまでは及ばないが、例年三が日に行われるショーもかなり大がかりなものである。白く覆われた大庭園での演奏は、雪をも溶かす熱気あふれるステージとして毎年繰り広げられていた。
春香にとっては夏のイベント同様、演者として初めての経験となる新年の演奏に心が弾んだ。約三カ月ぶりに行われる演奏であり、かつ大きなショーであると共に最後の舞台となるため余計に気合いが入る。
部として夕食後に行われるショーはまだ中止されていたが、他の部員達による練習は災害が起こった一カ月後から個々で再開していた。各々が来るべき日に備えて技術や体力が衰えないようしっかりと鍛えていたのである。
だが春香は体調を崩していたため出遅れただけでなく、真っ白な雪に囲まれた舞台の上で演奏するのは初めてだ。しかも去年は旅館内での業務をしていたので、ショーを見る機会はほとんどなかった。
小畑から聞いた話によると、屋外で行われるため最初は寒さで手も足もかじかむという。だが一曲叩けば体も温まり、その後は汗をかくほどの熱気に包まれるらしい。
また地元のテレビ局もやってきて放送することが決まった。災害救援に活躍した旅館として表彰されるとも聞いている。
いよいよ本番が始まった。小畑がマイクを持って舞台に立つ。挨拶といつもの口上に加え、災害に遭った人達へのお見舞いの言葉と今後の復興へ向けて素晴らしい新年になることを願い、掛け声が発せられる。
演奏される曲の一つはもちろん“大霊峰富士”だ。この曲は自然の偉大さを認めて崇め大地の恵みに感謝し、噴火により被害を受けた人々の霊を慰める想いが込められている。
春香にとっては今回の災害で被害を受けた人々やこの土地での災いを宥めるためだけでなく、亡くなった遠山一家と加納の霊を弔う意味もこの曲には込められていた。
「ハッ!」
今回は和太鼓部、三十五名全員が大声で気合を入れた。
「ハッ!」
大きく出された声を合図に、三十五名が太鼓に向かってバチを振り下ろす。今年最初の、和太鼓の音が大きく響いた。
― ドン!
ここから新しい年が始まる。春香にとっても大切な時がスタートした。白銀の世界の中、赤い法被を着た部員達は力を振り絞って太鼓を叩き続ける。
ほとばしる汗で体には湯気が立ち上った。バチを握った腕が次々と太鼓の面に向かって繰り出される。懸命に叩き続けた。ただひたすらに、そしてがむしゃらに。
予定通り冬のショーを終わらせ、三月末まで働いた後に春香は旅館を退職した。周囲の人達からは何度も引き留められたが、決心は固く揺るがなかった。
退職する頃には災害による混乱から抜け出していたことも理由の一つである。また自身の体調もかなり回復したことで仕事でも最後の奉公ができ、心残りがなかったことも決め手となった。
惜しまれつつ旅館を去った春香は、両親の待つ家へと戻った。ちなみに柴田に対する淡い恋は災害が起こった途端、彼には同棲相手がいたという事実が判明したことにより泡となって消えた。
また友永と片岡、小畑の三角関係もその後に結論が出た。大規模な土砂災害という通常とは異なる環境に置いて、若い片岡がいくら仕事のできる子といえども新人レベルでの話だ。それに比べて小畑の
友永もいざという時に頼りになる女性、輝く人は小畑だと気付いたらしい。多忙な勤務体制で旅館に泊まり込むことも多くなった彼は、寮にいて二十四時間働き続けているのではないかと思われるほど頑張っている小畑に再び魅かれたという。また二人で疲れ切った他の従業員達を鼓舞しながら、信頼関係を築いていったようだ。
その後旅館に落ち着きが戻った頃二人は正式に付き合いだし、四月から小畑は寮を出て市内に住む友永と一緒に暮らし始めるという。結婚式の日取りなどが具体的に決まったら必ず連絡するから出席してね、と小畑から強く約束をさせられた春香は当然伺いますと答えた。
二人の幸せを祈りつつ地元に戻り、春香は事前に目を付けていた福祉関係の再就職先での面接を受け、無事採用が決まった。
うつ病という持病と、過去における二つの勤務先での長期療養という経歴があったにも拘らず採用されたのは、それだけ福祉関係の人材が不足していることを表していた。
給料は安く抑えられ労働条件は決して楽では無く、また相手をするのは子供から老人まで様々な障害を抱えた人達であり、対応も一筋縄ではいかない。
しかしそういう環境をあえて選んだ。自分の体の調子を見ながら、それでも人の役に立っていると思うことができる仕事に挑戦したかったからである。
心のどこかで他人に奉仕することにより、自らの罪滅ぼしを行う気持ちがあったことは否めない。
目的はそれだけではなかった。実家に戻ってもう一度体調を整えつつ福祉の勉強と実地での経験を積むことができれば、いずれまた親元を離れて自立するつもりだった。そこまでできて、初めて病を克服できたと思えるだろうと考えたからだ。
あくまで今の状態は、病が再発したことを素直に受け入れた段階である。その上でこれからの人生を仕切り直すための準備として、心と体を鍛えるためのリハビリ期間だと思っていた。
また再びボランティアで和太鼓を叩くことも始めた。今度は以前とは別だが、同じく障害者を相手とする和太鼓のチームである。今度こそ以前のような過ちを犯すことは許されない。
ここでも過去の罪を償う気持ちを持ちつつ、加えて和太鼓の音の響きが脳へ働きかけ刺激し、自分自身の心身を鍛えるリハビリにもなると考え参加した。
やはり和太鼓を叩いた時の感触とその音は、癖になるほど素晴らしい。汗水垂らして懸命に、がむしゃらに叩いている瞬間は、過去や現在の全ての嫌な出来事やしがらみ等から解放され自らの魂が浄化される気がした。
小畑が教えてくれた、がむしゃらという言葉の意味を思い出す。盲目的に後先考えないでやたら頑張ることではない。しっかりこれまでやってきたことを振り返った上で、目標や課題を設定して懸命に頑張ることだと彼女は言った。
これまでがむしゃらに生きてきたつもりの人生は、どちらかというと前者だ。しかしこれからは後者のような生き方を目指して生き続けたい。
それでも上手くいかないことがあるだろう。しっかり太鼓を叩いたとしても、バチが悪かったり太鼓の皮が破れたりしていれば決して良い音は出ない。
そんな時はバチを変え皮を張り直す、または違う太鼓を叩けば良いのだ。つまり方法を変えたり、相手を変えたりして正しく懸命に叩き続ければ、いつか必ず良い音は返ってくる。
そう信じて今日もバチを握ってリズムを刻む。空高くどこまでも響き渡るこの音色に魅せられながら、がむしゃらに叩くのだ。力任せではない。懸命に叩きながらも丁寧で正確にリズムを刻まないと、太鼓の音は奇麗に響かない。
熱い心を持って、しかし頭の中は冷静でいることだ。腕をしならせ力を込めながら、太鼓の皮を正確に捉える。そうすれば必ず応えてくれると信じて。
どこまでも、どこまでも遠く届け。バチで叩くことによりこの世にある様々な苦しみを少しでも消し去り、和らげられるよう願いを込める。今この瞬間生きている喜びを噛みしめながら、春香は今日も和太鼓を叩き続けるのだった。(了)
がむしゃらに しまおか @SHIMAOKA_S
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