古文書
その書物の表紙には「雨燕」とただ二文字だけ古い字体で記されていた。
神社の名前と同じ名前の書物。ただそれだけなのにも関わらず、思わず興味を引かれた私は、そのカビ臭い本を手に取って開いていた。
年季の入った藁半紙に書かれた草書体とも取れないような文字は読み取るのにかなり苦労した。
ところどころ破れたその書物には私の神社がある理由、私たちの住む街
が常に雲に覆われている理由が記されていた…
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「…で、その内容って?」
美咲は黙って、少し俯く。
「…覚えてない…」
「え?」
「はっきりと覚えてないのよ、何年も前に見た物だし…」
「…」
「ただ…さっき葵が言った『
「…そう、、じゃあさっき言ってた『後悔』っていうのは?」
美咲の拳に少し力が入るのがわかった。
少しの沈黙の後、質問を取り消そうかとも思ったがそうする前に美咲が口を開いた。
「その書物を読んでる時…」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
当時の私はその書物に思いっきりのめり込んでいた。
内容こそはっきりとは覚えていないものの、知らない時代に書かれたその書物に惹き寄せられていたのははっきりと覚えている。
どれくらいの時間のめり込んでいたのかは覚えていない。
はっと我に帰ると、その当時神主をしていたお爺ちゃんが部屋に入ってきた。
その書物が分厚かったからなのか、昔の文字を解読するのに時間が経ったからなのか、顔を上げると障子の向こうは暗くなっていた。
「美咲、もう遅いから戻りなさい。今夜は冷え込むよ」
その日は今と同じくらいの時期、エアコンなんてあるはずもない古い神社の建物はもうとっくに肌を切るような冷たい空気で満たされていた。
書物を小脇に抱えたまま部屋を出ようと立ち上がった時、お爺ちゃんは私の腕の中の古びた冊子を見て血相を変えた。
「それ…どこから…?」
「え?普通にこの部屋にあったよ?」
私は振り向かずに部屋の奥の方を指さしてみせた。
しかしお爺ちゃんの血色は悪くなるばかりで、足早に私に近づいて書物を取り上げた。
「え〜まだ読んでる途中n…」
「早く戻りなさい!」
普段優しいお爺ちゃんに突然怒られてとてもショックを受けたのを覚えてる…。
その日はそのまま部屋を追い出され、以降書庫に入ることも禁止されてしまった。
理由を聞いても答えてくれることはない。
時々こっそり忍び込んで見たこともあったが、小さい私では探せる範囲も限られていたからかその書物が見つかることはなかった。
そのまま数年の歳月が過ぎ、結局何も知れないままお爺ちゃんは亡くなってしまった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「今思えば、あの書物にはこの街の空のことについて書いてた気がするし、それにお爺ちゃんが私に何を隠していたのかも気になる」
「…うーん、それってつまり本を読みきれなかった後悔?」
「いや、それもなくはないけど…」
「(…なくはないんかい)」
「一番は謝れなかったことかな…。なんで怒ってるのかも気になったけど、結局あれ以来全然口もきけなかったから」
「…そっか」
「うん、だからあれ以降気になったことは直ぐ解決したいし、何か迷ったときはなるべく行動する様にしてるんだ」
やらない後悔よりやる後悔というやつか。美咲の知りたがりな性格やちょっとSFオタクな部分の由来も今の話でなんとなく分かった気がする。
「…まっ、とりあえずここで考えてても仕方ないし、お昼食べに行こ!」
「さっきまで朝だった気がするんだけどなあ…」
「それは葵が11時まで寝てるからでしょ…」
そう言ってベンチから立ち上がった私たちの後ろに、私は何か見覚えのある人影を見た気がした…。
空に陽が差すその日まで バターもろこし @Peanut_K20
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