トウム・ウル・ネイ──その生活と婚姻 抄訳

くれは

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 トウム・ウルとは空に暮らす生き物である。空を飛んでいるが、その姿は鳥には見えない。むしろどちらかと言えば、流線型のその体は魚のように見える。

 そして大きい。だいたい内海に浮かぶ島一つほどの大きさがある。より大きな個体もいるくらいだ。

 それほどに大きな生き物が翼もなくどのように空を飛んでいるのかは、わかっていない。


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 トウム・ウルの背中に暮らしているのがトウム・ウル・ネイだ。

 彼らはルーと呼ぶ生き物を飼い慣らし、その背に乗って移動する。ルーは、説明するならば飛竜とでも呼ぶのが良いだろうか。翼を持ち、空を飛ぶ生き物だ。

 また、アーゴルという鳥を家畜としている。

 トウム・ウルは生き物なので、ずっと同じ背中に暮らすことはできない。それでトウム・ウル・ネイは自分たちが暮らしているトウム・ウルの様子を観察し、不調があるようであれば別のトウム・ウルに移り住む。

 そうやって、トウム・ウルからトウム・ウルへと移りながら暮らす。彼ら流に言うならクードゥルー(移動する、移る、引っ越す、など)ということになる。


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 トウム・ウル・ネイの時間感覚は、どうも私とは違うように思う。

 誰かが「少し出かけてくる」と言って一昼夜から二日ほど戻ってこないということもある。小さな子供でもなければ、それでも誰も特に何も言わない。そのくらいが当たり前らしい。

 空の上は広い。そこを飛び回るのであれば、そのくらいの時間感覚でなければやっていけないのかもしれない。


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 トウム・ウルの背中はその表面に土が溜まったようになっている。背の高い木などは当然ないが、背の低い草などは見ることができる。

 トウム・ウル・ネイは、それを地面として地中にあまり根を張らない植物を育てたりもしている。よく見かけるのはショシュと呼ばれる豆だろう。

 それ以外には苔も多く見られる。食用や染色用など、いくつかの種類があるようだった。

 また、地面を這うように広がって地面近くに花を咲かせて実をつける綿のような植物もあり、それで糸を紡ぎ布を織ったりもしている。

 トウム・ウル・ネイは見事な刺繍の技術を持っていて、彼らの刺繍の布製品は、彼らがトウム・ウルから地上に降りて地上の者たちとソリトー(物を交換すること、商売)をするのにも使われている。


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 運の良いことに、彼らの婚姻を見ることができた。

 私がお世話になったネイ(この場合は家族という意味)の一人のケレト(婚姻)に立ち会うことができたのだ。

 トウム・ウル・ネイのケレトというのは、花婿が花嫁を攫うことを言う。攫うとは言っても、あらかじめ花婿と花嫁の家の間では取り決めがあり、事前に顔合わせもある。

 それでも、彼らが語る昔話を聞けば、以前は本当に攫っていたのだろうと思える。現在は穏やかな形に落ち着いているが、その婚姻の手順の端々にその名残が見えるようでもある。

 今回の花婿は、リクトー・ラッフと呼ばれる若者だった。この名前は、彼らの言葉で勇ましい羽という意味になるらしい。

 リクトーというのは他にも、真っ直ぐに飛ぶとか矢のように飛ぶ、勢いがある、というような意味合いがあるそうだ。これは、意味を把握するのが大変な語句の一つだった。

 きっと、ルーの騎乗が巧みなことから名付けられたものだろう。


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 トウム・ウル・ネイは、生涯で何度も名前を変える。赤ん坊のうちは大抵皆似たり寄ったりの名前を付けられる。我々の感覚で言えばチビちゃんという呼びかけに近いような名前になる。

 そこから成長していくにつれ、本人の特徴、得意なことなどから名前が決まってくる。何らかの活躍があれば、それにちなんだ名前が与えられることもある。そうやって付けられた名前は名誉でもある。

 そして、ケレト(婚姻)も名前が変わる機会の一つである。

 婚姻した花婿と花嫁はお互いに新しい名前を送り合う。それで二人で新しい名前を名乗り合うことでクホス(夫婦)と見做される。この新しい名前の名乗りについても、ケレトの手順を追うと、花嫁を攫ってきた頃の名残があるように思われる。


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 ケレト(婚姻)の手順だが、現在はまずクホス(夫婦)になる男女の顔合わせから始まる。このとき、当人の家族どうしでは段取りの相談が行われる。

 花婿の家からは、花嫁の家に対して攫う花嫁の代わりにどれだけのものを差し出すのかを伝える。差し出すものの中には必ず一頭のルーも含まれる。ルーはトウム・ウル・ネイにとっては家族のようなものだが、花嫁を手に入れるために家族をも差し出すということかもしれない。

 顔合わせと段取りの相談でよほどのことがない限り、ケレトは進むそうだ。

 男女の顔合わせの機会は何度かあるが、大抵は男の方が女の家を訪ねることになる。これは、実際に花嫁を攫うための下調べの意味もあるのだろう。

 そうして当日、両家は宴の準備をする。まずは花嫁側だ。

 花嫁は刺繍で飾った花嫁衣装を着る。最後に花嫁は、大きな白い布を被ることになっている。その状態で、母屋ではなく離れ家で一人花婿を待つ。

 花嫁が離れ家に入ったら、母屋の前で家族は宴を始める。同じトウム・ウルで暮らすネイ(この場合は一族、氏族の意味)が集まり、みんなでご馳走を食べる。

 花婿はこの頃までには花嫁のトウム・ウルまでルーで飛んでくるが、まだ降り立たない。花嫁のネイたちに見付からないように、上空から宴の様子を伺って待つ。

 頃合いになったら、花嫁の母親が酒を持ってきて宴の人たちに振る舞う。酒が入ったら、ネイは歌い出す。この歌が、花婿への合図になっている。

 歌が始まったら花婿は、離れ家の近くにできるだけこっそりと降り立つ。そして、花嫁の身代わりをするルーとともに離れ家に入る。

 花嫁の身代わりのルーは、花婿の家からの贈り物を背負っている。それをそのまま離れ家の中に残し、花嫁が被っていた白い布を被せて置いてゆく。

 花嫁は花婿に抱えられて飛び立ってゆく。このとき、花嫁は自分のルーを連れていくらしい。トウム・ウルは自分のルーをとても大事にする。離れがたいのだろう。

 二人が花婿のトウム・ウルに到着したら、二人の名前を新しくする。新しい名前は、お互いが考えておき、花婿の家族がそれを認める(大抵の場合は問題なく認められる)。これで二人はクホス(夫婦)となるが、ケレトの手順にはまだ続きがある。

 花婿の家では、花嫁を迎える宴が始まる。この宴は、一日だけでなく何日か続く。

 そして翌日以降には、花嫁がいなくなったことに気付いた花嫁の家族(主に父親)が花婿のところに花嫁を探しにくる。このときのやりとりには、どうやら決まりがあるらしい。

 まずは花嫁の家族が「家の娘が攫われたので探している」と花婿の家に伝える。すると花婿の家の者が「その娘はなんという名前ですか」と訪ねる。

 それに対して花嫁の家族が娘の名前を答えるが、花婿の家族は「そのような名前の娘は知りません」と答える。

 花嫁の家族はさらに花婿の名前を告げて「これこれという名前の若者が攫っていったらしい。その若者は知らないか」と問いかける。花婿の家族は「我が家にそんな名前の者はおりません」と答える。

 そして今度は花婿の家族が「我が家ではちょうど祝い事をしています。これも何かの縁でしょうから、ぜひ一緒に祝っていってください」と言って花嫁の家族にご馳走を振る舞う。

 そして料理が運ばれてくる。このときに料理を運んでくるのは、花嫁である。

 花嫁の家族はそれを見て「あなたは私が探している娘によく似ている。あなたの名前はなになにではないですか」と問いかけるが、花嫁は「いいえ」と答える。そして花嫁は、新しい名前をここで伝えることになる。

 花嫁の家族はご馳走を食べた後に「私が探している娘はここにはいないようだ」と言って、家に帰る。このときに、花婿の家族は花嫁の家族にお土産を持たせたりもする。

 この、花嫁の家族の訪問が、花婿の家での宴の終わりとなる。花嫁の家のトウム・ウルと花婿の家のトウム・ウルとは場合によっては数日離れていることもある。その場合は数日の間ずっと宴を続けているのだろうかと疑問に思ったが、どうやらそうらしい。

 今回のリクトー・ラッフ(これは古い名前で、婚姻した今はもう違う名前を名乗っているが)のケレトでは、お互いのトウム・ウルの距離が半日から一日程度(どうやら風の状態にもよるらしい)だったそうで、宴は二日ほどだった。それは短い方なのだと言う。


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 ケレト(婚姻)についての面白い昔話を聞いた。

 昔、好き合った若者と娘がいたが、娘の父親がこれを認めなかった。若者が娘にこっそりと会いにきていることを知った父親は、娘をルーの小屋に隠した。娘はルーの小屋で自分のルーの首を抱いて泣いた。父親はそうして、若者が娘に会いにくるのを待ち構えた。

 その様子を見た娘の母親は、娘を不憫に思った。それで父親にいつもより強い酒を飲ませた。父親が酔っ払っている隙に、やってきた若者に母親は言った。娘はルーの小屋にいる、と。泣いていた娘は、やってきた若者と一緒にルーに乗って逃げたと言う。

 この昔話は、私が見たケレトの手順によく似ていると思う。こういうところにケレトのルーツがあるのでは、と思うのは短絡的に過ぎるかもしれない。逆に今のケレトの手順から生まれた話だという可能性もあるだろう。


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 今回の訪問での収穫は大きかった。特に婚姻の様子を間近で見ることができたのは、とても貴重な経験だった。

 ルーの騎乗は何度経験しても慣れないが、それでもまたトウム・ウルを訪れたい。魅力的な土地(土地と呼んで良いものかはわからないが)だ。



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