第7話
山嵐さんは成形した茶碗を、温室のような小部屋の棚に置いた。
「はいっ。じゃあ、最後は焼きの行程に入ります。周君が造った茶碗は、ちゃんとした薪の窯で
「結構時間がかかるんですね」
「……そうね。先代の祖父の頃は、しょっちゅう
すると、山嵐さんは闇を払うように手を叩く。「単式薪窯が裏にあるの! 見せてあげる!」といって、俺の腕をつかんだ。
裏山の
機関車の焚き口を思わせる大きな窯が、口をあんぐり開けている。大人五、六人は入れる大きさで、頑丈なレンガで構築されていた。
床はきれいに箒で掃かれ、大量の薪が周囲に積まれている。いつでも火を入れられるように、準備はできているようだった。
「薪で焼くのは大変なんだけど、やっぱり祖父の代から、そこだけは譲れなくて」
「焼くのにどれぐらい時間がかかるんですか?」
「最初の火起こしから、千度まで温度を上げるのが大変なの。それが十時間ぐらいかな……。そのあと少しずつ温度を下げていくから、全部で……三日かかるかな?」
「三日も! まさか……山嵐さん一人でやらないですよね?!」
「じつは……」と山嵐さんは困ったように頬をかく。「祖父の代の弟子を、スタンガンで病院送りにしちゃって」
ペロリと舌を出す山嵐さん。
かーわいい。
なるほど……うちのジジイのしたり顔は、俺も電気ショックで病院送りになることを示唆していたのか。
「山嵐さんに手を出したんですよね?! それは当然ですよ!」
自分のことは一旦棚に上げて、なるべく真顔で言った。
「でも……八人はちょっと、やり過ぎなのかな……」
「……は……八人!!」思わず声が裏返る。
山嵐さんはゲンコツをつくって、頭の上にのせる。
う……うーん……かわいい!
これはムネモミ、シリタッチのレベルでもあの世へ送っていく、送り人って感じだな。
「私は、やっぱり祖父ほどの威厳はないし、軽く見られているんだろうなぁって……。なかなか、この世界で女性が独り立ちするのも難しいしね……でも、必ず祖父に並ぶ陶芸家になるの……!」
山嵐さんは遠くを見ていた。
「……山嵐さん。山嵐さんは、いまどんな景色をイメージしているんですか……?」
俺は思わず聞いた。
「それは……内緒」
山嵐さんは顔を赤らめた。
「……おれ、まだまだ大人になりきれてないですけど、絶対に、山嵐さんの夢の手助けができるようになって、また帰ってきます……!」
山嵐さんは、より一層顔を赤らめた。
「うれしい。ありがとう……!」
※※※
真夜中に、黄色い炎がレンガの隙間から漏れ出て、火床が息吹いていた。
猛火が宿る単式薪窯は三メートルほど離れていても、汗が出る熱さだ。
山嵐さんが造った湯呑みに、ウォッカを注いで喉を焼く。
気付の代わりだ。
俺は窯横の扉を開けて、灼熱の炎に薪をくべた。
「もう、大丈夫だよ。こっちにおいで」
ござに座った山嵐さんが、俺を呼ぶ。
俺はこの村の役所に勤めて、山嵐さんの夢の手伝いをしていた。ここで造った茶碗を励みにして、最短で公務員になっていた。
横になって山嵐さんの膝枕に頭をのせた。
真剣に窯をみつめる山嵐さんは、今日も綺麗だ。
「今回の焼き物で、夢をつかめたらいいね」と俺はつぶやく。
山嵐さんは驚いた顔をした。
「えっ……私の夢? もう、叶っているよ……?」
「?! そうなの?!」俺も驚いて頭をあげる。
「……祖父のように、家族をつくって、みんなで火入れする……。そして冷えた窯から灰を払って、みんなで宝物を探すの。あの時の祖父は、もう、子供みたいに楽しそうで、そうなれたらなって思ってたけど、周君のおかげで叶ったよ」
――そうか、そうだったのか。
俺は至福の思い出に浸ろうとしたとき、住居の玄関が勢いよく開いた。
「さぁ~けを、もってこんか~!!」
うちのジジイが半裸で現れ、こちらをにらむと、指さして走ってくる。
「あらあら、こっちは危ないですよ、おじいちゃん……」
山嵐さんは立ち上がると、ポッケからスタンガンを取り出して、バッテリーの残量を確認した。
【後書き】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ぜひ★★★評価をお願いします!
次作品の執筆の力になりますので、
どうぞよろしくお願いします。
陶芸家の山嵐さんは幼馴染でかわいい。 下昴しん @kaerizakura
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