第6話

 俺は夕食をご馳走になった。

 山菜の炊き込みご飯と蓴菜じゅんさいのスープ。おかずは、たらの芽の天ぷらに鶏の唐揚げ。

 山嵐さんは楽しそうに陶器のことを話す。夕食の食器は、全部山嵐さんが造ったもので、食卓を彩っていた。

 どれだけ価値のあるものか分からないが、手に持った瞬間、しっとりと吸い付き、質素な柄で心が落ち着く。楽しい夕食だった。


 部屋に戻り、ベッドに横になる。

 とても疲れていて、すぐに眠れると思っていた。


「……」


 目を閉じると山嵐さんのえっちな絵が、脳裏に浮かぶ。

 しゃがみこむ山嵐さん……エプロンから胸が見えてる山嵐さん……湯船につかる山嵐さん……


 だめだ、寝れねぇ。


 俺はひっそりとした廊下に出た。

 どこかに古時計があるのか、振り子の音が聞こえる。日中は聞こえなかった。


 何かしたいわけではなく、山嵐さんの近くにいる夜を、ただ寝て過ごすことができなかった。


 廊下の先が煌々としていて、作業場を挟んだ工房の古屋に明かりがついていた。

 俺は甕や土練機を避けて、近づくと、室内灯に照らされた山嵐さんを見つけた。


 山嵐さんは泣いていた。

 可愛らしい女の子の涙じゃない。顔を赤らめて、額には血管がうき出ていた。

 手には握りつぶされた粘土がある。

 俺は工房に入ろうと引き手を触った。


 ――しかし、涙の理由を考えたとき、自分が空っぽになり、力が入らなくなる。

 戸を開けて何の言葉をかけるのか、山嵐さんは自分の位置より遥か先に居る気がした。

 必死に懊悩おうのうしている山嵐さんの人生に、自分の出る幕はない。


 それが現実だ。


 俺は手を下ろして、寝室に帰った。


※※※


 少ししか寝れなかった俺は、一人朝食を摂って、急いで作業場に出た。


「おはよう、寝坊助さん!」


 ひと仕事して、土の匂いをまとった山嵐さんの笑顔が眩しい。


「……すみません。眠れなくて」


「大丈夫? なんか元気ないね」


 俺は急に自分の存在が恥ずかしくなった。


「いや、全然大丈夫です……! 土練機に入れるんですよね? 運びます!!」


「それは、もう終わらせました」


「あ、そうなんですね……」


「土作りはおしまい。いまから、轆轤ろくろで形を造りましょう。……何を造るか決まった?」


「そうですね……茶碗ですかね」


「うん、いいね!」



 工房に入り、何度か粘土をこねたあと、台の上にくっつける。なれた手付きで山嵐さんは轆轤のスイッチを入れた。


「さあ、座って」


 俺は轆轤の前に座り、山嵐さんに言われたとおり、手を濡らしてゆっくりと力を入れた。


「そう、優しく触れて……滑らかな肌を感じてほしいの……」


 土は生き物のように、順応した形に変化して、椀のような外形ができる。そして口縁こうえんと呼ばれる空洞の上部を開けるため、下に向かって親指に力を入れた。


 ぐにゃりと腰がおれて、遠心力で無惨な姿になってしまった。


「ざんねーん。でも、最初にしては上出来!」


 もう一度セットすると、轆轤が回転する。同じように土を上まで持っていき、ハスの実のような膨らみは造った。

 でも、中心に穴を開けようと力を加えれば、またひしゃげてしまいそうだ。


 すると、山嵐さんは俺の後ろに座った。

 密着して、山嵐さんの股関節を臀部に感じる。背中に胸の弾力も伝わった。


「指を貸して?」


 俺の手にそって、濡れた山嵐さんの手が一緒になると、柔らかな陶土に埋没する。


 俺の心臓が急激に収縮を繰り返し、体温が一気に上がる。なんか、いけないことをしているみたいだっ……!


 細かな粒子の粘土は、オイルのように手と手を隙間なく包み込み、感じたことのない一体感を与える。


 ……溶けてしまいそうだ。


「そう……ゆっくり優しく入れてね? 肌が慣れるまで待ちながら、少しずつ奥に入れるの……」


 山嵐さんは耳元で囁いた。

 ヤバい。俺のアレが……膨張して……もう限界に……。俺は股間に視線を落とした。


 ――しかし

 まったくピクリとも反応していない。


 ……?


 どうした、俺の息子。

 ……ウソだろ。

 こんな最高のシチュエーションで、無反応って……。


「完成!」


 山嵐さんは茶碗の形になった粘土を糸で切り離す。


「どうしたの……?」


 俺の目をのぞきこむ山嵐さんは綺麗なのに。本当に、どうしてしまったんだ……俺。

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