第5話

 着替えを持った俺は、山嵐さんと一緒に風呂に向かった。


「二人とも、すごい汗かいちゃったね」と、先導する山嵐さんの白いうなじを見ると、下半身からこみ上げてくるものがある。


 今から一緒にお風呂に……。

 きっと白化粧した美しい陶器のような、張りのある肌に違いない。まあ、たぶん……バスタオルで隠すんだろうけど、「俺、背中流しますよ」とか言えば、ポロリのチャンスがあるかも!!


 ――待て待て、落ち着け俺。

 そんなガツガツだと、山嵐さんも脱ぐ前に逃げていっちゃうぞ。



 廊下は床材も壁板も古く変色していて、年季の入りようが分かる。それでも、清潔に保たれ、定期的にニスも塗ってあるようだった。

 老舗の旅館のような長い廊下を歩き、ノスタルジアな雰囲気に包まれる。山嵐さんの歩く背中にシャツが張り付き、薄い皮膜に保護された白い肌がエロティックだ。


 突き当たりを曲がると、ついに風呂場が見えた。脱衣場の入り口には何やら暖簾のれんが。

 

 『男湯』


「それじゃ、ゆっくりね」


 『女湯』をくぐる山嵐さん。


 俺は着替えを落として、床に手を着いた。


 男女別々なんかい!!


 旅館と遜色ないし!! ほんとスゲェよ!!

 家にこれあったら、友達に自慢するわ!!



 一時して、ショックから立ち直ると、渋々服を脱いで風呂に入る。やはり残念なことに、湯槽も完全に分離されていた。


 とはいえ、浴槽は岩盤を削って造られた珍しいもので、本格的な温泉のようだ。

 大きな窓が開いていて、そこから虫の音が涼風に乗って癒してくれる。


「どう? 湯加減は?」


 壁の向こうから山嵐さんの声が聞こえる。


「あ……はい。ちょうど良くて、癒されます」


 古板で仕切られているだけのようで、ハッキリと声が届いて、まるですぐそばで会話しているようだ。


「明日はもう一度、土練機で練って、轆轤で形を造るからね! どんなのを造りたいか、考えておいてね?」


「はい。考えておきます」


 俺は隅々まで壁をチェックすることにした。

 風呂から上がり、古美術商が絵画を鑑定するかのごとく、細部まで注意深くみる。

 これだけ古いのだ、どこかに『のぞき穴』はないかっ!


「あ、あの! ところで……気になってたんですが、山嵐さんのおじいさんって、どこにいるんですか?」


 俺は平静を装って、山嵐さんを足止めする。


「祖父は数年前に亡くなったんです」


「……あ、すみません。思い出させてしまって」


 しまった。

 あまり考えないで質問してしまった。


「いえ。……祖父は本当に名人で、人間国宝だったんです。そんな祖父の跡を継げるか、全然自信なくて……」


 そうか、少し無理をしてまで元気なふりをしていたのかな……。本当は大きなプレッシャーを抱えて、苦しんでいるのかも。


「……大丈夫ですよ。俺、大学受験に失敗して、すごい落ち込んでいたんですけど、山嵐さんに会ったら、なんか生きる力をもらって。そんな人が一生懸命に造ったものだったら、絶対すごい作品ができますよ!」


「……ありがとう……」


 自分の気持ちを素直に伝えた視線の先に、あった……。


 老朽化した木材に、僅かな穴が。

 俺は吸い込まれるようにのぞいた。


 見える……! 見えるぞ!!


 湯船につかる山嵐さんの横顔。

 水面から浮かぶは豊満な乳房。薄い湯気に隠れて三分の一しか見えないが、なんという美しさだろう。

 白い肩に湯をかけると、こぼれ落ちて、輝く水玉をつくる。……これぞ、日本の美……。

 しかし、それ以上は見えず、大事な胸の頭頂部てっぺんがハッキリしない。

 確かに素晴らしい絵だが、これではただの温泉の広告だ。もし、名匠なら完全な裸体を描くはず!!


 ぐっと目に力をいれたとき、後ろでぽちゃんと音がした。


 ん?


 振り返ると、湯船にサルが浮かんでる。

 なんだサルか……。えっ?!

 おおオオ……! 野生のサルだ……!


「山嵐さん! ……湯船に、窓からサルが入って来たんですけど!!」


「あーその子たちね……。獣避けの電気柵をくぐり抜けて、入ってきちゃうんだよね。大丈夫、何もしなければ襲ってこないわよ」


「……そうですか」


 だがしかし、明らかにこっちを向いて口を開け、威嚇しているように見える。

 臆するな……俺! 山嵐さんの最高峰を拝めるチャンスなんだぞ!

 俺はのぞき穴に目を入れる。

 相変わらず山嵐さんは湯船でくつろぎ、鼻歌混じりで楽しんでいる。


 俺の背後で、ザァザザーと音がした。

 振り返ると、サルが十匹ほど増えている。


 団体様が来なすったか……。


 俺は食いつくように穴をのぞく、

 マズイ。早く、山嵐さん、早くお風呂からあがって、その女体を現したまえ!!


 後ろでザブーンと、音がすると、水しぶきが背中にかかった。

 振り返ると、でかいボスザルが、目と鼻の先でこちらを睨んでいる。


 運もここまでか……。


 危機を察した俺は、ゆっくりと風呂から上がり、サルの一行に譲ることにした。


(お風呂をのぞく行為は犯罪です。真似しないでね)

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