第4話

 休んでいた部屋の戸を開けると、長い廊下に出た。昔の武家屋敷のような造りになっていて、一本の廊下が玄関から裏口までを繋げているようだ。

 壺や花瓶があった古屋と違って、生活感があり、どこからか食べ物の匂いもする。

 人気がなかったので、玄関から外に出てみることにした。


「あ、周君! よかったぁ……体、大丈夫? 気分悪くない?」


 山嵐さんは玄関から一段下がった作業スペースで、布に包まれた粘土を運んでいた。

 洗面器ほどの大きさがあり、フラフラした足取りで大きな台の上に置く。


「はい。もう平気です。……逆に迷惑をかけてしまいました」


 山嵐さんは汗を拭うと、キラキラした笑顔で振り向く。


「無理をさせて、ごめんね? 倒れたときに運良く、周君のおじいちゃんが来て、運んでくれたの。やっぱり、孫には優しいのね」


 足蹴までされたのに、なんて心が清らかなんだ……!

 柔らかな天使の笑顔が、俺の荒みきった心を潤してくれる。


「山嵐さん! 俺、手伝いますよ!」


「本当ですか、ありがとう! じゃあ……天日干しの台に上がって、並べてもらえる? 私は土練機どれんきから出てきた陶土を持ってくる」


「分かりました!」

 

 天日台にのぼると、真夏の太陽が反射して一気に体温を上げる。まるで蒸し焼きにされている気分だ。

 でも、つい今しがた志願した手前、やっぱりやめますとも言えない。


 山嵐さんは大きな餅のような、白い布巾ふきんに包まれた粘土を台にのせる。


「よいしょっと!」


 その時、山嵐さんの二つの胸が、置いた粘土の上に重なり、鏡餅のように乗っかった。

 おおおおオオッッ……!!


 でかい!


 作業用のエプロンから見えた谷間は、手に余るほどの大福を二つ合わせた、深い深い割れ目になっている。

 背が低くて、華奢な体から想像できない隠れ巨乳!

 ……それはまさに、俺の理想乳ユートピアだっ!


「……うん? 周君、どうしたの?」


 ヤバい、上からのぞいてしまった。


「……あ、あの! ここに住んでいるんですか?」


 俺はとりあえず、山のようにある質問のなかから、当たり障りの無さそうなものを口にした。


「そうだよ?」


「さっき、うちのジジイが俺の荷物置いていったんですが、あの、嫌なら全然……帰るんで、陶芸習っている間、泊まらせてもらってもいいですか?」


「もちろん! ちゃんと自分の陶器が焼き上がるまで、力をあわせて頑張りましょう!」


 山嵐さんは細い腕に、可愛らしく力こぶを作ってみせる。


 ――この荒廃した世界に、俺は女神を見つけました。

 ありがとうございます。神様……。


「はいっ! じゃあ、いっーぱい、おっきいの持ってくるからね! どんどん寄せていって。でも、優しく触ってね……破れちゃうから……」


「分かりました! そりゃあもう、優しく丁寧に触りますよ……!」


 山嵐さんは粘土の塊を台に上げて、俺はゆっくり端から並べていく。

 なかなか重労働だ。粘土が水分を含んでいるので、腰にくる。

 汗が天日台の上にポタポタと落ちた。


「結構、腰にきますね」


「……大丈夫? 交代する?」


「いえいえいえ! とんでもない! ただ、他に人はいないのかなと思って」


「いないよ。ここは、私と周君しかいないの」


「えっ!」


 思わず声が出る。こんな山奥に二人きり。

 や、やったあー!!

 これはある意味、男女の関係に合意したってことかな?!

 

「あれ、いま、変なこと考えなかった?」


 じっと俺の顔を見て、真顔になっている。


「忠告しておくと、変な気を起こしたときは、これで痛い目にあうからね」


 エプロンのポッケから、バリカンのような機械を取り出す。

 ボタンを押すと、青白い光がほとばしり、破裂音が作業場に響くと、山嵐さんはニッコリ微笑む。


 こーわっ。

 何万ボルトなのかな……くらったらどうなるんだろう。

 まあ、多少、我慢できるなら、強引に胸を揉むぐらいは……いやいや! 何を考えているんだ!


「それに、イノシシ退治用の吹き矢もあるからね」


 あーぶねぇ。

 野獣が一瞬で寝るやつでしょ、それ一般人が使っていいの? だめだよね?


「あと、熊撃退のスプレーもあるから」


 ……どんだけぇー!

 俺が知るなかで最強っす。DPS一億ぐらいあります。サバイバルでゾンビと戦うんですか?! 


 俺はなるべく山嵐さんの胸を見ないように作業する。刺激が強すぎて、自分の中のモンスターを制御できなくなるかもしれない。


 すべてを天日台に並び終えると、急に喋らなくなった俺を気遣って、山嵐さんは衝撃の言葉を口にする。


「……じゃあ、一緒にお風呂に入ろうか」

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