第3話
どこかの大きな駐車場で、俺は誰かを探していた。
地面に石灰で駐車スペースを示す白線が引かれている。
何かのイベントなんだろうか。適当な更地に車が数台停まっていた。
ふと、後ろから足音が聞こえた。
振り返ると、紺色の帽子と制服を着た女の子がこちらに向かってくる。
「周くん……」
丸い瞳が愛らしく、雪の妖精みたいに頬は白い。口は椿のように赤かった。
俺は女の子の名前を知っている。そう……みなみちゃんだ。
みなみちゃんはよく俺の世話をしてくれて、いつもそばにいた。
ぼーっとして何をするにも遅くて適当な俺を、手を引っ張って連れて行ってくれたっけ。……なんで忘れちゃったんだろう。
「周くん! ……私、周くんのお嫁さんになるからね! 大人になったら、きっと迎えに来てよ?」
どうして、忘れてしまったんだろう……卒園式、最後の日を。
目を開けると、見覚えのない室内にベッドの上で横たわっていた。
頭痛がして、周囲がぼやけて見える。
――そういえば、作業場で一際巨大な甕を運んだあと、ぶっ倒れたんだっけ。
こつん、と窓に緑の枝葉が当たり、まだ昼間だということが分かった。
ふと部屋の隅に人影が見え、こちらをじっと見ていた。
「みなみちゃん……?」
コクリと頷くと、どうやら心配して声も出ないようだ。
「俺、みなみちゃんの約束思い出したよ……。もし君が、望むなら、俺、みなみちゃんと結婚したい……!」
「まぁ、アリガトウ……」と甲高いかすれ声が聞こえた。
ぼやけた白い影は、こちらに近づくと幾何学的な、カクカクしたシルエットに変化する。距離五十センチあたりで、ピントが合うと、にやけた祖父の顔になった。
「ゲッ!! じじい!!」
「カッカッカッ!! まさか、お前から愛の告白を聞くとは!」
最悪だ。一生の不覚……。
一番ヤバい奴に、人生初の告白をしてしまった。きっと熱中症か何かで、頭が夢と現実を彷徨っていたんだろう。
祖父は入れ歯をカタカタさせて、まさに抱腹絶倒している。
「いやぁー。これは、親戚が集まったときに、いい面白話ができたわ! 『俺、みなみちゃんと結婚したい!!』ってな! 青二才がよく言うぜ!」
今にも鎖骨を攻めたいところだが、頭痛がひどくなる一方だ。それにもう親戚には十分馬鹿扱いされているし、いまさら気にしない。
笑い続ける祖父を冷めた目で見ていると、祖父は「……じゃあ、その『みなみちゃん』とやらにも話してやるか……」と部屋を出ようとする。
「ちょっと待って! それはダメ!!」
俺は反射的に上着の裾をつかむと、床に転げ落ちた。
「へっへっへ……。やっぱりそれは嫌かぁ」
……下衆の極みだな……!
同じ血が俺に流れていると信じたくない……。
「黙っておいてやる代わりに、お前はわしの手足となって、田んぼの世話をするんじゃ……。苗植えも、稲刈りも……。ずっとずっと……」
ふん。どうせ、実家で軟禁されている間だけ我慢すればいい。祖父が異常者であることは、親戚も、いや、ここの村人全員周知のことだ。
「分かったよ……。頼むから、山嵐さんには話さないで……」
顎を突き出して、笑みを浮かべると、祖父は勝ち誇り「ふふん」と鼻を鳴らした。
「あと、そこにお前の荷物を置いといた。ちゃんとした焼きもんができるまで、帰ってくるな」
「!? ここに泊まれってこと!?」
「別にいいだろ、お前にとっちゃ渡りに船、干天の慈雨だろう。むしろ、わしに感謝して、チューハイの二本や三本もってくるのが普通だろ……」
「……でも、山嵐さんに迷惑なんじゃ……」
「ふっふっふっ、馬鹿め……!」と祖父は部屋のドアを開いて出て行こうとする。「お前は、本当になんも知らんやっちゃな……」
ドアの影の下で悪魔の笑みを見せつけながら、祖父は去っていった。
不意に窓からコツンコツンと物音がして、見ると林の枝が風に吹かれて何度も窓を叩いていた。祖父のせいで山奥の古屋が急に不穏な空気に包まれる。
確かにここ十数年近く実家に帰っておらず、このあたりの事情に疎い。
――しかし、彼女も学歴もない俺が、山嵐さんのような美少女と一緒に生活できることは……どう考えても夢みたいだ!
それに、天啓のごとく子供のころの記憶が蘇り、結婚の約束をしていたなんて……!
臆することはない! これは人生最大のチャンスなのではないかっ!
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