第2話

「ここかな?」


 俺は田んぼで出会った(と言うより捕獲された)少女の家を訪ねていた。

 切り開かれた林の中に古家があり、玄関に『山嵐やまあらし』の看板がある。


 チャイムを鳴らすと、奥で物音がしたあと、扉が開く。ビニール製のエプロンを付けた少女が現れ、俺を見上げるとにっこり微笑んだ。


「あの時の……」


 黒髪をアップにして頭頂部で結んだお団子ヘアで、捕まったときより随分と大人びた印象だ。

 祖父の話では、陶芸家が昔から近くに住んでおり、その跡目として若い女子が引っ越してきたらしい。

 幼さが残る小顔なのに、丸くて大きな目はしっかりと俺を見据えているようで、落ち着きがありアーティストっぽい雰囲気だ。


「俺は、藪見周やぶみしゅうって言います。……すみません。祖父がとんでもないことをして……」


「高田みなみです。やっぱり、周君のおじいちゃんだったんですね!」


 コロコロと笑うと、俺に銃口を向けるように指さした。「覚えてないんでしょ!?」


「えっ?」


「私、この村の幼稚園で、周君と一緒だったんだよ?」


 遥か遠い記憶をさかのぼってみても、実家の思い出が雑然と蘇るだけで全く思い出せない。

 ――というよりも、衝撃が強すぎて集中できない。こんな可愛いらしい美少女とすでに出会っていた!?


「やっぱり、全然覚えてないんだ。ちょっとショックだよ」


「……すみません……」俺の脳みそはやっぱり残念な作りになっているようだ。


「男の子って、だいたいそうだから。しょうがない、しょうがない。……じゃあ、土作りから始めよう」


 腕まくりする姿に、俺は待ったをかけた。


「祖父の強引な話は真に受けなくても大丈夫――今日は、謝罪に来ただけだから……」


「そうはいかないわよ。だって、タダでもらうことになっちゃうでしょ。それに、私、こう見えて教えるのは得意なの」


「いや、でも、忙しいだろうし」


「いいのよ、いい息抜きになるから」


 どうやら、見た目と違って、頑固そうだ。


 古屋の中は壁にたくさんの壺や花瓶のようなものが置かれており、まだ粘土質の未完成品もあった。真ん中には轆轤ろくろが二台あり、明かりが入る隅角のほうは一段上がった座敷になっている。


「これ、全部、高田さんが作ったの?」


「いえ、これはほとんど祖父が作ったの」と急に高田は歩みを止めると、ぶつかりそうになる。「ところで、作業場では、『山嵐さん』と呼んでもらえる? 一応、君は私の弟子っていうことなんだから」


 高田は……いや……山嵐さんは、敷居をまたいだ瞬間、俺を見る色を変える。


「で、弟子……?」


「そうです。教える立場の人間と、教えられる側の人間。ここをちゃんとしないと、教えても身に付かないでしょ」


「はぁ」


 裏口から出るとキャンプ場にある共同炊事場のような、巨大な流しがあった。流しの端には、大きな甕に水が溜まっていて、茶色く濁っている。


「はいっ。では、今日はこれを濾過したいと思います。周君、この甕を持ち上げて、こっちの濾過器にいれてください」


 言われるがまま、甕を持ち上げると、腰が置いてかれそうなぐらい重い。

 三メートルほど離れた網の張った壺の前に、山嵐さんがしゃがみこみ、おいでおいでをしている。

 ようやく浮き上がらせると、甕を少しずつ濾過器なるものに近づける。


「あ、ああ。すごい。周君、すごいよ……。そんなおっきい甕を持ってくるんだ……。こっちだよ。これに入らないかもしれない。ゆっくり、ゆっくり。焦らないで、そう、優しく倒して。大丈夫。私は大丈夫だから……」


 濾過器の入口へ誘導する山嵐さん。

 不思議と体の細胞一つ一つが力を合わせ、山嵐さんが手招きするただの濾過器の入口を目指している。力が、みなぎってくる……!


「すごい、すごい周君! たくさん入れたね! 初めてだよ。こんなにたくさん入れたのは、周君が初めてだよ! 見て、こんな白くなってる。大丈夫かな、初めてだから壊れたりしないかな……」


 やばい、動悸が収まらない。

 頭がクラクラするし、首の上が唐辛子を食べたかのように熱い。

 屈む山嵐さんのエプロンから見えた白い肌を見て、欲望が膨らむ。


「周君、もう一回。もう一回して。もう限界なら、私自分でするけど。もう一回だけ、おっきいの持ってきてくれない?」


 俺はこのあと、でっかい甕を十瓶運ぶことになる。

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