陶芸家の山嵐さんは幼馴染でかわいい。

返り桜

第1話

 初夏、俺は軟禁状態になった。

 大学進学に失敗した俺への罰なんだろう。

 田舎の実家に呼び戻され、田植えのしろかきを手伝っている。


 日差しがダサい帽子を貫通して、俺の頭皮にダメージを与えているのが分かる。

 これで将来ハゲでもしたら、実家の祖父に責任を取ってもらおう。


「てめぇ! なにしてんだ、このやろう!」


 トラクターを運転する祖父がドスを利かせた低い声で、何かを指さした。

 どうやら、田んぼの縁で作業をしている麦わら帽子に怒鳴っているようだ。


「ここは、わしの土地や! なんしてるんじゃ!」


 やれやれ……このクソ暑いなかで、祖父がブチ切れたらしい。重い腰を上げることにする。一応、身内……だしな。

 祖父は軍隊の経験があり、一度暴れ出すと手が付けられない。最近は腕の骨が数か所折れたことをきっかけに、若干制御しやすくなったが、それでも家族からは距離を置かれていた。


 祖父が泥のような田んぼの上を滑るように歩くと、想定外のスピードだったのか、麦わら帽子が逃げようとしたときには、腕を掴まれていた。


「おわっ! ……やべぇ!!」


 ヤバい。祖父は狂気の権化だ。

 現場に着いた頃には、麦わら帽子は土下座状態で、どこから調達してきたのか、編んだ藁で両手を縛られている。

 しかも、足首もきつく縛られ、もはや脱走は不可能だ。どんだけ手際イイんだ、ったく……。


「コラぁ、まさか隣村の奴じゃねぇだろうな! わしの田んぼに枯葉剤まいたっとちゃうか!」


「ちょっと、やりすぎだろ! 枯葉剤とか、いつの話してんだよ!」


 祖父は縛られた麦わらを足で押すと、「きゃあ!」と叫んで転げた。俺は祖父の古傷がある鎖骨を押さえつけると、「ぐふっ」と膝をつき沈み込む。

 ん……きゃあ?

 どうやらこの田舎で聞きなれない、若い女性の声のようだった。


 麦わら帽子は、顔を上げると黒髪を頬に垂らし、真っ白な肌に張り付いていた。日光が反射され、彼女の周囲三センチぐらいの空間にオーラを見た。都会でも見たことがない、美少女だった。


「ま、待ってください! ちょっとだけ、土を頂きたかっただけですっ!」


 祖父はホールドした俺の腕を叩いてタップアウトすると、ようやく落ち着いたようだった。


「つ、つち? ……どういうこと?」


 俺が話している横から、弱々しい声で祖父が野次を入れる。


「ホラ吹きめ、なんや土って……もっと良い言い逃れがあるやろうが」


「……いえ、ここの土じゃないとダメなんです。ほら見てください、きめ細やかで微小なクリスタルのような美しい光を帯びているでしょう……?」


 少女は俺と祖父に掲げるように手のひらを開いた。

 確かに、雨粒のような光は真っ白な手のひらで踊っているようだ。

 しかし――その奥の可愛らしい小顔の少女に視線がいくと、俺のよく知っているただの田んぼが、異世界の絶景に変わった。


「……ああ、あんた、もしかして、そこの山の陶芸さんか……?」


 祖父は回復して正気を取り戻したようだ。

 俺は少女の腕をとって、がっちがちに縛られた縄を解く。腕から指先まで、雪のように白く、こんな日差しのなかで火傷しないのか心配になった。


「陶芸に使うための土を集めていたんだね」


「はい、そうなんです! ……あ、あの」


 少女は顔を近づけると、大きな涙目が俺の顔を覗く。「あの……そんな沢山は取りませんから、いくつか頂いていいですか?」

 俺は反射的に頷いた。もちろん、いくらでも取っていってくれ。もう、田んぼが消滅するぐらい持って行って。


 しかし――

「だめだ!」と祖父は仁王立ちになり、膝をつく少女の望みをはねのけた。


「いいだろ、土ぐらい」少女の足かせを外しながら、祖父を見上げる。


「ここは儂の土地だ! 何人たりとも、勝手に儂の土地から物を持ち出すことは許さん!!」


 鎖骨が完全復活したらしい。

 俺は祖父の弱点を突きに、距離を狭めるが、スイスイとアメンボのように田んぼを移動する。


「くそっ、フィールドを味方につけたか!」


 祖父は田んぼの真ん中で、年甲斐もなく声を張り上げる。


「……だが! 一つ条件を呑めば、いくらでも土を持って行ってもいいぞ……」


「エッ……条件……!? 条件とは何ですかっ!」少女は食い気味に畦道に乗り上げた。


「その出来損ないの孫に、おぬしの陶芸を教えることだ」

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