第2話 じこしょーかい


 「――――」


 「んぁ?」


 何か言われた気がして、ぼんやりした意識のまま瞼を上げてみれば。


 「――、――――」


 そこには、信じられないくらいの美人がこちらに向かって微笑んでいた。

 しかも耳が長い。

 んんん!?

 コスプレですか!? エルフのコスプレですか!? そういうの大好きです!

 一瞬で覚醒した意識と欲望。

 ガバッと半身を起して、穴が開く程彼女の事を見つめていると。


 『おう、起きたか小娘。待ってろとは言ったけど、まさか寝てるとは思わなかった。ホラ、飯』


 「はい?」


 ベッド脇からおっさん声が聞えて来て、視線をそちらに向けてみれば。


 「うぎゃあぁぁぁ!」


 寝る前に見た、世にも珍しい喋る猫が超デカいバッタを咥えながら待機していやがった。

 あれか、飼い猫が外で捕まえて来た獲物を家の中に持って来るアレか。

 止めろマジで、こっちは正真正銘都会っ子だぞ。

 虫って時点で無理なのに、更には見た事無いくらいにデカいのだ。

 もっと言うなら飯って言ったぞコイツ、本気で止めろ。

 俺にこの未だウネウネ動いている超巨大バッタを食えと言うのか。

 例え調理されても絶対無理。


 「来るな馬鹿! 外に捨てて来い!」


 『なぁ!? おまっ、せっかく生きたまま捕まえて来たのに!』


 今物凄く怖い言葉が聞えて来た気がする。

 そんな事を思いながらパニック状態でブサ猫を払いのけてみると。


 『あぁ! ホラ見ろ逃げたぞ!』


 「いやじゃぁぁぁ! 早く捕まえてくれよ猫ぉ!」


 ブサ猫が放した巨大バッタはすぐさま跳ねまわり、羽まで拡げて部屋の中を飛び回る。

 うぎゃぁぁぁ! デカい! 本当にデカイ!

 掌サイズだよあんなの! 怖すぎんだろ!

 頭を抱えて布団の中に潜ってみたが、何か嫌な羽音が。

 恐る恐る瞼を開けてみれば……すぐ目の前にソイツは鎮座していた。


 「ひぃぃ! バッタァァァ!」


 布団を頭から被った瞬間、眼前に着陸したらしい害虫が物凄く近くに居た。

 何が悲しくてこんなドデカイ昆虫と添い寝しなければいけないのか。

 毛布を跳ね飛ばしながら起き上がり、悲痛な叫びを上げてベッドから転げ落ちた。


 「――! ――――!」


 なんか良く分からん言葉を発するエルフコスプレお姉さんが、ガシッと巨大バッタを掴み取り窓の外へと投げ捨てる。

 その際猫が滅茶苦茶文句を言っていたが、ざまぁみろ。

 二度と虫なんか捕まえて来るんじゃねぇ、というか食うな。

 お前がその虫食ってる所を想像するとエグイわ。


 「た、助かったぁ……」


 ボヤキながら床の上にへたり込んでみれば、再びエルフコスのお姉さんが何か言っている。

 でも、言葉が分からん。

 もうね、ホント何なの。

 ここ何処、天罰にしてもやり過ぎじゃない?

 とかなんとか、思っていたのだが。


 「おぉぉ? これはこれは……」


 何故かエルフコスプレイヤーに抱きしめられた。

 その際顔面に当たる柔らかい感触。

 ほほぉ、ほほぉ……良きかな。

 などと下らない事を考えながらニマニマしていると。

 何故か、急な眠気が襲って来る。

 え、さっきまで眠ってたんじゃないの俺?

 まだ寝るの? 寝るのは好きだけどここまでじゃなかった筈。

 もう少しだけでもこの柔らかい感触を堪能できないかと必死で瞼を開けてみたのだが、残念な事に今は性欲より睡眠欲だったらしく。

 哀しきかな、そのまま瞼を下ろしてしまうのであった。


 ――――


 「リリシア! どうした!?」


 慌てて扉を開いてみれば、リリシアに抱かれながら眠っている獣人の少女の姿が。


 「グラベル、大丈夫だよ。ちょっとビルが悪戯してね、この子は虫が苦手みたいだ。あまりにも錯乱していた様だから、今は魔術で眠らせた」


 そう言いながら、彼女は腕の中の少女を撫でる。

 猫の耳を生やした黒髪の女の子。

 本当に小さい。

 しかもさっき聞こえて来た声は、明らかに周辺国の言語では無かった。

 つまり彼女は遠い地からやって来た存在。

 やはり、他の地から転移などで移動させられた可能性が高くなって来た訳だ。


 「それで、彼女はなんと?」


 「すまない、私にも分からない言語だった。それに酷く怯えていた。目覚めた瞬間は酷く驚いている様だったし……ビルが近付いたら急に叫び始め、虫一つで大騒ぎ。それに、事が済んだ後抱きしめてみれば非常に息が荒くなっていた。多分、全てに怯えているんだ」


 「世界を知らない子供、という訳か」


 「多分、ね。どこかの言葉は喋っているから、教育自体はされているのだろうけど。だけど、本当にそれしか教わらなかったのだろう。この細い体を見ると、食事も満足に与えられていたかどうか……」


 「遠い国でも、奴隷などを扱う奴等は皆同じという事か」


 思わず舌打ちを溢しながらギリッと奥歯を噛みしめてみれば、リリシアはシーッと唇に人差し指を当てて見せた。

 声というよりも、殺気を抑えろという事なのだろう。

 慌てて深呼吸してから気持ちを落ち着かせ、少女の事を確認してみると。

 良かった、目を覚ましたりはしていない様だ。

 こういう子達は、殺気なんて当ててしまえば相当怯えるだろうからな。

 まだ彼女が眠っている時で良かった。


 「しかし、どうしたものかな。リリシアでも言葉も通じないとなると……」


 「なに、普通の生活くらい身振り手振りでもどうにかなるさ。今更放り出すつもりは無いんだろう?」


 「当たり前だ」


 「相変わらず、子供に甘いな。君は」


 「それこそお互い様だろ」


 言葉を交わしながら、彼女をベッドに戻してやる。

 今までどれ程辛い思いをして来たのか。

 やけに細くて、遠い地の言葉を話し、全てに怯える少女。

 どうか神よ、この子に祝福を。

 こんな小さな命が、世界に怯えないで済む環境を。

 そんな事を願いながら、俺はただ祈る事しか出来ないのであった。

 このか弱い少女に、幸あらん事を。


 ――――


 目が覚めてみれば、今度は一人だった。

 さっきのエルフ風美女は何処に行ったと探してみたが、見つかったのはブサ猫一匹。

 今度はバッタを咥えていなかったので、文句を言ってから撫でまわしてやる。

 本人は物凄く不満そうだったが。

 なんて事をやっていれば。


 「――――」


 部屋の扉を開けて、お爺ちゃんが入って来た。

 うん、誰。

 滅茶苦茶年寄りっていうより、初老と言って良いのだろうか?

 渋いおっちゃんというか、お爺ちゃんと言うか、そんな感じ。

 しかも肩幅ひっろ、筋肉すっご。

 いいなぁ、俺もあんな風に年取りたい。

 思わずそんな事を思ってしまう程に、渋格好良いお爺ちゃん。

 だが、相手が何を言っているのか全く分からない。

 ちなみにこの人声も格好良い、声優さんみたいだ。

 いいなぁ……昔から俺ヒョロ小っちゃい上に、女顔とか言われてたし。


 「えっと、どうも。俺は須賀すが あさひって言います」


 とりあえず、自己紹介をしてみた。

 が、やはり上手くはいかず。

 相手は首を傾げながら此方を見つめている。


 「すーが、あーさーひー」


 今度は自らを指差しながらゆっくりと言葉にしてみた訳だが。


 「スー? サヒー?」


 おっとぉ、凄い名前になってしまった。

 どうしたものかと今度はコチラが首を捻ってみる訳だが。


 「スー?」


 お爺ちゃんは、もう一度同じ言葉を繰り返した。

 コミュニケーションって、先ずは名前を知ってもらう事だもんね。

 多少間違っていようが、愛称の様な感じで覚えてもらえばそれで良いか。

 などと一人で納得し、静かに首を縦に振ってみれば。


 「スー、――」


 また何か言っているが、まるで分からない。

 とりあえず俺はスーという名前になった様だ。

 まぁ良いさ。

 元々学校の友人にも「すーさん」とか呼ばれる事も多かった。

 この辺りはあまり気にしても仕方のない事だろう。

 そんな訳で、スーと呼ばれる度に首を下げていれば。

 彼は嬉しそうに笑ってから、そのまま部屋を出て行った。

 ありゃ? 出て行っちゃうの?

 俺はどうすれば良いのかな?

 手持無沙汰になり、とりあえずブサ猫を捕まえて膝に置いてみれば。


 『言葉がわからないのか?』


 「そーみたいね。何語?」


 『知らん。俺には皆同じに聞こえる』


 はて、どういう事だろう。

 この猫には俺の言葉が分かって、向こうのお爺ちゃんたちの言葉も同じに聞こえるって事で良いのだろうか?

 ますます分からない。

 というか、猫と言葉が通じる時点で意味が分からないが。


 「ちなみに、あのお爺ちゃん何て言っての?」


 『まずは風呂に入れ、だそうだ。何故あんなものに入るのか俺には理解出来ないがな』


 「おぉー、通訳としてちゃんと機能してるじゃん」


 などと猫と会話をしている内に、再びドアが開かれると。


 「スー。――、――――」


 何かを言いながら、眠る前に見たエルフ風美女がご登場なされた。

 その手にタオル等など、どう見ても風呂に入る準備をしながら。

 この光景を見て、俺は思わず心の中でガッツポーズを浮かべるのであった。


 ――――


 「リリシア、あの子が起きた。風呂に入れてやってくれ」


 「了解、調子はどうだった? 落ち着いていたかい?」


 「あぁ、問題なさそうだ」


 彼女は待っていましたとばかりに、準備していたタオルや洋服の類をかき集め籠に放り込んだ。

 まずは綺麗にしてから、それから食事だと気合いを入れて夕飯を作っていたのだ。

 子供好きな彼女だ、余計に意気込んでいた事だろう。

 それを証明するかの如く、普段は見せないウキウキとした様子で彼女を居る部屋に向かおうとするリリシア。

 果たして、大丈夫だろうか?


 「あぁそうだ、彼女の名前。スーだそうだ。スー・サヒー……だと思うんだが、何やら自己紹介をしようとしていた雰囲気があった」


 「スー、スーか。わかった。名前を呼ばれるかどうかで、警戒心も随分と違うだろうからな、早速確かめてみるよ。それじゃ行ってくる」


 グッと拳を握りしめたリリシアは、そのまま彼女を寝かしていた部屋へと向かって行った。

 さて、こうなってしまえば男の俺はどうする事も出来ない。

 年齢的にはお爺ちゃんと孫と言うくらいには違うだろうが、相手からしたら関係ない。

 全く知らない男が急に素っ裸になって風呂に誘って来たら怖いだろう。

 なので、その辺りはリリシアに任せておけば良い。

 そうすると俺は……そうだな。

 二人が風呂に入っている間にもう一品くらい作るか。

 そんな事を考えながらキッチンに立ってみれば。


 「んなぁぁぁお!」


 やけに不機嫌そうな声を上げるビルが、俺の脚に爪を立てて来た。


 「すまんすまん、構ってやれなかった。今日のお前は凄い成果を残したんだ、どれ……今日釣って来た魚がある、味見をお願いしようかな」


 魔術で凍らせておいた魚を取り出すと同時に、ビルは興奮した様子で足元を歩き回り、早くよこせとばかりにギラギラした眼差しを向けて来る。

 本当に、食べる事に関しては眼を見ただけでも分かる様な猫だ。

 やれやれと困った笑みを浮かべながらもビル専用の小皿を取り出し、魚を魔術で解凍する。


 「待て、待てだぞ?」


 スッと掌を見せみたのだが。

 俺の掌を無視してガッガッと魚を食べ始めるビル。

 まぁ、こうなるよな。

 だって猫だし、犬じゃないからな。

 街中や周囲に居る猫に比べて利口な行動をする事が多いコイツだが、やはり猫は猫の様だ。

 満足気に魚を齧るビルに呆れた笑みを浮かべながら、此方は此方で料理を始める。

 あの子は獣人族だった。

 だとすればやはり野菜系より肉料理だろうか?

 今日獲って来た鳥はリリシアが既に使ってしまっているから、前に獲って来た獲物でどうにかしてみるか。

 何てことを思いながら、俺は一人キッチンで料理を続けるのであった。

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