第5話 一狩りいこうぜ!


 朝一番。まさにこれから仕事に向かいますよって雰囲気の二人を見て、滅茶苦茶焦った。

 何たって優しい顔を浮かべながらも、俺に着替えを渡して来たリリシアさんでさえキッとお爺ちゃんを睨んでいたくらいだ。

 きっとこの世界では、ヒモなんて存在は許されないのだろう。

 てめぇ、しっかりと働いてこいよ? って雰囲気がビリビリと伝わって来て、慌てて寝室に戻り着替えを済ませた。

 不味い不味い不味い、このままでは間違いなく捨てられる。

 養ってくださいとかぼんやりしていたら、明日から住む場所が無くなるヤツだ。


 『おい、何してんだ? そんなに慌てて』


 「こんな森の中だ、多分あのお爺ちゃん狩りが仕事だよな!?」


 『まぁ、そうだな。それがどうした?』


 「ついてく!」


 『正気か? バッタに怯えてた小娘が』


 「行かねぇと俺が死ぬ!」


 今の俺は幼女だ。

 だったら“お手伝い”程度でも許されるかもしれない。

 家に残ってもろくに手伝える事とか思いつかないし、何より二人のあの雰囲気だ。

 リリシアさんに嫌われたら、多分一発KOなのだろう。

 この家の絶対権力者は間違いなくあの人だ。

 だったらお爺ちゃんに着いて行って、手伝いアピールした方がまだ可能性があるってもんだ。

 今までの雰囲気から「いやぁ、このガキ。森じゃ全然役に立たなかったわぁ」とか言う人でも無さそうだし。

 だったら一緒について回って、今の内から少しでもポイント稼ぎ……もしくは技術を少しでも教えてもらおう。

 頑張るのは苦手だが、頑張らないと野垂れ死ぬ。

 ならばヤル。いつやるの? 今でしょってヤツだ。

 ネタは古いが、やるなら今しかない。

 という訳で大急ぎで準備を済ませ、リビングに飛び込んでみれば。

 良かった、まだ出かける前だった様だ。

 安堵の息を溢してから。


 「えっと、着方とか間違ってないですかね? 多分平気だと思うんですけど、女物って良く分かんなくて……」


 通じないと分かっていても、言葉を残しながらその場でクルクルと回ってみせる。

 すると、二人が笑みを浮かべてくれた。

 よし、問題は無さそうだ。

 であれば、次は……。


 「えぇっと、不束者ながら……お仕事をお手伝いさせて頂こうかと。こ、この小さい弓とか借りても良いですかね」


 壁に掛けてある弓に手を伸ばした瞬間。


 「スー!? ――――!」


 なんか、めっちゃ怒られた。

 思わずビクッと反応して、両目からは涙が浮かんだ。

 体の影響なのか、何かすぐ涙が出てくるのだ。

 元々俺がビビリってのもあるが。

 男と結婚するイメージをしたくらいで涙出て来たくらいだし、超不便。

 などと思っている内にお爺ちゃんが此方に険しい顔で近づいて来る。

 やっば、滅茶苦茶やらかしたかもしれん。

 武器って言えば、過去の時代なら命の次に大事なんて言われていた事もあったと聞く。

 だとすれば、これはそういう事態だったのだろうか?

 ガタガタと震えながら、必死にジェスチャーでアピールしてみた。


 「ち、違うんです。俺はえっと……こう! 狩り! 手伝うんで、もう少しと言わず一生養って……じゃなかった。とにかく二人を、手伝うんで、頑張るから。食べる物、獲る、だから捨てないで下さい!」


 身振り手振りで表現してみた結果、二人が難しい顔をしながら何やら話し始めてしまった。

 こ、これはどうなったんだろう?

 ひやひやしながらその光景を見つめていると。


 『連れて行ってくれるとよ、今日もまたご馳走になりそうだ。頼むぜぇ? 俺は鳥が良いな。鹿もうめぇ、今日は俺も着いて行ってやるからよぉ』


 そんな事を言いながら、ビルがお爺ちゃんの脚に頭を擦りつけていた。

 欲望丸出しの言葉を残しながら。

 とりあえず、同行の許可は頂けたみたいだ。

 思わずホッと胸を撫でおろし、改めて弓に視線を向けてみれば。


 『おいスー、それ使って良いとよ』


 「え、あ、そうなの?」


 ビルに通訳してもらいながら人生初、弓という物を手に持った。

 すげぇ、武器だ。

 アニメとかに出て来る物よりずっとシンプルだし、ゲームとかだったら最初の街で手に入りそうな見た目はしているが。

 それでも。


 「げ、弦ってこんなにかてぇの……?」


 『本当に大丈夫かよ?』


 ギリギリと弦を引っ張ってみた訳だが、結構固い。

 弓道部とか見た時は、結構皆軽そうに引いていたのに。

 弓の形が違うからか? それとも大きさが違うから?

 とにかく、硬い。

 必死に引っ張った後離してみれば、ビィィンと小さく情けない音が室内に響く。

 これは……大丈夫なのだろうか?

 早速不安になっていた頃、お爺ちゃんからは矢筒が手渡された。

 いつの間にか準備が終わったらしい二人は、えらくファンタジーな格好をしている。

 お爺ちゃんはまさに狩人、というか暗殺者みたいな姿。

 リリシアさんは真っ白いローブを羽織りながら、長い杖を携えている。

 そして俺は、ダボダボの服を無理やりベルトで落ちない様にしながら弓を手にしているという。


 「……不安になって来た」


 『最悪俺がトカゲでも獲って来てやるから、お前の獲物って事にして良いぜ?』


 「トカゲもいらない。てか絶対虫獲ってくんなよ?」


 『へーへー』


 そんな訳で、異世界生活二日目にして狩りに赴く事になった俺。

 だ、大丈夫だろうか?

 でもホラ、異世界転生モノって言ったら何か凄い力を貰ってる可能性あるし。

 敵を前にしたら急に才能に目覚めたり、魔法の力がブワーってなったり。

 ね? あるよね?

 なんて事を考えながら、とりあえず一言叫んでみる事にした。


 「ステータスオープン!」


 残念な事に、眼の前に広がったのは俺のステータスではなく「急にどうした?」みたいな心配そうに此方を見つめるお二方の表情だったが。


 『本当に大丈夫か? お前』


 「ん、へーき。ナンデモナイ……」


 とりあえず恥ずかしくなって、顔を伏せながら二人と一匹と一緒にお家の外へとお出掛けするのであった。

 もうね、言葉が通じないとしてもめっちゃ恥ずかしい思いをした気分だった。


 ――――


 色々と不安は多かったが、それでも俺達は森に足を踏み入れた。

 スーがここまで意思を見せたのは初めてだったからこそ、無下にしたくなったというのが大きいが。

 しかし。


 「フフッ、楽しそうだね。実に賑やかだ」


 リリシアがそう呟く程、スーはパタパタと走り回りながらビルを追いかけたり追い回されたりしていた。

 その光景は実に平和であり、俺達が望んだ景色ではあったものの。


 「今日は獲物が獲れないかもしれないな。すまん、リリシア」


 「別に良いさ、備蓄庫には結構な数がある」


 これだけ騒いでしまうと、獣は逃げる。

 魔獣や魔物なら逆に近寄って来るかもしれないが、この周辺はリリシアが拵えた結界によって守られているのだ。

 流石に全てを跳ねのける程強力な物ではないが、それでも“魔石”を体内に宿すモノは進んで入って来ようとはしない筈だ。

 大物でもない限りは、だが。

 なんて、緩く考えていれば。


 「シャアァァァ!」


 ビルが物凄い勢いで威嚇の声を上げた後、スーの顔面に何かが飛び掛かって来た。

 リリシアと二人、思わずスッと武器を構えてしまった訳だが。


 「……害は無さそうだね」


 「だな、本人も楽しそうだ」


 彼女の顔面に飛びこんで来たのは、モモンガ。

 あんな臆病な小動物が何故? と思ってしまったのだが。

 モモンガ襲来によってズッコケたスーを心配するかのように、ウサギやリスが集まって来ている。

 本人は何やら叫んでいるが、それでも未だ集まって来る小動物は逃げるどころか彼女に身を寄せていく。

 ちょっと理解に苦しむ光景が広がっているが……もしかしたら、あの少女はそういう能力を持っているのかもしれない。

 動物に好かれるとか、そう言った能力を。

 事実飼い猫のビルだって、彼女を連れ帰ってからはほとんどの時間をスーと共に過ごしている程だ。


 「これはしばらく、ウサギやリスは狩れそうにないね」


 「あぁ……そんなモノを食べさせたら、スーが怒りそうだ」


 思わず言葉を紡いでしまうくらいに、彼女の周りには小さな動物達が集まっているのだ。

 テイマーという職業がある。

 動物や魔獣達と心を通わせ指示に従って貰ったり、魔術で操ったり、視界を借りたりと色々出来るのだという。

 もしかしたら、彼女にはそう言う才能があるのかもしれない。


 「一度街に出向いて“鑑定”してもらった方が良いかもね、スーの才能を知る為にも」


 「そうだな。ここまで動物に好かれるのは異常だ、何かしらの魔術を使っているのかもしれない」


 なんて事を二人でボヤいていれば。

 スーは嬉しそうな顔をしながら、兎とリスを両脇に抱えて此方に向かって走って来た。

 その頭には、モモンガが乗っかっている。


 「――! ――、――!」


 何かを喋りながら、俺達に向かって兎とリスを差し出して来るスー。

 しかし、受け取ってみれば。


 「おぉっと、かなり暴れるな」


 「ちょ、痛っ! 噛むんじゃない、あぁもう!」


 俺が腕に抱いたウサギはゲシゲシと此方を蹴り始め、リリシアが手に持ったリスはもっと直接的に攻撃を始めたらしい。

 その結果、二匹とも森の奥へと逃げて行ってしまった。


 「す、すまないスー。俺達には馴染んでくれなかった様だ」


 もしかしたら、ビルと同じ様に飼いたかったのかもしれない。

 そんな事を思って、思わず謝りながら膝を付いてみた訳だが。

 彼女は慌てたような声を上げて周囲を見回してから、逃げて行った小動物を追う事も無くリリシアの元へと走った。

 そして、リスに噛まれた箇所を見つめて涙を浮かべている。


 「あぁ、えっと。大丈夫だよ? スー。怪我はしてない、私もグローブをしているからね。ほら、見てごらん? 傷は無いだろう? だから大丈夫だ」


 リリシアが宥めながらグローブを外し、掌を見せてやれば。

 スーは彼女の掌を触って確かめ、大きく安堵の息を吐いた。

 優しい子だ。

 自らが捕まえた獲物……という感覚なのかは分からないが、ソレが逃げてしまった上でも、誰かの怪我の心配をしてみせる。

 これくらいの歳の子だったら、街中に居る猫を捕まえて、もしも大人に逃がされたりでもしたら大泣きする事だろう。

 彼女もそう言う反応示すのかもしれないと予想したからこそ、逃がしてしまった時には「しまった」と俺達は思い浮かべたのに。

 でもスーはそんな事よりリリシアの怪我を優先した。


 「すまなかったな、スー。心配を掛けてしまったし、お前の捕まえた動物を逃がしてしまった。連れて帰りたかったのかい?」


 そう声を掛けてみれば、不思議そうに首を傾げるスー。

 やはり言葉は通じず、こういうやり取りはどう伝えれば良いのかも分からないので困ってしまう。

 という事で。


 「頭の上に居る、モモンガ。その子だけは連れて帰るか? ほら、ビルみたいに、家で飼っても良いぞ?」


 身振り手振りで伝えてみれば、彼女は「なるほど!」とばかりに頭の上に乗っかったモモンガを引っ掴み。

 何故かビルの背中に乗せた。

 そして。


 「ビル、――」


 「んなぁぁ」


 彼女からモモンガを預かったビルは大人しくしており、名も無きモモンガも静かにくっ付いている。

 なんとも和む光景を見せられ、思わず笑ってしまった訳だが。


 「っ! スー、下がれ!」


 森の奥から、大物が顔を出した。

 クマだ、しかもかなりデカイ。

 思わず弓を構えながら、皆を逃がす様ハンドサインをしてみれば。


 「ま、待つんだスー! 何をしている!?」


 リリシアの声が聞え、そちらに視線を向けてみれば。

 あろうことかスーがおもむろに弓に矢を宛がい、弦を引き始めたでは無いか。

 まさか、アレを狩ろうとしているのか?

 大人だって逃げ出す大きさのクマに向かって、臆することなく弓を構える少女。

 これだけでも凄い、しかもクマが此方に走り始めても一切逃げる姿勢を見せない。

 もしかして、本当に狩りを教え込まれた子供なのだろうか?

 そんな風に考えていたのだが。

 ピュイ! と情けない音と共に、矢は明後日の方向へと飛び立った。

 しかもヘロヘロと飛んで行った上、トスッと地面に突き刺さる。

 間違いない、この子は武器の使い方を知らない。

 訓練どころか、身体を作る事さえ出来ていない状態だ。

 だと言うのにもう一本矢を慌てて抜き取り、改めて正面に構えている。


 「グラベル、その……」


 「これ以上は危険だな。仕留めるから、スーの視界を塞いでくれ。アレだけ動物に愛される子だ、同族でなくとも“死”に触れるには早いかもしれない」


 話している内に、彼女の二本目の矢はほんの数歩先にトスッと突き刺さる。

 その間もクマが接近中なので、こればかりは大人が対処しないとどうしようもない。


 「スー、こっちにおいで。あとはグラベルに任せて……スー!?」


 俺も俺で弓を構えた走り出した瞬間、再び後ろから叫び声が聞こえて来た。

 今度は何だと慌てて振り返った俺の隣を、テッテッテと走り抜けるスーの姿。

 おいまさか、この状況で接近しようとしているのか!?

 いくら何でも無謀な上、了承できない行動。

 だからこそ、慌てて手にもった弓矢に魔力を込める。


 「“撃ち抜け”!」


 魔力を宿した矢を放った瞬間、その時にはもうスーのすぐに近くにクマが迫っていた。

 もはや猶予は無い、生きるか死ぬか。

 その瀬戸際だった筈なのに。


 「え?」


 目の前の光景に思わず目を疑い、放った矢に「止まれ」と言いたくなってしまった。

 熊は彼女に近づいた瞬間に走るのを止め、“伏せ”に近い体勢を取ったのだ。

 まさかとは思うが、あんな大物まで先程の小動物達と同じ様に遊びに来ただけなのか?

 スーを前にしたら、猛獣でさえ甘えた態度を見せるのか?

 そうだったとしたら、俺が今やったことは――。


 「スー! 離れろ!」


 叫んだが、やはり遅かった。

 彼女の前に身を伏せたクマの体を、俺の魔力を乗せた矢が貫いた。

 どう見ても狩りというよりかは、虐殺。

 普段の狩りならこんな事はしないが、スーが襲われると思ったからこそ魔力を使ってしまった。

 その結果は……もう、酷いとしか言い様が無かった。


 「すまない、スー。そのクマが、君を襲うんじゃないかと心配したんだ……」


 スーの本当に目の前で、動物の命を奪ってしまった。

 それだけじゃない。

 魔力を乗せた矢はクマを吹き飛ばしながら、鮮血を周りにまき散らして彼女の目の前からずっと遠くまで押しやってしまった。

 酷く残酷で、惨たらしい光景に見えた事だろう。

 この子にとって友人の様に感じる相手を、俺はたった今過剰な力で射殺したのだから。

 その結果なのか、酷く驚いた顔をしてスーは俺の事を見上げて来た。

 小さな身体を、今しがた飛び散った動物の血で汚しながら。


 「すまない、すまない……スー。許してくれ、お前が傷ついてしまうんじゃないかと……怖かったんだ」


 未だ固まった様に動かない彼女を、ひたすら謝りながら片腕で抱きしめるのであった。

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