第6話 在り方


 「なははっ! これ、動物取り放題じゃんか!」


 何故かやけに集まって来る小動物達を眺めながら、思わず笑みを浮かべてしまう。

 狩り、楽勝じゃん。

 二人に獲った獲物を見せに行って、“役に立ったアピール”をしようとした時。

 リスの野郎がリリシアさんに噛みついたのは相当焦ったが。

 その後の二人の様子を見れば、特に問題は無かったようで一安心。

 何たって、あんなに綺麗な奥さんの手を傷付けてしまうかも知れなかったのだ。

 お爺ちゃんの方が激怒しながら「何してんだこのガキ!」とかキレるんじゃないかと思ったら、想像だけでもマジで怖かった。

 とまぁトラブルこそあったものの、俺はどうやら狩りでは役に立てる事が判明した。

 よし、今度捕まえたらシメてから手渡す事にしよう。

 でも動物をシメるってどうやれば良いんだ? 首をゴキッとかやるのだろうか?

 だとしたらちょっと……いや、かなり抵抗あるな。

 想像するだけで鳥肌が立つ。

 やはりココは本日の主役、弓の出番だろう。

 さぁ来い、次の獲物よ来い。

 そんな事を思いながら、弓矢を装備したその瞬間。


 『スー、下がれ! デケェのが来たぞ!』


 ビルが全身の毛を逆立てながら、何かを威嚇し始めた。

 そして、ブサ猫の視線の先には。


 「うぉぉぉ! 熊だ! アイツなら容赦なく矢を撃てるぜ! 害獣! 害獣!」


 『馬鹿かお前は! ホラ、旦那が前に出たから後は任せて――』


 いや、まて。

 何かハンドサインを出しているではないか。

 俺でなければ見逃しちゃうね、実際ビルは見ていなかった様だし。

 でも、何の指示を出しているのかまるで分からない。

 三本指を立ててヒラヒラ……ハッ! まさか、そう言う事か!


 「三本だけで仕留めろって事だな!? ビル! 俺が捕まえたモモンガ逃がすんじゃねぇぞ!?」


 『お前ホント馬鹿か!? モモンガより自分の心配しろって!』


 ブサ猫の声を聞き流し、前に出て弓を構えた。

 相変わらず固い、力いっぱい引いてるのにあんまり後ろまで来ない。

 しかし興奮した身体はいつも以上にアドレナリンがドッパドパなのか、家で試しに使った時よりちょっとだけ強く引けている気がする。

 あくまで気がするだけだが。

 そんな訳で、記念すべき第一射。

 目覚めろ! 俺の弓の才能ぉぉぉ!

 なんて事を考えながら、矢を放してみれば。


 「ありゃ?」


 ヘロヘロと明後日の方向へ飛んで行った。

 おかしい。

 マンガやアニメで見た異世界に来た主人公たちは、皆最初から結構道具や武器を使えていたのに。

 戦闘さえ始まってしまえば何かこう、あるのかなって思ったのに。


 「い、いや諦めるな! 第二射!」


 矢筒からワタワタしながら二本目を取り出し、正面へと構えてすぐさま発射。

 今度は何故か、足元に向かってピョンッと飛んでトスッと刺さる。

 ば、馬鹿な……こんなはずでは……。

 そんな事をしている内にクマはどんどんと此方に迫り、お爺ちゃんが怖い顔をしながら何かを叫んでいる。

 ヤバいって、アレ絶対怒ってるよ。

 狩りが楽勝だなんて誰が言いやがった、俺か。

 あんな大物をゲット出来れば相当アピールできるはずだったのに、流石に無理か……。

 もはやめっちゃ近いし、お爺ちゃんも攻撃体勢に入ってるし。

 三本で狩れという指示を達成できなかった場合、俺は一体どうなってしまうのだろう?

 凄く嫌な顔をされながら、家の隅っこで残飯を貰う生活になってしまうのだろうか?

 こんな森の中での生活だ、まさに働かざる者食うべからず。

 今日捕獲できたのは、食べようとしても殆ど肉が無さそうなモモンガ一匹。

 こいつは、非常に不味い。


 「ま、まだまだぁ! あと一本猶予がある!」


 もはやテンションと意地だけで再び前に飛び出し、正面に弓を構えた。

 近い、凄く近い。

 俺の体が小さい影響で相手が物凄くデカく見える、滅茶苦茶怖い。

 が、やるしかない。


 「おりゃぁぁ! やったらぁぁ!」


 ギリギリと音を立てながら今日一番と言える程に弦を引き、眼の前のクマに照準を合わせる。

 頼む! 滅茶苦茶ラッキーでも起きて一発で死んでくれ!

 などと願いながら、ラストチャンスの矢を放ってみれば。

 熊が目と鼻の先まで迫った瞬間、スッと身を伏せた。

 哀しくも俺の矢は、相手の体の上を情けなく放物線を描いて飛んで行く。

 さ、避けられた!?

 いや、普通に立っていても当たったか分からない方向に飛んで行ったけど。

 それでもコイツ、回避行動を取りやがった!

 などと、愕然としていた瞬間。


 「スー! ――!」


 お爺ちゃんの叫び声と共に、熊の横から何かがぶち当たった。

 するとどうだろう、ギャグマンガみたいな勢いで熊が吹っ飛んでいってしまったでは無いか。

 ま、まさか今のが俺の本当の力!?

 とか勘違い出来たら幸せだったのだが、視線を向けてみればお爺ちゃんが矢を放った後の姿勢で固まっている。

 つまり、悲しいけどそう言う事だ。

 俺に熊は狩れなかった、それどころかこの世界の人が放つ矢はあんな威力になるのか。

 まるで大砲かと思う様な威力。

 それがたった今目の前を通り過ぎたと考えると、もはや怖いとか驚いたとかではなく、完全に真っ白になってしまった。

 俺は……とんでもない世界に来てしまった様だ。

 更に、こんな世界でどうにか働かなければいけない。

 今現状は“お手伝いアピール”で何とかなるのかもしれないが、いつまでもそう言う訳にはいかないだろう。

 そして本日の成果はモモンガ一匹、お手伝いとしても怪しいレベルだ。

 もっと言うなら、この二人に養ってもらうにはさっきの威力くらいの矢が放てないといけない可能性が出て来た。

 これは、何というか……無理じゃない?

 早い所他の養ってくれる人を探すか、この体の隠された能力を探さなくては。

 後者に関しては存在するのかさえ怪しいが。


 「ご、ごめんなさい……ど、どうにか今から兎とか見つけて来るから。お願いです、捨てないで下さい」


 あまりにも後が無い現実が襲って来て、思わず両目からは涙が零れた。

 友達のお兄さんが言っていた。

 人間と言うのは金が無くなって「あ、明日死ぬかも」という状況になったとき不思議と絶望よりも虚無になるのだという。

 何も感じなくなり、何故か両目から涙を溢した経験があるそうだ。

 今の俺は、その感覚に近い。

 その人は全部パチンコでスッたらしいが、俺の場合神様か何かに身一つで異世界に放り出されたのだ。

 マジでふざけんな。

 なんて事を思いながらも、何も出来なかった俺は必死で懇願しながらお爺ちゃんを見上げる事しか出来なかった。

 だってお金無いし、言葉も分かんないし。

 こんな状況で一人生きていくとか、無理。


 「ほんと、なんでもやりますんで。夜のお供以外だったら、マジで何でもやりますから。俺にこれからもご飯を下さい……」


 ぽろぽろと情けなく涙を溢していれば、お爺ちゃんは優しく抱きしめてくれた。

 何やら色々と怖い顔で喋っていたが、これは許してくれたと思って良いのだろうか?

 もしかしたら、「仕方ねぇなぁ、次はねぇぞ?」とか言われてしまったのかもしれないが。

 すぐさまリリシアさんも駆け寄って来て抱きしめてくれる所を見ると、「初めての狩りだったから仕方ない、気にするな」的な感じだったのだろうか?

 よ、良かった。

 とりあえず今日の失敗で即刻捨てられる心配はしなくて良さそうだ。

 であれば、いつまでも落ち込んでいないでミスを取り返さないと。


 「解体! 解体手伝います!」


 急いで立ち上げり、さっき熊が吹っ飛んでいった方へと走り出そうとすれば。


 「スー、――」


 何故かリリシアさんに止められてしまった。

 お前はもう手を出すなって事だろうか? お爺ちゃんも此方を見ずに熊の方へと歩いて行ってしまうし。

 いや、でも。流石に何もしないって訳には……。


 『もう大人しくしておけバカ娘。ったく、焦らせやがって。ホラ、お前のモモンガ。コイツだけは逃げねぇ様に捕まえとけよ? 今日の獲物なんだろ?』


 そんな事を言いながら、背中にモモンガをくっ付けたビルが近寄って来た。

 背中にへばり付いていたソイツを引き剥がしてみれば、コレと言って抵抗する様子を見せず大人しい。

 モモンガってこんなに大人しいのか。

 さっきの兎とかリスもそうだけど、意外と寄って来るものなのかと驚いた。

 田舎の山の中とか行った事無いので知らなかったが、野生動物も結構人懐っこいのか。

 しかし、どいつもこいつも喋らない。

 やはり猫と会話できるのも、ビルが特別なだけなのでは?

 そうなって来ると、本当に俺の能力何も無い事になるんだけど。


 「ビル、モモンガって食えるのか?」


 『食えねぇ事は無いだろうけど……どこの肉を食うんだよ、そんな薄っぺらいの』


 「だよねぇ」


 そんな訳で、結局俺が手に入れた獲物は食えない小動物一匹。

 もう一回兎とか来てくれないかな、アレだったら多分食えるよね?

 などと考えながら、お爺ちゃんが帰って来るまでひたすら兎を探し続けるのであった。


 ――――


 「もっと泣くと思っていた、責めて来るんじゃないかと思っていたんだ」


 「グラベル、あまり考えすぎるのは良くない」


 スーが眠った後、俺達は静かなリビングで酒の入ったカップを傾けていた。

 あのクマを狩ったその後。

 最初こそ涙を浮かべていたものの、解体が終わり必要な分を確保して帰って来てみれば。

 彼女は少しだけ気まずそうな顔をしながら、俺に笑みを向けてくれた。

 一体どんな気持ちだったのか、どれ程の感情を押し殺しながら俺を迎え入れてくれたのか。

 考えるだけで、胸の奥がズキズキと痛む。


 「あの子は賢い子だ。例え動物に好かれ様とも、“食べる”意味を理解している様に思える。生物の死を理解し、受け入れている。そうじゃないと、君が離れていた間も獲物を探していた理由が付かない。それに、あのクマ肉。彼女の目に届かない所に仕舞おうとした我々を止め、食べる様に意思を示したのも確かだ」


 「弔いのつもりだったのだろうか?」


 「わからない。でも、そうかもしれない。今朝スーは私達に食べ物を獲って来る、という様な仕草を見せた。つまり最初に手渡して来た兎やリスだって、食べ物と認識している可能性がある。あれだけ愛らしく、動物達を愛でていても。それを殺し、食べる。その覚悟はあるんじゃないか? クマを仕留めた時の表情を見るに……辛くない訳じゃないんだろうけど。しかもその全ては――」


 「俺達の為に、か」


 「あぁ、多分ね。彼女は私達に食べさせる食料確保の為に働き、あんな大きなクマにも挑んだ。その相手が自身に懐くと分かっていたのかどうかは定かではないが、それでも彼女は弓を構えた。それだけ覚悟の決まった少女が捕まえて来た最初の獲物を、私たちは逃がしてしまった。しかし責める様な態度は一切見せず、次の獲物を探した」


 もはや聞いているだけでも辛い。

 あれだけ動物に愛される彼女だ、ビルとなんてまるで会話している様にさえ見える程。

 なのに、彼女は動物の事を狩る相手だと認識している。

 いや、認識させられてしまっていると言った方が良いのかもしれない。

 自らを好いてくれる動物達相手に、彼女は笑みを浮かべながらも最終的に“狩る”相手だと思っているのだ。

 それはつまり。


 「スーの“能力”を使って、囮に使っていた奴がいる可能性がある」


 天井を見上げながらそう呟いてみれば。


 「あぁ、その通りだね。獣狩りにおいて、彼女の能力はこの上ない程都合が良い。彼女を前に出し、獣を大人しくさせ、自らは横から掻っ攫う。しかも多分、彼女の目の前で仕留めていたのだろう。目の前で懐いてくれた動物の命の灯が消えても、すぐに次の獲物を探し始めたのが証拠だ。そしてスーにとって、それが“普通”の事になっているんだ」


 あの時は、確かに涙を溢した。

 でも、もしかしたら俺の放った矢が怖かったのかもしれない。

 そうであったとしても、やはり懐いてくれた動物の為に涙を流した可能性もある。

 だが、俺が離れている間に涙は乾き次を探し始めた。

 彼女は何処までも純粋に教えに従いながら、何処までも壊されてしまったと言える少女。

 スーにとって当たり前の世界は、普通で言えば異常な世界。

 囮として使われる事が当たり前であり、獣の前に身を差し出すような事も当然。

 自らを餌にするかのような行動を取りながら、相手からは好かれ懐かれる。

 その結果だけを掻っ攫う輩がいて、自らに愛を向けて来る動物達を目の前で狩り取られる。

 普通なら、心が壊れてしまう事だってあるだろう。


 「でもスーは笑うんだ、まるで普通の子供みたいに。しかも私たちの為に……いや、“大人”の為に働こうとする。あんな子は普通居ない。何を言っているのか分からなくても、これだけは分かるよ。彼女は決して我儘を言っていない、あぁしたいこうしたいという欲望を私達に曝け出していないんだ。もし何か言っていたとしても、その対価を払おうとしている。こんな事、あり得ると思うかい? あの歳の女の子が」


 リリシアも、苦しそうな表情を浮かべながらそんな声を上げた。

 違う、違うだろう。

 子供というのは、もっと我儘なものだ。

 あれが欲しい、あっちも欲しい。

 手に入らないのが気に入らなくて泣き叫んだり、構って欲しくて大人にちょっかいを出したりと色々だ。

 だというの、スーは。


 「リリシアが前に話した、もしかしたら神様が俺達にあの子を授けたのかもって話だ」


 「あぁ、そんな事も言ったね」


 「だとしたら、これは俺達の罪なのかもしれないな。俺達のせいで、スーの様な子供も多く居たのは間違いない」


 「昔の事だとは言え……納得してしまいそうになる自分が嫌になるよ」


 二人してため息を溢しながら、改めてカップに酒を注いでいく。

 本当に今日は、色々あった。

 心配になることも、不安になる事も。

 でも彼女が外に出る事を嫌がっていないという事だけは、朗報だったのかもしれない。

 周りを受け入れ、言葉が伝わらずとも俺達の事も受け入れてくれる。

 更には、平然と死も受け入れてしまう彼女。

 とても素直で、とても歪な女の子。

 昨日までは彼女を囲っていたであろう連中に怒りを覚えていた筈なのに、今では心配な心の方が大きい。

 スーは、全てを受け入れてしまい過ぎている気がするのだ。

 そして俺自身も、本来なら彼女から恐れられてもおかしくない行動を取ったと言うのに。

 あの子は夕飯の時も微笑みを此方に浮かべてくれた。

 それが、たまらなく苦しかったのだ。


 「いつまでも過去に囚われるなら、引きこもっていないでやり直せ、という事なのかもしれないな」


 「グラベル、まさかそれが神様の御意思です、とでも言うつもりかい? しかし……そうだね。いつまでもココに居られるという訳でもないだろう。世界と言うのは、常に変化を続けるモノだ」


 諦めたため息を吐いてから、俺達は視線を合わせた。


 「明日、街に出よう」


 「あぁ、せめて私達が残した傷跡くらい……見届ける必要がある筈だ」


 そう言って、カップを合わせた。

 もう逃げ回るのは終わりだ。

 逃げ出した俺達自身の尻拭いと、獣人の子供であるスーの今後についても、街を見て決めようと思う。

 もしも彼女がもっと幸せに暮らせる場所が他にあるのなら、そちらで過ごした方がスーの為だ。

 たった二日一緒に居ただけだと言うのに、今から寂しい気持ちになってしまうが。

 それでも。


 「もう一度、世界と向き合おう」


 「あぁ、私は君の隣であれば、いつまでだって戦えるさ」


 頼もしい相方と共に、残った酒を喉の奥に流し込むのであった。

 あぁ、全く。

 今日は全然酔える気がしないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る