神獣飼いの獣人少女
くろぬか
1章
第1話 その日、俺の相棒は居なくなった
「……はい?」
思わず疑問の声を上げてしまった。
先程まで俺は、中学時代最後の初詣に来ていた筈だった。
だと言うのに鳥居を出た瞬間、目の前の光景が一瞬で入れ替わったのだ。
急に昼間になったし、どこの田舎だと言いたくなる程の緑が広がっている森の中。
もしかして夢でも見ているのかと思い頬を抓ってみたが、返ってくるのはプニプニとした柔らかい感触。
もはや全てがおかしい。
俺の頬っぺたはこんなに柔らかくないし、驚いて自らの掌を見て見るとやけに小さい。
元々背は低い方だし、男らしい体をしていた訳じゃないがここまで小さくなかった筈。
いや、ホント。何これ?
お参りの際に「宝くじが当たって一生働かずに済みます様に」ってお願いしたのがいけなかったのか?
それとも「美人でお金持ちのお姉さんに一生養ってもらえますように」と追加のお願い事をしたからバチでも当たった?
自分でも新年早々煩悩まみれのお願い事をしたものだと思ってはいたが、まさかこんな事になるとは。
振り返ってみれば、そこにはツタやら何やらでびっしりと緑に侵食されている鳥居と小さな社が一つ。
コレはマジで天罰でも食らったのだろうか?
だとしたら不味い、今からでもお参りし直して元の場所に戻して貰わないと。
慌てて鳥居をくぐって、もう一度手を合わせようと社に駆け寄ったその時。
何かを踏んづけた感触と、足の裏から鋭い痛み。
どうやら今の俺は靴さえも神様に没収されていたらしい。
「いったぁ!?」
痛みと驚きで跳び上がると、これまた違和感が。
やはり妙に手足が短いのだ。
慣れない感覚に振り回されるかの如く、跳び上がった矢先で今度はグキッと足を捻ってしまい盛大にコケた。
まさか平地で、ちょっと凸凹があるだけの山の中でコケるとは思わなかった。
などと考えながらズッコケた先には、先程の社。
拝むどころか正面からタックルする様な形で激突して、バコンッ! と大きな音を立てて社がぶっ壊れた。
いやいやいや、見た目からしてかなり古そうだとは思ったが、まさかこんな簡単に壊れてしまうとは。
というか。
「更に罰当たりな事をしてしまった……」
ぶっ壊れた社の残骸を見つめながらポツリと声を洩らしてみれば、今更だが何か妙に声が高い。
「あー、あー? え、本当に何? 次から次に違和感が出て来ても事態に着いて行けないよ!?」
聞えて来る声は、間違いなく俺が発しているモノ。
しかしながら、どう聞いても女の子っぽいのだ。
声変わり? 何故声色が高くなってしまったのか。
ヒョロいし小っこいと妹から馬鹿にされる事が多かったので、せめて声くらいは低くて渋くなりたかったのに。
この声なら、動画配信者とか向いてるかも。
両声類ってヤツだ、もしくはアバターを用意してバ美肉ってアピールすれば、もしかしたら喋るだけで人気がでるかもしれない。
などと馬鹿な事を考えて現実逃避していれば。
『あーあー、やっちまったなぁ』
どこからか、おっさんの様な声が聞えて来た。
思わず周りを見回してみたが、人の姿は見受けられず。
では、どこから?
まさか神様の声か!? 罰当たりどころの騒ぎじゃなくなって、直接文句を言いに来たのか!?
思わず頭を抱えて天を仰いでみた訳だが、今度は頭の上からモフッとした感触が。
なにこれ、何か乗っかてるとかじゃなくて、生えてるっぽいんだけど。
引っ張ると普通に痛いし。
次から次へとおかしな事の連続で、もう完全に理解が追い付いていかない。
うがぁー! と叫びながら、頭の上にあるモフモフを弄っていると。
『元気な嬢ちゃんだな……気分よく昼寝してたってのに、騒がしい』
背後、しかも下の方から聞こえて来た声に、勢いよく振り返ってみれば。
猫がいた。
何て言うんだっけ、こう……顔がむぎゅっと潰れたみたいな、ブサ可愛いとかって言われる種類の奴。
三毛っぽい柄の、やけに丸い猫がジッとこちらを見つめている。
おう猫、ちょっとモフらせてくれよ。
事態に着いて行けない俺に癒しをくれよ。
なんて思いながら、スッと手を伸ばしてみると。
『ったく、気安く触ろうとしやがって……モフりてぇなら自分の耳でも撫でてりゃ良いだろ』
「は?」
ひょいっと俺の手を交わした猫から、先程のおっさん声が聞こえて来た。
いや、そんなはずない。
猫は喋らない、きっと俺の勘違いだ。
もしかしたら首輪とかにスピーカーが付いていて、飼い主の声が聞えているのかもしれない。
コイツ首輪してないけど。
『さっきからコケたり叫んだり固まったり、何だコイツ? ちょっとあぶねぇのかな? 関わらんとこ』
そう言ってから、背を向けて歩き出す猫。
間違いなく、今。
「猫が喋ったぁぁ!?」
『うぉぉっ!? 今度は何だよ!?』
急にデカイ声を上げた俺に驚いたのか、猫は尻尾を太くしてシャーッ! と此方を威嚇している。
でも、間違いなく喋ったよね?
世にも珍しい人語を喋る猫発見?
妖怪とか、もしくはさっきの社に祀られていた猫の神様なのだろうか?
猫の神様とか聞いた事ないけど。
コイツを捕まえて売ったら、相当なお金になるのではなかろうか。
「ね、猫ー? こっちおいで~? 怖くないよぉ? 餌は無いけど、後で何かあげるから。今後俺の飯の種になっておくれ~」
『こ、コイツ……通じてないと思って適当言ってやがるな? ばーかばーか、そんな事言われて着いて行く猫が居ると思ってんのか? やーい、脳みそ空っぽのクソジャリガキ~』
「誰が脳みそ空っぽのハイスペックイケメンだコラァ!」
『言ってねぇよそんな事! 頭大丈夫かコイツ!』
思わず猫と口論してしまった、が。
その瞬間、今度は猫の方が固まった。
『いや、うん。ありえねぇ、あり得ねぇはずだ。でもなぁ……やーい、まだ毛も生えてねぇちびっ子娘ぇ~』
「はぁ!? 生えとるわ! オラ見てみろっ! ってぇぇ!? ない! 毛どころかブツも無い!」
デカいTシャツみたいな服一枚という、とんでもない恰好をしている事に今更ながら驚きつつ、たくし上げてみれば見慣れた俺の相棒が消失している事に絶叫した。
神様の天罰はここまで容赦が無いのか?
シャツだけを残して着ている物から荷物まで全部没収され、身体は縮んだ上に男のシンボルまでどっかに置き去りにされた様だ。
ちょこっと一生分のお金と綺麗なお姉さんを望んだだけじゃないか。
齢十五にして、一生一人身である事が決定した気分だ。
神様の馬鹿野郎、こんなのって無いや……さっきまであった筈のブツも無いや。
シクシクと泣きながら蹲っていると。
『やっぱお前……俺の言葉分かってるよな? なんか特殊な魔法やら、スキル持ちか?』
「はぁ? 魔法とかスキルとか、何言ってんだよこの猫……ぜってぇ頭おかしいよ」
『お前にだけは言われたくねぇよ』
ごもっともな突っ込みを頂いてしまった。
しかしながら、向こうも向こうで驚いている様だが……こりゃ一体全体どういうことだ?
「お前が喋れる猫って訳じゃねぇの?」
『むしろお前が猫の言葉が分かる獣人って事だろ。今まで見て来た奴に、俺等の言葉が分かる奴なんていなかったぞ』
つまり何、俺なんか超能力に目覚めた?
もしくは全て俺の妄想という可能性もあるが、だとしたら猫の言う通り相当頭がヤバイ。
それに、さっきからこの猫おかしな事ばっかり言ってないか?
「獣人ってなんだよ、ファンタジーかよ。さっきも魔法だスキルだとか言ってたし、いつの間にか異世界転生してましたってか? だったらチートくれよチート。逆に失いまくってるぞ俺」
『本当にお前頭大丈夫か? 何言ってるか良くわかんねぇけど、お前はどう見ても獣人の娘だろうが。鏡見た事ねぇのか?』
「はぁぁ?」
話が妙に食い違っている気がして、そんな声を上げながら首を傾げてみせれば。
猫は盛大なため息と共に呆れた視線を向けて来る。
猫なのに、ため息吐きやがったコイツ。
『もういいや、なんか面倒くせぇ。ちょっとここで待ってろ。猫の言葉が分かるって事自体は珍しいから、少しだけ協力してやる。いいか? 大人しく待ってろよ? フラフラ歩いたりすんじゃねぇぞ?』
そんな言葉を残して、ブサ猫は何処かへ走って行ってしまった。
あぁぁ……猫にも見放された。
こんな森の中で一人だと、流石に不安になって来るんだが。
訳の分からない事の連続だし、さっきなんか踏んだ足からは出血してるし。
普通にいてぇ、でも消毒液も無ければ絆創膏も無い。
もっと言えば靴も無ければお金も無い。
是非とも俺の服と男の尊厳を返してください神様。
「もう駄目だぁ、俺の人生はここまでだぁぁ」
もう色々と疲れてしまい、とりあえずその辺の草むらに横になった。
その際頭の上からまた変な感触が返って来て。
「あぁ、この訳の分からないモフモフだけが癒し」
なんか気持ち良くて触り続けていれば、いつの間にか俺は意識を手放していた。
森の中、シャツ一枚で眠りこけるとか正気じゃない。
でも、疲れてしまったのだ。
そんでもって、このモフモフが結構気持ち良いのだ。
とか何とか思っていた意識も、今ではすっかり夢の中に旅立ってしまったとさ。
――――
「グラベル、今日はどうだった?」
美しい長髪を揺らす彼女が、柔らかい微笑みを浮かべながら振り返って来た。
どうやら洗濯物をとりこんでいたらしく、狩り帰りの俺があまり近くに寄るのは好ましくないだろう。
という事で、少し離れた位置から今日の獲物を掲げて見せた。
「ほぉ、これはまた随分と立派な鳥だ。今夜はご馳走だね」
笑いながら、彼女は此方に近寄って来る。
俺の配慮に気付かない彼女ではないと思うのだが。
「リリシア、俺は狩りの帰りだ。あまり近づくと汚れる」
「であれば、もう一度洗濯すれば良いだけの話さ」
何てことを言いながら、洗濯物を片手にこちらの胸に手を当てて来るリリシア。
彼女とはもう随分と長い事一緒に暮らしているが、この距離感は昔から変わらない。
「こんな年寄りと森で暮らしていても楽しくはないだろう? 街に行っても良いんだぞ?」
などと、いつも通りの言葉を吐いてみれば。
彼女はフフッと柔らかく微笑みながら、俺の髭を撫でる。
「街に行くのも悪く無いね、随分とこの森でゆっくりした。でもその時は君も一緒じゃなければ嫌だ。何度でも言うが、私はグラベルの最後の女になるよ。私と君とで寿命の違いはあれど、共に居たいんだ」
「モノ好きめ」
「お互い様だろう?」
そう言い合って、今の幸せを噛みしめていれば。
んなぁ~と、聞き馴染みのある太い声が足元から聞こえた。
視線を下ろしてみると、我が家の飼い猫であるちょっと太っちょな猫が俺のブーツを引っ掻いている。
「ただいま、ビル。お前にもコイツを食わせてやるからな」
言いながら猫を抱き上げ、今日獲って来た獲物に近づけてみたのだが。
すんすんっと匂いを嗅いで、再び不満そうな太い声を上げている。
お気に召さなかったのだろうか?
「ビル、どうしたんだい? いつもならもっと興味を持つのに」
リリシアも不思議そうな顔を浮かべながら、ビルに顔を近づけてみると。
んなぁっと短い声を上げたビルは腕から飛び降り、再びブーツを引っ掻いて来る。
なんだろう、珍しい反応だな。
はて、と首を傾げてみれば。
「んなぁぁ~お」
妙な鳴き声を上げてから、森の方へと歩み寄りチラッと振り返って此方を待っている様子を見せる。
なんだか付いてこいと言っている様にも見えるが、まさかな。
と、思っていたが。
「んなぁぁぁお」
また変な声を上げて、数歩だけ進み振り返る。
これは、本当にどこかへ連れて行こうとしているのか?
「珍しい獲物でも見つけたんじゃないか? グラベル、一応確認して来てくれ。猪でも居たら困る、畑をやられてしまうからね」
それだけ言って、リリシアが俺の掴んでいた鳥を奪い取った。
あぁ、そんな事したら本当に洗濯物が……。
「ホラ、早く。それとも私も一緒に行った方が良いかい?」
「……いいや、大丈夫だ。ちょっと行ってくる」
「あぁ、いってらっしゃい」
そんな訳で、帰って来たばかりだと言うのに再び森の中へと踏み込む事になった。
しかも、案内人は猫。
これはまた、奇妙な事になったものだ。
一体どこへ連れて行こうと言うのか、ビルは森の中を走り回り、たまにこちらを振り返って確認してくる。
「ちゃんとついて来ているさ、心配するな」
猫に言葉が通じるとは思わないが、そう伝えてみればビルは満足気に鳴きながら再び走り出した。
結構移動するな……普段からこんな距離を縄張りにしているのだろうか?
家ではゴロゴロしてばかりで、あまり強そうには見えない猫なのだが。
言葉が通じたら怒られてしまいそうな事を考えながら、ひたすらビルの後を着いて行くと。
「これは……なんだ?」
赤い、門の骨組み?
何とも奇妙な形をした物体が、森の中に鎮座していた。
植物の蔦などが巻き付いている事と、物自体がかなり劣化している所を見ると、そう新しい物では無いようだ。
しかし、こんなモノは近所に無かった筈だ。
もうこの森の中で何年も住んでいるのだ、今まで見落としていたとは考えにくい。
突如として出現した。そうとしか考えられない状況な訳だが、まさか召喚術式や転移の類? もしくは何か呪いの類か?
スッと気配を殺し、肩に掛けていた弓を正面に持って来て構える。
先程警戒した様な代物だった場合、術者が近くに居るかもしれない。
そう考えての警戒だった訳だが。
「んなぁぁお」
「こら、ビル。少し静かにしていて……え?」
軽快に走り出したビル。そして、向かった先には。
「獣人の女の子?」
そこには、小さな女の子が寝ころんでいた。
貧相な服を身に纏い、身体を小さくしながら。
まるで全てに怯えているかの様に、頭の上の大きな猫の耳を両手で抑えて眠っている。
夜の帳を連想させる様な真っ黒な長い髪に、細い手足。
こんな森の奥深くに、何故こんな少女が?
「おい君、大丈夫か?」
静かに近づいてから声を掛け、肩を揺すってみたのだが。
すーすーと小さな寝息が聞こえて来るだけで、全く起きる気配が無い。
余程疲れていたのか、それとも怯えながら夜を過ごしたのか。
歳は十を超えているかどうかという所だろうか?
幼女と言っても良い年齢の女の子が、この山奥に一人で居る事自体が異常なのだ。
口減らしにしても、この様な所までは来ないだろうし。
いや、捨てられた挙句少女が彷徨ってここに行きついたという可能性はあるのか。
だとしたら、相当運が良い。
魔獣や魔物に遭遇せず、この場所まで辿りつけたのだから。
しかしあの見慣れぬ建築物の件もある。
もしかしたら、どこかで術師の実験に使われたという可能性も……。
「んなぁぁ~~お」
「あ、あぁ。そうだった、まずはこの子を家まで運ぼうか。偉いぞビル、お手柄だな」
足元で非常に不満そうな声を上げる猫を撫でてから、少女を抱き上げた。
軽い。
あまり筋肉がついている様にも見えない事から、本当に魔術の実験材料として使われた子供の可能性が高くなって来た。
奴隷を買い、物の様に扱う外道は数多く存在する。
この子は、その被害者の一人かも知れないという事だ。
「全く……もう少しまともな世界にならないものか」
大きなため息を溢し、腕に抱いた彼女をなるべく揺らさない様に気を付けながら走りだしたのであった。
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