第3話 物事の捉え方


 相も変わらず何を言っているのか分からないお姉さんと一緒に、お風呂に入っている俺。

 若干の気まずさはあるものの、何と言っても眼福!

 バルンバルンです! という程では無くとも、それなりの大きさを見せつけて来るエルフコスのお姉さん。

 なんて、最初は思っていたのだが。

 どうにもこの耳、本物みたいだ。

 気になってジッと見ていたら、「触って良いよ?」みたいな感じで耳を此方に寄せて来たので遠慮なく触らせてもらった。

 どちらかと言うと二つの柔らかそうな果実の方が触りたかったが、こればかりは気になってしまったので仕方がない。

 結果、多分本物。

 いや、え? どういう事?

 確かに耳をカットというか、整形の一種で耳を尖らせてそれっぽく見せるみたいなのは聞いた事がある。

 しかし彼女の場合は違うのだ。

 そもそもなげぇ、人間だったらあり得ないくらいになげぇ。


 「エルフなんですか?」


 純粋に言葉を紡いでみれば、彼女は不思議そうな顔を浮かべながら首を傾げてしまった。

 一糸まとわぬ姿だったので、少々刺激が強かったが。

 しかしながら反応する相棒が居ないので、気分だけ興奮しておいた。

 そんな事をやりながら、身体を丸洗いされる事数分。

 色々と分かった事がある。

 まずこのお姉さん、マジでファンタジーエルフっぽい。

 何たって怪我をしていた足裏を発見した瞬間、ピカーって光を手から出して治してくれたのだ。

 つまり何? 俺は異世界転生でもした? 元の世界で天罰食らって死んだ?

 この辺りは確証も無い上に怖いから考えるのを止めたが。

 でもリアルエルフは良いぞ、凄く綺麗だしすべすべだ。

 などと欲望丸出しでニヤニヤしていたのは最初だけ。

 やけにお姉さんでっかいなぁと思っていたのだが、逆だった。

 俺が物凄く小さい。

 短い手足の時点で色々察してはいたが、これ程までとは思っていなかった。

 お風呂場に設置された鏡、そこに映っていたのは。


 「あぁ~うわぁぁ……思わず舌打ちが零れちゃうわぁ」


 鏡には、素っ裸の幼子が立っていた。

 これはもしかしてTSってヤツなのか!? とか思えれば良かったのだが。

 鏡に映っているのが、どう見ても妹に似た女の子なのだ。

 但し、頭にはデカイ猫耳が生えていたが。

 獣人女子は確かに好きだったよ? でもさ、自分がなるのは違うじゃん。

 動物の耳が生えちゃってる女子をモフモフなでなでしたいのが、ファンタジー好きな男子な訳じゃん。

 なのに、自分がなっちゃった。

 コレが女の子の体か……とかなったら、もう少し色々違ったのかもしれないけど。

 どこからどう見ても妹みたいな顔だ。

 俺の事をひたすら馬鹿にして来るくせに、こっちが無視したら無視したで文句を言って来る面倒くさいヤツ。

 結局お前はどうして欲しいのかと、何度問いかけても答えが返ってこず、ジッと睨んで来る超面倒くさい女子ナンバーワンが鏡の前に立っているのだ。

 しかも幼少期の状態で、素っ裸な上に猫耳つけて。

 コレに興奮出来る奴が居るとしたら間違いなく“妹や姉”ってものに、間違った妄想を抱いている男連中だ。

 俺はこの姿を見て、思わず舌打ちを溢しながら歯ぎしりしてしまった。

 今にもチビガリ女顔とか罵倒が飛んできそうで、ものっ凄く警戒してしまう。

 違うじゃん、性別変わっちゃいました系って言ったら大抵美少女になるじゃん。

 なんで俺は見知った姿になってんのよ。

 不満しか漏れず、思い切り鏡を睨みつけてやったが。

 でも考えてみれば、性別が変わった所で体の情報……遺伝子情報みたいなのが変わらない場合。

 難しい事は良く分からんがある日男から女に、またはその逆にって話なら、一番可能性があるのは両親の外見なんだよな。

 だから俺は「クソ兄貴! 私よりチビ! どっからどう見ても女子!」とか日々叫んでいた妹に近い姿になってしまった訳だ。

 鏡を見ているだけイライラして来るのに、何だかアイツより発育が良くない気がして、余計に劣等感が生れて来るぞ?

 なんだコレ、早くも女心に目覚めたのか俺。

 とか何とか、不思議な感情を抱きながら鏡を睨んでいれば。


 「――、スー。――――」


 良く分からないが、綺麗なエルフお姉さんが後ろから抱き着いて来て、柔らかい何かを背中に押し当てて来た。

 これは凄い、不安な気持ちと憂鬱な気持ちを吹っ飛ばしてくれる程の威力を持った攻撃だ。

 何か言葉を放ちながらゆっくりと語り掛けて来るが、今はソレどころじゃない。

 誰かが言った、おっぱいは世界を救うと。

 その言葉に、全力で同意しよう。

 言葉が分からなくとも、ここが何処なのかわからなくとも。

 俺は今世界平和を願えるくらいに幸せな気持ちになっているのだから。

 訳が分からない状況に陥ってるのと、頭からデカイ猫の耳が生えているのは少々心残りだし、ウチの家系の血を明らかに引き継いでしまったイラッとする顔なのはこの際許そう。

 背中に当たるこの柔らかい感触により、全てが許せるだけの心の広さを保った。

 やはりおっぱいと言うものはロマンの結集体であり、全世界の男子が渇望するモノなのだ。

 背中に当たっただけで、仏の様な心が持てる。

 でも今後鏡が嫌いになりそうだけど。

 という訳で鏡から眼を逸らし、後ろにくっ付いているエルフ美女の腕に触れてみた訳だが。


 「あ、あの。これでも俺も男……ごめんなさい間違えました、俺はもう男じゃありませんでした」


 哀しくなる事に、裸になって嫌でも認識させられてしまった。

 男じゃない、今の俺は完全に女だ。

 ネット小説とか読んでコレを喜べると思っていた頃の俺よ、今すぐ代わってやるから代われ。

 お前、女になったら妹と同じ様な顔になるぞ。

 何度も言うが、妹や姉を持つ人間は家族に興奮しない。

 つまり、何も感じない。

 虚無である。

 むしろ“無くなった”絶望感しかない。


 「――、――――……」


 また何か言葉を紡いでいる訳だが、相変わらず俺には理解出来ない。

 海外に住めば、嫌でも英語なんか覚えられるよ! とか言っていた奴等をこの状況に叩き込んでやりたい。

 それはある程度の知識があって、単語なら分かるっていう理解力があって生まれる感覚なのだろう。

 何も分からない所に突っ込まれてみろよ、もはや呪文だ。

 相手が喋れば喋る程混乱する、表情と仕草で読み取るしかない。

 ちょっと悲しそうな顔をしながら、柔らかい物体を押し当てて来る訳だから……分かった、この家に居るのが爺さんだから不満があるんだな!?

 ……大変失礼いたしました、ただの男子中学生の妄想です。

 心の中で静かに謝ってから、改めて彼女の方へと振り返ってみれば。

 やはりおっぱ……違う、集中しろ。


 「リリシア」


 ニコッと笑う彼女が、自らを指差しながらそう呟いた。

 妙な発音だった気がするが、間違いなくそう言ったと思う。


 「り、りりしあ……? あっ、もしかしてリリシアさんって事ですか? 名前?」


 自分でもどうかと思う女児特融の高い声でそう伝えてみれば、相手は少しだけ困った顔を浮かべて頷いてくれた。

 あぁ、やばい。

 この人超綺麗……じゃなくて。


 「えっと……リリシア! 貴女は、リリシア」


 ちょっと失礼かもしれないが、相手を指差しながら「理解しましたよ」って事を伝えてみれば。

 彼女は目尻に涙を溜めながら、此方に抱き着いて来た。

 や、柔らかっ……じゃなくて。


 「――、スー。――、リリシア」


 彼女は、そんな言葉を呟いた。

 どうやら、俺はもはや“スー”って名前で固定されてしまったらしい。

 まぁ、良いけど。

 そんでもって、この人はリリシアさん。

 滅茶苦茶美人のエルフのお姉さん。

 つまりは、まぁ、なんだ。


 「俺、本当に異世界に来ちゃった感じなの? 神様も流石にコレはやり過ぎじゃない? 天罰にしても酷くない?」


 思わず鼻息荒く……ではなく、ため息を溢しながらそんな事をボヤいてしまう。

 人に話したら夢物語だと笑われるかもしれないが。

 女になっちゃったし、顔妹だし。

 あと頭から猫の耳生えちゃってるし。

 どうせ異世界に来るなら、チートガン盛り主人公が良かった。

 そしてケモミミ少女は俺がなるのではなく、相手として愛でたかった。

 この時点で、夢は破れたのであった。


 「産業革命、頭悪いから無理。能力、明らかに無能っぽい。愛らしさ……悔しいけど猫耳成分で結構ある。だとすると、俺何すれば良いの? 可愛さアピールしてヒモにでもなる?」


 なんかもう理解を追い越して想像の世界をのたまいながら、今後の事を考えてみる。

 そもそも世界が違うってなんだ、どう想像すれば良いんだ。

 強いモンスターとか登場しちゃったり? 勇者とか魔王とか登場しちゃう?

 後は何だ? レベルか? いろいろ“向こう側”の知識を使った結果滅茶苦茶強くなりましたってか?

 馬鹿野郎。スマホもパソコンも無いのに、現代中学生にそんな専門知識ある訳ねぇだろ。

 やたら詳しそうに見せる奴らだって、端末片手に語るのだ。

 つまりはまぁ何が言いたいかと言うと、学生を連れて来たってろくな知識はねぇぞって事だ。

 専門学校とか、滅茶苦茶頭良い人は違うかも知れないが。

 俺は違う、悪い意味で。

 どこまでも平凡だし、仕事だって経験していない。

 料理ならちょっとは出来るぞ! 炒飯くらいなら作った事がある!

 まぁということで、はい。

 色んな意味で不安しかない。


 「俺、本気で何も出来そうにないんで養ってください……」


 素っ裸のまま情けない台詞を紡いでみれば、リリシアと名乗った彼女は地母神の様な笑みを浮かべて再びこちらを抱きしめて来る。

 あぁ、コレが癒し……そして俺は、寄生先を見つけて安心したゴミムシ状態。


 「いや、流石にそれはヤバいだろ……何かしないと、俺も何か……」


 とりあえずは、抱きしめてくれる柔らかエルフの肌の感触を堪能するのであった。


 ――――


 「どうだった?」


 その夜、彼女の寝かしつけをリリシアに頼んでみたが、意外な事にあっさりと帰って来た。


 「疲れていたのだろうね、すぐに眠ってしまったよ。ご飯もちゃんと食べてくれたし、一安心かな」


 そう言って向かいに座る彼女にも、グラスを出して酒を注いだ。

 風呂から出た後、スーの腹が盛大に鳴った事によりすぐさま食事を取ることにした。

 これまでどういった食事をしていたのか分からなかった為、先ずは腹に優しい物を。

 なんて思って粥を作っておいたのだが、彼女はソレをあっさり完食。

 腹痛を覚えたり、不安そうにしている様子も無かったので「もう少し腹に溜まる物にするか?」と声を掛けてみれば首を傾げられてしまった。

 やはり言葉は通じない様だ。

 とはいえ、しっかり食べられそうなのには安心した。

 あれだけ勢い良く食べていたんだ、相当お腹が空いていたのだろう。

 いつからあの森に居たのかは分からないが、スーだけで獲物が獲れるとは思えない。

 きっと久々の食事だったに違いない。

 ならば、腹いっぱい食わせてやりたくなるのが年寄りというもので。


 「熱いからな、気を付けろよ?」


 本日の獲物である大きな鳥、ライアーバード。

 コイツは様々な声で鳴き、森に訪れた者達を混乱させる厄介なヤツだ。

 しかしながらその身は非常に美味であり、栄養もある。

 あまり脂っこい料理にしてしまうと、スーがお腹を壊すのではないかと遠慮していたのだが。

 この調子なら問題ないと判断し、焼き鳥にしてみた。

 一口齧り付いた瞬間、彼女はキラキラした目をしてガツガツと食べていく。

 気に入ってくれたんだろう、満面の笑みを浮かべながらえらい勢いでもりもりと口に運んでいた。

 だがやはり小さな子供。

 ある程度食べ進めて行けば、今度はうつらうつらとし始めたのだ。

 その後リリシアに頼み、スーが眠ったのを確認して現在に至る。


 「リリシア、あの子の出身はどこだと思う? 何度聞いても、やはり聞いた事が無い言葉だったが」


 「私にも分からないよ。けど、どういう扱いを受けて来たのかは大体分かった気がする……」


 「というと?」


 グラスを空けた彼女が、ふぅと息を吐き出してから真剣な瞳を此方に向けて来た。


 「お風呂に入った時、身体を洗ってあげたり、抱きしめてあげると……凄く幸せそうに微笑むんだ。なのに……鏡に映った自分を見た瞬間、何かを呟きながらとても威嚇していた。きっと嫌いなんだろうね、自分の姿が。それにお風呂に入るまで気が付かなかったけど、足裏を怪我していたんだよ。なのに、彼女は何も言わないし痛みを訴えるような事もしなかった」


 「つまり彼女は……獣人差別がある国、もしくはどこかで奴隷として生活していた可能性がある」


 「だろうね。あんなに細いし、それに身体に打撲の跡もあった。かなり強くぶつかった様な跡だったけど、獣人は身体能力に優れている者が多い。しかもスーは“猫人族”だ、森の中でだって転んだりするとは考えにくい。だとするとアレも、殴られた跡なんだろう。そして自身の姿を見てあの反応だ、獣人に対して悪いイメージを刷り込まれているのだろう」


 なんとも、救いの無い話だ。

 この世界には多くの種族が共に暮らしている。

 そして当然国や歴史、その場の認識によって数多くの差別が生れる。

 俺の様な人族を笑う地域もあれば、リリシアの様なエルフを商品としか見ない地域も。

 更には獣人だって、様々な場所で虐げられてきた歴史を持つのだ。

 何処へ行っても、大なり小なりそう言った事例は発生する。

 しかし彼女の様な幼い子供にまで、自らの姿を嫌う程の差別意識を刷り込んでしまったと言うなら。

 そんなモノは認識の違いどころか害意の巣窟でしかない。

 思わずグッと拳を握りしめながら、俺も酒を一気に飲み干した。


 「召喚なのか転移なのか。ただ捨てられたって線は考えにくい……だがスーは俺達の元にたどり着いた。老い先短い俺だけなら不安しかなかったが、幸いリリシアはエルフだ。だから、その」


 「彼女をこの家に置く、もしくは街に出て三人で暮す。もしも攫われた過去がある様な少女だった場合、両親を探すなどなど。スーが望む限り、私たちが守って道を示す。そんな余生も悪くないさ」


 此方の言いたい事をあっさりと言葉にしてから、彼女は二人分の酒を注いでグラスを向けて来た。


 「あいからず、子供好きだな。リリシア」


 「そっちこそ、グラベル。私達の間に子供が出来ない以上、こういうのも悪くはない。それに、もしかしたら神様が私たちに授けてくれたのかもしれないよ? エルフ族と人族じゃ子供が出来ないからって」


 「それでまさかの獣人の子供か? 随分と種族の隔たりを気にしない神様もいたもんだな」


 笑い合いながら、俺達はグラスを軽くぶつけた。

 まだまだ分からない事だらけだし、スーがこれから何を望むのかも分からない。

 故郷に帰りたいと言い出すかもしれない、家族に会いたいと泣くかもしれない。

 ならば、出来る限りは叶えてやりたい。

 老い先短い老人に出来る事は、とても少ないかも知れないが。


 「とにかく、言葉を教えないとな」


 「だね、まだまだ先は長い。グラベルもしばらくは死ねなくなったよ?」


 などと言葉を交わしながら、俺達は今後の計画を話し合う。

 ある日突然森に現れた少女、スー。

 色々心配ではあるが、森の中に引っ込んで隠居していた俺達には、丁度良い刺激なのかもしれない。

 柄にもなく、そんな事を考えてしまうのであった。

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