第55話 とてもふわっとしたやることリスト

「ふふ……父だなんて」


 口角を上げ目を細める少女の、それは自嘲に他ならなかった。あるいは自傷なのかもしれない。


「ま、事情はわかったよ。ああいや、これっくらいな?」


 ペットボトルの蓋を摘まむようなこれくらいだ。俺のジェスチャーに目を瞬かせる隣人をおいて、立ち上がって台所に食事を取りに行く。台所と言ってもそんな立派なキッチンではないけどな。


「腹減ってるかぁ?」


「はら、いえ、あ、いえ……すいてますけど」


 IHのスイッチを入れつつ投げかけた質問には予想通りの答えが返ってきたから茶碗を一つ追加といこう。それと箸と湯呑と取り皿も。


 なにか心に負荷がかかった時、一人では手に付かない食事だって誰かとならすすむものだ。


 それはそれとして面倒事には違いなく、翌朝に登校準備のために自分の家、といっても隣だが、に帰っていった隣人に対して俺は眉間に皺を寄せずにはいられない。


 根本をどうこうする気はない。出来もしないだろう。


 だが何もしないというのも、気分じゃない。


「しかも雨かぁ」


 直接は関係のない天候ひとつにも憂鬱になる。


 お隣さんもそうしているはずの準備作業に取り掛かりながら、俺は近いところで対応しなければいけない事柄を整理する。


 まずはそう。


 バイトだ。


 平田たちや隣人や御堂さんなんかには悪いけど、俺は俺を一番に考えさせてもらうし、当然の権利だと主張させてもらおう。


 その次には、昨晩に降って湧いたきな臭さに手を打つべきか。


 隣人は友人と呼ぶのはちょっと違う気もするが、ある意味じゃ友人どころじゃないくらいには関係値を積み重ねてしまった相手だ。放り置くことなど出来ない。


 バイトと痴漢疑惑、二つの後に『トップオウス』。


 これについてはなんとなく道が見えている。あとは誰がその道を歩くかと、どうやって道を舗装するか。


 最後に御堂さんとの約束のために勉強を頑張らないといけないな。


 これが実は一番、大変かもしれない。


 大きなところではこのくらいで、実際の対応の順序はまた違ってくるだろう。


 袖を通した制服を鏡にチェックして、時計に目をやれば家を出るまではまだ少し余裕があった。


 たまには雨音だけの時間も悪くない。


 ぼーっと。


 見慣れた部屋の中をなにをでもなくただぼーっと見ているようなことも、たまには悪くないものだ。


 とりあえず今日は、登下校は隣人の様子を確認するから、部長にはごめんなさいして、帰ってからは腕は鈍らせられないから最低でも二時間は『ウォーラップ』やって、昨日しようと思っていた授業の復習もしたいし、そういえばそろそろ冷蔵庫の中が寂しかったっけ。


「どれどれ」


 思い出したから冷蔵庫のドアを開けたら思いの外、空きが目立った。帰りがけの買い出しを予定に追加。


 テレビじゃタイミング次第だからスマホに今日の天気を確認する。


 残念なことに今日は一日、晴れ間はないらしい。

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多面性青春騒動 さくさくサンバ @jump1ppatu

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