最終話「ガールズキャンバス」
河川敷で話していた4人の前に、理沙と八重が空の瓶を振りながら、姿を現した。
「どうやら、残ったのは白井と赤場みたいね」
「なんか理沙パイセン雰囲気変わったっすね」
「そう……やろか?」
理沙が照れたのを見ると、少女達は微笑んだ。
ふと少女達は見慣れた河川敷見つめた。水のせせらぎの音は彼女達の心を穏やかにした。
「それはそうと、どっちが勝つと思う?」
少女達はあごに手を当てると、しばらく黙り込んだ……
ガキン!冴の曲刀を大剣で受け止めた美幸は表情をゆがませた。
(おそらく――)
美幸がそう思ったのもつかの間、冴は多腕による攻撃で、美幸の防御をかいくぐろうとした。
瞬時に美幸は大剣を盾にし、多腕による攻撃を防いだ。そのまま盾で冴を押し返しす――
タン!冴も申し合わせたかのように盾を蹴って宙に舞った――
「ここで!」
美幸はすぐさま大剣に戻すと、光波を構えた。
しかし、冴が瓶のコルクを弾くと、赤い絵の具はナイフのようになって美幸に迫る――
「とっておきだ……」
「――!」
美幸は大剣を構え、すぐさま防御した。
着地した冴は、曲刀を美幸に向けると微笑んだ。
「お前はあーしが今まで戦ってきた中でも、一番強い魔法少女だ」
「だからなんなの?」
「ファイナルペイント――」
冴の宣誓と共に赤色の波紋がキャンバスに響いた。
「ファイナルペイント――!」
美幸の宣誓と共に真珠色の波紋がキャンバスに響く。
それぞれわずかに、黄金と銀色のオーラが混ざった波紋は、お互いにぶつかりあった――
(あいつのファイナルペイントは回復し続ける。だが――)
(一撃で仕留められたら――)
冴は独特の軌道で美幸に迫る――黄金に光る美幸は、それを必死に目で追い、大剣を構えた。
しかし、冴は一瞬で美幸の首に足で組み付き、その曲刀の刃を突きつけようとした――
「エキゾチック――」
「パール――!」
美幸は渾身の力を持って、地面に剣を突きつけようとする――
「何!」
「ベル!」
リーン!リーン、リーン!3つの鐘楼の音と共に、黄金の衝撃波は冴を吹き飛ばした――
「なぁあああ!」
ズルズル!極彩色の砂をすった冴は、その場で伏した――赤い装束は灰色になり、その赤い目も元の色に戻った。赤い光は極彩色の大樹へと還った。
「あーしが負けるとはな……」
「これで満足……?」
「……まぁまぁだな」
その一言を聞くと、美幸は極彩色の大樹まで歩む……そのたびに彼女の鎧は極彩色の色を映した。
《ほんとうに大樹を切る気かい?願いが戻る保証はないよ?》
「どうせ、勝っても願いは叶わないんでしょ?」
《……》
美幸は静かに瓶のコルクを抜くと大剣を構えた。彼女の体幹に力が入り、大剣を握りしめる手にはいっそう力が込められた。
「これで!」
ザァァァン!極彩色大樹は黄金の一閃で揺らめいた。しかし、願いの実が落ちることはなかった。冴はそれを見てニヤリと笑った。
「無理じゃ――」
「まだだあぁ!」
美幸は何度も大樹を攻撃する――しかし、大樹は揺れるのを繰り返すだけで一向に切れなかった……
《いい加減諦めたら――》
「諦めない!」
美幸が渾身の一撃を放つ――ゴォォォォォ……極彩色の大樹は大きく揺れ、その巨体を倒していった。
《ばかな――!》
「やりやがったか――」
「……」
実った果実は、キャンバスの天へと飛び出した。キャンバスは薄れていき、その美幸と冴は変身を解かれた。
「遅かったやん……」
キャンバスを抜けた2人に、他の少女達は近寄った。河川敷に集まった少女達は、しばらく神妙な面持ちで見つめあった。
「それで……みんなどう?」
美幸の問いかけに、そこに集まった少女達は沈黙した。美幸の額に汗がつたう……
――
晴天が大地を祝福する中、桃華はサロペットに身を包み、お気に入りのバックに缶バッチをたくさんつけて、街路を駆け抜けた。
「やっばい!遅刻する!」
バン!桃華が事務所のガラス張りの戸を開けると、中からスーツ姿の男が待っていた。背の高いその男は、桃華を見ると眉間にしわを寄せた。
「遅刻ですよ?風見鶏桃華さん」
「すいませんでした!」
桃華は頭を何度も下げると事務所へ入っていった……
――
ダン!サッカーボールは砂を散らしながら、ゴールへと入っていく――勇樹の周りには人が集まり、誰も近づけそうになかった。
それを遠くから見ていた紫は、胸に手を当てて祈ると、勇樹の元へ駆け出した。
ダン!紫の肩に他の応援していた少女の肩が当たった。
「ごめんな――」
「いえ……あなたもしかして二階堂紫?」
「意地悪で有名な?」
紫はドキッとした表情で3人の少女を見る――その表情を見た少女達はニヤリと笑った。
「まさか勇樹さんに近づこうっての?」
「あんたみたいな性悪――」
「何やってるんですか?」
紫が視線を変えると、そこには勇樹が立っていた。彼は少女達をかき分けると、紫の手を引いていった――
(あたしの夢って――)
――
「おねぇちゃん、次はどう折るの?」
子供たちの声が響く幼稚園で、緑は丁寧に折り紙を教えていた。彼女の細かい手つきは、園児たちの注目を集めた。
そして、その柔らかい物腰は、園児たちを和ませていた。
(私の幸せって――)
――
理沙達はいつものように昼休みに教室に集まり、放課後の予定を話し合っていた。昼の陽気はあたりを包み込んでいた。
「カラオケとかどう?」
「いいんじゃないの、どうでもいいけど」
「……」
理沙の提案に少女達は賛同したが、美香だけは浮かない顔だった。両手のこぶしを膝に押し付けたまま黙り込んでいた。
「どうしたん?美香」
「……その」
美香の精彩を欠いた態度に理沙は、眉を寄せた。
「もしかして水球の予定?」
「そうなんだよね~あはは……」
「行かないんすか?」
桃華の疑問に美香はたじろいだ……理沙はその表情に微笑んだ。
「カラオケなんていつでも行けるやん?」
「――うん!そうだよね!」
(あたしのしたかったことは――)
――
八重はいつもの喫茶店で、イヤフォンを耳につけて一人で雑誌を読んでいた。雑誌の隅には《話題の超新星読モ、桃華!》が一面を飾っていた。
その一面を見て微笑んだ彼女だったが、彼女の放つオーラは周りに近寄りがたいものだった。
「八重さーん!」
「……遅かったね美幸さん、緑さん」
イヤフォンを取った八重は、美幸と緑を迎え入れた。何気ない会話に彼女の頬は緩んだ。
「ご注文をうかがいに来ました……て」
「「黄華ちゃん!?」」
「あんたら!?」
驚く3人を優し気に見つめる八重は、満たされた表情だった……
(私の居場所ってもう――)
――
美幸達の学校の廊下の端で、1人の少女を囲むように2人の少女達が立ち尽くしていた。
「あんたってさ、トロいんだよね」
「ごめんなさい……」
誰もがその光景を無視する中、カツカツカツ……長い金髪をなびかせ、威風堂々と、その少女達に近づく者がいた。
「何やってんの?うちも混ぜてよ?」
「はぁ?だれに――」
囲んでいた少女達は、背後を向くと、ぎょっとした表情になった後に素早くその場から退散した。
「か、金城先輩……ありがとうございます」
「いいって、好きでやってることやから……」
(うちのやりたかったことって――)
――
晴天の中、公園のベンチでふんぞり返っていた冴は、砂利をする音で、近づいてくる者に気づいた――美幸だった。彼女は隣に座る――
「あれからどう?」
「そうだな……まず髪が伸びるようになったな」
「ちゃんと切ってる――ね、自分で切ったでしょ?」
「わかるか、バリカン使ってミスっちまって……」
冴は不自然にかけた前髪をふわふわつついた。美幸は見たこともない冴の表情に微笑んだ。
「あと、服のサイズが変わっちまって困ってる」
冴が自分のつんつるてんの服を引っ張ると、美幸は吹き出してしまった。
「あと……何百年ぶりかってくらい、飯の味がするようになったな」
美幸微笑みながら冴を覗く――
「じゃあこれ」
美幸はバッグからパンを取り出して冴に渡す。受けとった冴はパンを食べ始めると、瞳を閉じて頬を膨らませた。
「願いは戻った?」
「わからん……が、なぜか空を見たいと思うようになったな」
冴は空を見つめる。その瞳には、青く澄んだ空が映っていた。その表情には、今までのギラギラとしたものが失せていた。
「お前はどうなんだ?自分のための願いは決まったのか?」
しばらく考え込んだ美幸は、はっと思いついたかのように冴に向き直る、その真剣なまなざしに冴は身を乗り出した。
「ただ毎日、充足して生きるってのは願いに入るかな?」
期待していた冴は、思わず吹き出してベンチに体を寄せた。
「結局変わってねぇじゃねぇか?日和見主義はやめたんじゃねぇのかよ」
「あはは、そうだよね……」
「……まぁ、今のあーしもそれでいいと思ってるがな」
冴は何の変哲もない石ころを、感慨深げに見つめていた。2人の間にしばらく沈黙が続く。先に沈黙を破ったのは美幸だった。
「しいて言うなら自分が見たことないものを探したいかも!」
「自分探しの旅ってやつか?」
暫く黙り込んだ美幸は、瞳を閉じて思案した……
「自分を探すってよりは、本当はもういるのに、出てこれない自分を見つけたいっていうか……」
「――あぁ、わからんでもない感覚だな」
「この戦いでちょっとそういう自分が観れたから――」
すっと立ち上がる美幸と、対照的にふんぞり返ったままの冴――
「だから?」
「見つけてくる――」
――END
ガールズキャンバス @fluxS
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