第37話「黄金と白銀の決戦」

美幸の大剣が冴の頬を掠めて……赤色の絵の具が彼女の頬を伝った。飛びのいた冴は、ステップを踏んで曲刀を美幸に向けた。

 

「ナハハ!やるようになったじゃんかよ」

「好きでやってることじゃないけどね!」


 2人は向かい合い、お互いを睨んだ。2人の呼吸の音以外がなくなり、辺りが静かになったとき――


「真珠よ――!」「鮮血よ――」

「満ちよ――!」「染めよ――」


 赤と真珠色の波はぶつかりあい、激しく競り合った後、真珠色の波が押しつくした。


「やはり力はあるな……」


 冴は領域を押しつぶされたというのに、冷静な表情だった。ステップを踏むと瓶のコルクを弾いた。美幸が光波を放ったが、冴は赤い霧に包まれてそれを回避した。

 霧を抜け、接近した冴は、美幸の頭上から、曲刀と多腕による連撃を加えた。

 ガキーン!最初の何撃かを捌いた美幸だったが、すり抜けた刃が美幸の肩に直撃した。


「これを繰り返して……!」

「その通りだよ!」


 冴は美幸の周辺を飛び回りながら斬撃を加え、瓶のコルクを弾いた―― 


「7秒だ……」

「なぜ教えるの?」 

「それにふさわしいからだ……」


 冴は銀の粒子となって、消えた。


(7、6……)

(5、4――)

(3、2……)

(1――) 


「そこか――!」

「よくわかったな!」


 ガキン!美幸の背後に迫った斬撃を、見事防ぎ切った。


――


 ギチギチ――理沙と八重のつばぜり合いは、お互いの武器が食い込むほどだった。


「まさかトラップを囮にするとは思わんかったわ」

「まさかあれで受け身を取れるとは思わなかった……」


 理沙は胸から橙色の絵の具が漏れながらも、八重の攻撃を受け止めていた。


「なぜ冴の味方をする!」

「うちも退屈やったんよ」


 苦々しげな表情の八重は、つばぜり合いをやめ――大きく後ろに飛びのく。


「ファイナルペイント――!」

「やっと来るんか!?」


 八重は自分の胸に手を当てると、銀の波紋がキャンバスに響いた。彼女のみぞれの分身は左右に現れ、銀の輝きを宿した三日月の印は、3つ、宙に溶けていった。


(八重ならおそらく時間差で――)

(撃つのはバレてる……)


1つの三日月の光波が、瞬く間に理沙まで届く――理沙は軽やかにそれを躱したが、遅れてきた次の光波を、避けることができずに体に命中した。

 苦々しい表情の理沙だったが、眉をひそめた。


(3つ目の光波はどこや……?)


 理沙は、いつまでも放たれない3つ目の光波に、思考を裂かれていた。

 一方、落ち着いた様子の八重は、理沙に急接近する――珍しい行動に理沙は驚愕した。

 

「3つ目の光波の行方は知らんけど――!」

「接近して好都合ですか……?」


 八重の意外な回答に理沙は困惑したが、すぐに体勢を整えて、瓶のコルクを弾いた――


「落陽よ!」


 理沙の火球は、みぞれの分身を溶かすだけにとどまった。八重は接近すると、大槍で上半身を突く――が、理沙に弾かれた。

 しかし、その弾かれた力を利用して、八重は足払いを食らわせた。転倒した理沙だったが、受け身を取ると次の攻撃を防いだ……

 

「器用やな!」

「タフですね……」

 

 勝気な理沙だったが、1つの疑問が興奮した彼女の頭の隅に残っていた。


(最後の光波はどこ行った?)


 その迷いが表情に出ているのを、八重は見逃さなかった。理沙の攻撃は明らかに精密さを落とし、八重の攻撃は堅実に放たれていった。

 しかし、八重が渾身の突きを放とうとしていた時だった――

 

「ファイナルペイント――!」

 

 理沙の宣誓と共に、橙色の波紋がキャンバスに響いた――彼女は空中に飛び上がり、両手の平に燃え盛る橙色の絵の具の収束させた。

 それに対して八重は諦観の表情をみせた……

  

(仕方ない……)


 ドワァァン!放たれた夕陽の如き火球は、八重の体に命中した。


「なぁあっあぁ!」

「これでしまいや……」


 理沙は悠々と着地すると、地に伏せた八重に近づいた。両者の瓶は空に近かった。


「最後に言い残す言葉は?」

「……雪月花」

「な!」

 

 突如八重の胸に発現した、淡い氷雪をもなった三日月の印は、光波となって理沙に命中した――八重はほくそ笑む……共に理沙の表情は歪んだ。

 

「自分の中に……!」

「仕込んで置いたんです……」 


 理沙は倒れ、2人の色は抜け落ちて灰色に変わった。理沙の瞳は、暗い夕暮れの色から青空のような色に変わった。


「うち思い出したわ……」

「……何がです?」

「うちが成りたかったのは、仮面ランナーみたいな正義の味方やった……」


 それを聞いた八重はほくそ笑んだ。理沙はその反応に照れたのか、顔をそむけた。


「八重はどうしたかったん?」

「自分の居場所をくれたあなたに戻ってほしかった……」

「それってもう、うちはいらんのちゃうん?」

「……?」


 八重のぽかんとした表情に、理沙は口に手を当てて笑った。神妙な表情に戻った2人は、空を仰いだ。


「願いは戻るんでしょうか……?」

「さぁ……でも、戻る気がすんねん――」

「理由は?」

「なんか……かな」


――


 極彩色の大樹に橙と銀色の光が実ったのを美幸達は眺めた――


「――!八重さん!」

「理沙もやられたか……残念だ」


 美幸は剣を握りしめて、冴を睨んだが、冴は退屈そうに曲刀で極彩色の砂をすくった。


「結局残ったのは――」

「あーしらだけか……」


 極彩色の大樹の前で、2人は静かに見合った。お互いの砂を引きずる音が響く――音が止まるとお互いに駆け出した。

 ガキン!冴の曲刀と美幸の大剣が、お互いの刃を食い込んだ。


「珍しいね、正面からなんて」

「これがあるからな……」

「――!」


 冴は背中から生えた義手で美幸の肩を掴んだ――そのまま彼女を飛び越えると、瓶のコルクを弾き、美幸に浴びせた。

 ガキーン!冴の曲刀は美幸の背中を切り裂いた。真珠色の絵の具が飛び散る。


「があぁぁぁ!」


 冴がニヤリと微笑んだのもつかの間――美幸は体勢を整えて瓶のコルクを弾き、剣を突き立てた――

 リーン、リーン、リーン祝福の鐘楼と共に、3度の黄金の衝撃波が美幸を包んだ。


「なぁあぁぁ!」


 それと共に冴は吹き飛ばされて、極彩色の砂をこすりながら受け身を取った。即座に美幸は、自分に絵の具をかけると、傷はふさがれていった。


「やるようになったな……」

「鍛えられたからね……」


 美幸のすがすがしい表情に、少し驚いた冴だが、すぐにいつもの不敵な笑みに戻った。

 

――END

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