第36話「烈日と銀月の死闘」
第36話 」
「烈日よ――」「銀月よ――」
「満ちよ――」「染めよ――」
うねるマグマと氷雪はぶつかりあったが、すぐにマグマがすべてを溶かしつくした……しかし、八重の表情は汗一つなかった。
「なんや……張り合いがいがないやん」
「……」
八重は氷の足場を作り、マグマで溶ける前に次の足場を作り、涼しい顔で飛び移り続けた。
「はぁん、義経の真似事?」
「理沙さんもやってみますか?」
「はぁん、撃ち落としたるわ!」
「そうあってくれると思っていた……!」
理沙は着地点に落陽を投げつけるが、八重は上下二層の氷の柱を作り、それをしのぐ。
理沙が痺れを切らし、炎の化身となり空中の八重に接近するが、氷の空蝉を溶かすだけだった。
八重がやっと着地した瞬間、理沙の領域が切れる――その瞬間を待っていたかのように八重は槍の柄頭を地面に突いた。
「銀月よ――染めよ……ここから先は銀月の領域」
「はぁん……最初っから後出しじゃんけんのつもりってわけ」
理沙は広がる氷雪を燃え滾る戦斧ですくい、溶かしつくすとニヤリと笑った。
(不利になったとしたら理沙さんは……)
(自分の領域を出したってことは……)
(むしろ……)
(本気で戦うってことやろ!)
理沙の瞳孔は縮まり、戦闘本能は上昇した。八重は槍を握りしめ、片時も理沙から視線をそらさなかった。
八重は素早く槍の表面に薄くつるりとした氷を張る――カン!次の瞬間には、急接近した理沙の薙ぎ払いを寸でのところでそらしていた。
カンカンカン!燃え滾る戦斧は餓えた獅子の涎のようにだらりとマグマを垂らしながら、八重を追い詰める。
(なんやこの槍……やたらとすべる!)
八重は常に攻撃を受けるときに角度をつけ、理沙の戦斧を最小限の力で滑らせていった。同時に冷気と交わり、戦斧の燃焼は抑えられていった……しかし、八重の槍の冷気も同じように霧散していった。
(あかん――!)
(塗りなおさなければ……!)
カン!申し合わせたように一撃を交わした2人は、そのまま後ろに飛びのいた。八重の槍の表面の氷はヒビが入り、ぱらぱらと剥がれていた……
肩で息をしていた八重は突然槍を隣に置き、手を膝の上に置くと、ゆっくりと膝をついて目を閉じた――
「休憩?あぁ、八重ちゃんはひ弱やからな……」
理沙はその様子にひょうひょうとしながら、戦斧で自身にまとわりつく冷気を払い、八重が立つのを待った……
「まだ……?」
「……」
「はよう構えろや……」
「……」
八重は理沙の言葉に動じず、自身の呼吸に集中した。何度かするうちに、鼻の奥を通り、肺へと送られる空気の感覚は、彼女には手に取るように分かった。
再び、八重が瞳を開くと、あたり一面に広がる銀の氷雪のその一粒までもが鮮明に見えた。
(よし……)
八重が丁寧に立つと、理沙は冷えかけていた戦斧を、闘志と共に再び燃え上がらせ、構えた。
八重は湯気を放つ戦斧をちらりと見ると、再び、槍に薄く氷を張り、理沙の襲撃に備えた……
ブン!迫りくる理沙の戦斧の刃に八重は再び、槍の柄に角度をつけて備えた――しかし、その瞬間、理沙もくるりと戦斧を回し、戦斧の平を八重の槍にフルスイングした。
「アハッ!」
「しまっ――」
バリン!煌めく銀の氷の粒が舞い上がったのと同時に、八重の体は宙に放り出された……混濁する意識の中、彼女はしばし風に身を預けた。
(やっぱり理沙さんはすごい……力を振るいすぎなければ……英雄だ)
「どうすんねん、八重!」
八重の影の落ちるところにはすでに理沙が向かっていた。しかし、八重は何も構えず重力のままに倒れていった。
「そう、力を振るいすぎなければ――」
「はぁ!?」
着地直前に受け身を取った八重は、素早く瓶を抜き放ち、絵の具を撒いた。氷の柱は八重に向かっていた理沙の戦斧の前に立ちふさがる――
「そんなもんで止められるわけないやろ!」
「……」
バギン!何かが割れる音と共に、その欠片が宙を舞った――同時に理沙が目を丸くして目の前の光景に唖然とした――
「うちの戦斧が……割れた」
「あなた以外は、あなたほど強くはないのです……」
「知ったような口きくなや!」
ブン!それでも振りぬかれた戦斧には――だが、いつものようなキレはなく、理沙は戦斧の遠心力に振り回されて態勢を崩した。
(いつもと重心が違――!)
ガンガンガン!突如始まった八重の反撃に、理沙はたじろぐ一方だった。八重が一歩踏み込むたびに理沙のサンダルを引きずる音が響いた。
(これでも勝てないのか――!)
(このままじゃうちが負ける――!)
八重の連続突きからの足払いをよけきった理沙は、戦斧を握りなおし、いつもの不敵さを取り戻した。
「思い出したわ……科学の田中が言うとった……モノを急激に熱して……」
「……無理に冷やしたら割れるんですよ」
体幹を整えた理沙は、戦斧を素早く振りかぶると、犬歯をむき出しにした。
「やけど……慣れてまえば……」
「もうか……」
「こっちの方が振りが速いわ!アハハハハハ!!」
ガンガンガンガン!いつもよりスピードと荒々しさを増した理沙の攻撃は、丁寧な武器裁きの八重にとって余計に受けにくいものとなっていた。理沙は欠けて、かぎ爪状になった部分の特徴を掴むと、戦技に応用し始めた。その攻撃は八重の防御を潜り抜け、彼女の体をえぐると、銀の絵の具が飛び散った。
「がぁぁ!!」
「もっと聞かせてやぁ!八重ちゃんの嬌声を!」
(だけど……これで)
冷静なまなざしの八重は、接近する理沙に三日月の光波を放った――銀の氷雪を纏ったそれに理沙迫る。
(受けてもうたらさらに斧が――!)
理沙は即座に肩の鎧で光波を受けてダメージをかろうじて軽減した。革製のそれは激しく損壊し、理沙の肩から橙色の絵の具を流させた。
「やるやん?」
(鎧を崩しただけか……だが私の領域なら)
苦々しい表情の八重の理由がわからなかったのか、理沙は肩をすくめた。
肩鎧を失っても理沙の自信が薄れることはなく、むしろ戦闘意欲を増していた。
「次は何見せてくれるん?」
「なんだと思います?」
八重の冷静な表情に理沙はニヤリと笑った。八重はひそかに瓶のコルクを弾くと、足元に撒いた。しかし銀色の絵の具は地面に溶けてなくなった。
(なんや……即座に発動せぇへんの?)
(理沙さんの性格上なら……)
「飛べばええやろ!」
理沙は再び強弓を構えると空高く舞い上がった――八重はその隙に大槍を振りぬくと艶やかな三日月の光波を放った。
「嘘やろ――!」
ガキーン!理沙は空中から撃ち落され、橙色の絵の具と共に落下した。そこにすかさず八重は飛びつく――
(これで――!)
――
「来たか……」
5つの色の果実が実る、巨大な極彩色の大樹の前で冴は後ろを振り返った――ザザァ……そこには美幸が極彩色の砂を蹴散らして立ち止まった。
「やっぱり続ける気なの?」
「退屈なんだよ……」
冴は自身の曲刀同士をすり合わせると、苦々し気な表情をみせた。珍しい表情に美幸は困惑した。
「今まで私は、ゆったり生活できれば、皆それで満足だと思ってた」
「ならあーしの――」
「それでもあなたを止める……!」
美幸の言葉に少し驚いたのか、冴は少し表情を変えた。しかし、またいつもの不敵な笑みに戻った。
「いつものように話し合いで解決しないのか?」
「冴ちゃんにはそれは通じないかなって……」
美幸の真剣なまなざしを見た冴は、ほくそ笑むと瓶を構えた――美幸もそれに続く。
《ブレイブペイント――》 《ワイズペイント――》
2人はそれぞれ黄金と銀の輝きに包まれた。その輝きは大樹を照らした。
美幸の黄金の大剣は、黄金のオーラを纏い、冴の背中からは鋼鉄の腕が伸びていた。
「行くぞ!あーしのデーヴァ!」
「来い!」
――END
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