第35話「三色の覚醒」


 ダーン!美幸の盾はさらに爆炎を帯び、真珠色の波紋は激しく揺れた――さらに落下した理沙は戦斧で回転撃を見舞った。

 ガコーン!ついに美幸の防御は崩される――その隙をついて理沙は戦斧の頭で美幸を突こうとした。


「させない!」

 

 八重は横から槍で戦斧をしのぐ――しかし、理沙が戦斧を回転させて八重の体勢を崩した。

 追撃をした理沙に対して八重はみぞれの分身を放った。赤熱した戦斧は分身に突き刺さる――わずかに戦斧が軋んだのを、八重は見逃さなかった。

 バキーン!理沙が分身を割る――


「はぁん、1人で相手しようっての?」

「私があなたを止めるべきだから……」

「やっと覚悟きめたん?」


 八重は呼吸を整えると、自分の胸に手を当てた。体全体に清涼感が行きわたり、心と体が整った。


(どうにかして理沙さんを止めなきゃ……)


 八重の本能は理性を最大に引き出した。あらゆる脳の神経回路が不可能を提示したが、八重はさらに新しい答えを自分の理性に求めた……その先に八重は銀の輝きをつかみ取った――


《ワイズペイント――》


 キャンバスの宣誓と共に八重の体が、月のような美しい銀の絵の具に包まれた。彼女の装飾に銀の絵の具が滑り込み、優美な羽衣へと変化した。


「アハハハ!八重までそれ掴んだんや!」

「私がやらなければいけない……」


 凛とした表情の八重は美幸に合図を送ると、美幸は大樹に向かって駆け出した――しかし、理沙の表情は余裕を持ったものだった。

 

「冴が向かってるんですか?」

「さぁ、どうやろな?」


――


「悪いけど、アンタたちと違ってあたしは今まで鍛えてきたから!」

「それはそうっすね……」

「でもこっちも負ける気はない!」


美香の猛攻でやられる間、桃華は自分を愛してくれた両親と子供のころの自分を思い出し、紫は白井勇樹の暖かい笑顔を思い出す。


「パパもママもほんまのアタシでいいって言ってくれてたのに……なんで……」

「勇樹さんにふさわしくないって……でもあたし……」


桃華の心の揺らぎはゴーレムの出来に現れていた――一瞬で美香の撃槍で砕かれる。


(イメージして桃華……)

(ママっ……!)

(桃華の好きなものはそんなんじゃないでしょ?)

(アタシの好きなもの……)


 桃華の脳裏に、昔両親といった世界旅行の記憶がよみがえる。フランスの凱旋門やイングランドの美術館の映像がよみがえる。その中で隅の方に展示されていた美しい騎士の甲冑を思い出す。

そして昔父が眠れない桃華に呼んでくれた《アーサー王物語》が彼女の脳裏をよぎった――


(これや――!アタシの欲しい王子様!ランスロット!)

「桃華――!防御しろ!」


 美香の撃槍が桃華に迫る――ガキーン!しかし桃華の体から絵の具が飛び散ることはなかった。ガチガチガチ……


「なに?こいつ……今までと違う――!」


 桃華が目を開けると、まばゆい銀の甲冑に包まれた1人の騎士が桃華を守っていた。腰にはピンクのリボン……兜にはピンクの羽飾りが噴水の如く飛び出していた。

 携えた剣の柄にはピンクの宝石が埋め込まれていた。


「うちの……ちゃう、アタシの王子様!」

「桃華!反撃するぞ!」

「一緒に戦ってランスロット!」

《イエスマイロード……》


 最高の助っ人を得た桃華だったが、彼女には違和感が残っていた。自分の武器だ。


(鞭じゃない……!)


 騎士が戦う中、桃華はこの騎士にあう最高の武器をイメージした――君主にふさわしい物とは何かと。


《ブレイブペイント――!》

「「――!」」


 桃華の体が金色の輝きに包まれる。桃華の軍服調のドレスのいたるところに勇壮な金細工が施される。鞭は一度桃色の絵の具に戻り、桃色の宝石を頂点に頂くステッキに変身した。


「アタシにもあったんやブレイブペイント!」

「桃華……」 

「へぇ~やるじゃん!!」


 桃華の強化を見た美香の戦闘本能はさらに上昇した。一方紫は勇樹に対する思いに疑問を感じた。

 

(勇樹さんのことは今はいい……とにかく桃華を支援しなければ)


《ワイズペイント――》


「――!」


 紫の体が銀の輝きに包まれる。優雅な紫のドレスのいたるところに繊細な銀細工が施される。毒々しかった紫の弓は一度ほどけ……銀の装飾を施された優美な弓へと変貌した。


「あたしにもか……」


 静かに微笑んだ紫は弓を構える。澄み渡った紫の瞳はただ目標を見据えていた。


「あたし謝るよ……あんたらのこと勘違いしてた。でも……」


 美香の周囲に水の波動が満ちる――


「――!」

「アタシは負けない!大切な居場所をくれた理沙ち―に忠義を尽くす!」


 二振りの撃槍を振り回すと美香は、スッテプを踏み、一瞬で騎士の目の前まで跳躍した。

 ガーン!撃槍は騎士によって防がれたが、彼の姿勢は大きく崩れた。


「――!」


「桃華あいつを助けてやれ!あたしも何とかする」

「慈愛の絵の具よ!我が騎士に力を!」


 桃華がステッキを振ると桃色の絵の具はランスロットへと届き、彼を包んだ。魅惑のベールは彼の戦闘力を極限にまで引き出した。


「それぐらいで!」

「我が意志に呼応せよ!ランスロット!美香を討て!」

《イエスマイロード――》


 ランスロットは途端に美香の撃槍を弾き、猛攻撃を仕掛けた。流れる流水のような剣技は桃色の絵の具の軌跡を描き、おとぎ話のそれだった。


「強すぎる――!でも楽しいかも!」

「もうそのマッチョさにビビるつもりはない!」


 紫は、沸き立つ美香の隙に正確な射撃を放った――しかし、美香のバリアはそれを滑らかにそらした。しかし、彼女の視線を少しだけ奪った。

 その隙をランスロットが突こうとしたその時――


「ファイナルペイント――」


 美香の宣誓と共に藍色の波紋が広がる――ランスロットの刃は突如飛び出した波に押し返された。同時に紫の周りが影で暗くなる……

 美香の手には、特大の藍色の絵の具の塊が収束していた――


「まずい――」


 ガチャ……紫を狙った絵の具の塊は、しかし紫には届かなかった――ランスロットが彼女を庇っていた。弾けた絵の具の塊はランスロットのリボンを大きく揺らした。

 満身創痍だったが、ランスロットは姿勢を崩さなかった。 


「しまった……!」

「今っすよ、紫パイセン」


 ズガーン!美香が着地した一瞬をついて、ランスロットは彼女のバリアに一撃を加えた。バリアを割った隙に、紫は天に弓を向けた。


《ファイナルペイント――》


 紫の宣誓と共に紫色の波動が広がり、極彩色の雲は紫色に変化した。

ザァー!勢いよく降り注いだ紫紺の矢は、美香のバリアの再生前に彼女に届いた。


「な!」


 ガキーン!無数の矢の前に美香は大きく崩れ去り、その場に伏した。碧の絵の具が周囲に散らばる。美香の瓶は空になり、彼女の姿も灰色になっていった。


「くっそ!やるじゃんかよ……」 

「アタシらだって意地があるんすよ!」

「見くびったな……でも」


 紫は腰のホルスターについている、絵の具がわずかに残った瓶を見ると、諦観したような表情で桃華を見た。すると桃華も同じように肩を落とした。


「うちらじゃ応援には行けない見たいっすね……」

「そりゃやったかいがあったね……」

「口が減らないな、美香」


 3人は変身が解かれると、元の河川敷に戻っていた。紫は瓶を握りしめ、空を見上げた。


――END

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