最終話

「面談ですか?」

「はい。改めてご家族の方どなかに一緒に来ていただいて、再度適性を見させていただたかったのですが、お時間取らせてもよろしいでしょうか?」

「はい。…分かりました、その日に伺います。よろしくお願いします。」


思わぬ報告だった。

先日面接を受けた会社から仮採用の話が出てきた。蒼は両親と芽依に伝えると改めて面談の練習をするように彼女に言い、彼が面接官になって付き合ってほしいと返答した。


彼女は当時自分が上手く言えなかった項目を彼に話して、ゆっくり思い出しながら部屋で繰り返し練習をしていた。


2週間後、彼女は母親と共に会社へ行き、30分程の面談を受けて、帰宅途中の歩道で微笑みながら母親と歩いていった。2人の会話は終始弾んでいて、彼女の胸中は自分なりに気が晴れていたようだった。


更に2週間が経った日、蒼は僕の家に引越ししてきた。細かな荷物はまだ実家に残っているので、後日取りに行く事にした。ある程度片付けが終わり、彼はお腹が空いたようだった。


自宅の近辺にあるスーパーへ行き食材を買い、再び戻ってきた後、2人で調理に取りかかった。

メインは鶏肉と野菜の甘酢炒めに惣菜を添え、白飯と味噌汁を作った。テーブルに並べていき、早速いただいた。僕は美味いと言うと彼はうなずいて微笑んだ。


食事が済むと浴室で湯船に浸かった。今日は一日中寒かったので身体の芯まで温まり、軽くのぼせたまま上がると、赤ら顔の僕を見て、彼が猿のようだと冗談を交えて笑っていた。


続いて彼も入浴して上がってきた後、あらかじめ用意したワインをグラスに注ぎ、乾杯をした。


「なんか変わった」

「俺?」

「初対面であの出来事があった頃から考えると、優しくなった気がする」

「俺は元々優しいんだよ」

「芽依の魔法にかけられたね」

「みんなを幸せにする、か。確かに当たってなくもないな」

「あの子、いつか1人で生きていかなきゃいけなくなる日がくるよな」

「気がかり?」

「完全な自立が難しい人だからね。時折僕が見てあげていかないとな」

「お前は、いい弟だ」


蒼は僕の隣に腰をかけて腕を組んできた。僕も彼の肩にもたれて、お互いの目を見つめ合い、唇を交わそうとした時に芽依から電話がかかってきて、僕は彼の太ももを目がけて体勢を崩してしまった。


何かを喜んでいた声で話していたので聞いたところ、彼女が会社に契約雇用として採用されたと告げてきた。頑張ったねと言うと彼は目を潤ませていた。


翌日、芽依を自宅に呼び、玄関を開けた途端に僕に思い切り抱きついてきた。


彼女は部屋に上がると、辺りを見渡して、ベッドの上に勢いよく飛び込んだ。蒼がちゃんと起き上がるように促すと彼女はある疑問を話してきた。


「兄ちゃん、このベッドで寝ているの?」

「そうだよ」

「芹沢さんはどこで寝るの?」

「このベッドだよ。一緒に寝ているんだ」

「一緒に?…芽依、帰ろうかな…」

「どうした?」

「なんかね、触れてはいけない間柄を覗いている感じ。か、帰る」

「まだ来たばかりだよ。芽依ちゃん、リンゴジュース飲む?」

「飲む!」


やはり男同士が1つのベッドで寝ていること自体に抵抗感も持つのは当然だろう。

事前に買ってきたリンゴ100%のジュース。

彼女は恐る恐るグラスを啜り、味の感覚を確認すると美味しいと喜んでいた。


「私、お仕事できるかな?」

「仕事ってどんなことするの?」

「資料の印刷とかパソコンを使うこととかから、始めるんだって」

「メイクはまだ?」

「そうみたい。その間にお家で練習するんだ」

「いつかメイクできる時が来ると良いね」

「うん。楽しみだよ」


僕は2人に感謝する事がたくさんある。これから時間をかけて恩を返していかなければならない。


あの日助けてくれた時からもう運命の針は動き始めていた。彼が女性になりたい苦痛を打ち明けてくれた事、姉の芽依の無垢な姿に戸惑いながらも、いつの間にか僕らの仲を取り繕って結びついた事。


批判されても身内や会社の同僚らが僕の胸中を聞き励ましてくれた事。1人の力だけではここまで辿り着くさえできなかった道が次第に光を差し込んできた。


そして1人の幸福よりも周囲の幸福を互いに喜び合う事で、自分の知らなかった自分を見つける仕合わせを繋げてくれた。


蒼、特別大きな贈り物を捧げる事はなくても、傍にいる限りその愛を受け止めてあげるよ。


君が男でも女でも構わない。

君さえいれば僕はどんな境涯も共に乗り越えていくよ。


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失愛〜君と僕、時々メイちゃん〜 桑鶴七緒 @hyesu

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