05 ハッピー・ラフター
「ボクたちの存在を疑う人間がいるとして、どうしてサズはそれを信じようとしているの?」
ラビは淡く笑いながら、そうやってわたしに尋ねました。
「どうして、なんでしょう」
「サズはね、優しすぎるんスよ。他者の意見を何もかも信用しない方がいい。そいつらはキミを自分の安全な支配下において、楽になりたいだけっス」
チアは慈しむように、わたしの頭を撫でてくれました。
「そうなのかも、しれませんね」
「サズ。アンタは、自分の信じたいものを信じるべきよ。それが正しい道だから。サズ、アンタは何が大事で、何が大事じゃないの?」
ステュは微笑んで、わたしへと問いかけました。
「わたしの大事なものは……」
口角を上げながら、わたしはみんなたちのことを――みんなたちをつくり出した記憶を、思い出しました。
スケッチブック。白い紙の上に描き出した、「ラビット・イン・フーデッド・コート」、「チアフル・グリム・リーパー」、「ステューピッド・ウィッチ」。ちょっと不思議で、でも温かい三人のこと。
そんな人たちを愛し、そんな人たちに愛されていたのは、醜くて汚くて弱くて臆病で気持ち悪くて痛い
学校で虐められるのが辛くて、腕を切ってばかりいたあの頃。夏休みでもその赤い習慣は続いて、部屋に効かせすぎたクーラーが寒くて寒くて、しょうがなかったあの日。
苦しんでいるわたしのことを、ラビは、チアは、ステュは、世界を越えてまで、助けてくれたんです。
そうでした。
わたしの大事なものは、みんなたちでした……
「わたしの大事なものは、みんなたちです!」
そうやって、叫びました。
「ラビが大切! チアが大切! ステュが大切! それ以外には何にもいらないんです! わたしには三人がいてくれればそれでいいんです……他には何にも、何にも、いらないんです!」
にんげんが、金切り声を上げました。
にんげんが、泣いていました。
いらないです!
にんげんはもう、いらないです! だってわたしにはラビがいます! チアがいます! ステュがいます! みんなたちを否定するにんげんは、いらないです!
わたしは立ち上がりました。
キッチンには、包丁がありました。
わたしはそれを持って、薄く笑いました。
「ねえサズ。ボクはね、この広い広い世界の中で、アナタに出会うことができて、本当によかったあ……!」
「わたしも全く同じ気持ちですよ! ラビに出会えたことは、本当に本当に、わたしにとっての奇跡なんです!」
包丁の刃の銀色は、すっごく美しくて、眺めているだけで不思議と、恍惚としてしまうのでした。
にんげんとにんげんに、ゆっくりと歩み寄りました。
「オレってさ、サズのこと、すっごく好きなんスよね。友愛だか恋愛だか性愛だかわかんないんスけど、ただ一つ言えることは……愛してますよ、サズ」
「恥ずかしいことを言いますね、チアったら! でもわたしも、間違いなく、チアのこと、愛してますよ!」
にんげんはいらないです!
赤い花。
にんげんはいらないです!
赤い花。
にんげんはいらないです!
赤い花。
にんげんはいらないです!
「魔法を使うことはね、実は結構苦しいことなのよ。疲れるし、頭使うし。でもアタシ、サズのためなら、どんな魔法でも使えちゃう気がするんだ」
「うわあ、すっごく嬉しいことを言ってくださいますね! わたし、ステュの紡ぐ魔法を、これからもずっと、ずうっと、側で眺めていたいんですよ!」
凶器を振り回すのにも疲れて、床の上にへたりこんだわたしを、みんなたちは優しく、包み込むように、抱きしめてくれました!
いつもはわたしから抱きしめるから、何だか不思議な心地がして、ああ、すごく、甘い気分……甘い快楽。
途方もないほどに、気持ちが、いいんです。
わたしたちは笑います!
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
笑って笑って、笑うと段々と涙が出てきて、ああもう、いけないなあ、それは罪の液体なんだから!
真っ赤な薔薇が、辺り一面に咲き溢れていました。
おかしいよ、とまた誰かに言われたとします。
でもわたしは、その言葉をすぐに、否定することができます!
だってわたしは今、こんなにも、幸せなんだから!
幸福が間違いな訳ないでしょう?
いいですか、幸福はいつだって絶対なんですよ。
忘れないでいてくださいね?
返事は「はい」でしょう?
ふふ、いい子ですね。
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
「あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
わたしたちはずっと、ずうっと、そうやって、笑い合い続けました。
イノセント・ガール・サズ 汐海有真(白木犀) @tea_olive
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