04 サズミ・コノエ
夜。わたしたちは家で、人生ゲームを遊んでいました。
「うわあー、やっばいマスに止まっちゃいました! 『世界旅行に行く。二百万円使用する』ですって……! これはまずいです!」
「ほんと、サズって運が悪いよねえ。さっきからそういうマスに止まりすぎでしょ!」
「自分でもそう思いますよー! それに比べて見てください、チアの持っている大量のマネーを!」
「いやあ、ガッポガポっスね。まじでおいしいゲームっスよ!」
「悔しー、わたしもそんなセリフ言ってみたいですよ! くうーっ!」
「あはは、サズには無理だと思うわよ? 毎回そういうこと言ってる気がするもん」
「ステュ! 世の中には言っていいことと言ってはいけないことがあるんですよー!」
「……
「次はラビの番ですか! ひっどいマスに止まれ、ひっどいマスに!」
「こらこら、自分が上手くいかなかったからって、人の不幸を呪うのはどうなのかなあ!」
「うっ、確かにそうですね……! 他者を憎むよりも、他者の幸福を願う方が、幸せになれそうな感じがしますもんね!」
「うーん、そういう打算的なのはどうなんスかね?」
「細かいことを言わないでくださーい!」
「早純!」
わたしはようやく、名前を呼ばれているのに気付きました。
顔を上げました。開いているドアの方を見ると、おかあさんが立っていました。
「どうしたんですか……?」
「ちょっと話があるの。リビングに来てくれる?」
タイミングが悪いな、と思いました。正直みんなたちとの人生ゲームを優先したかったけれど、でもおかあさんの顔付きが余りにも真剣だから、放っておいてはいけないような気がしたんです。
「みんなたち、すみません。ちょっとリビングに行ってきますね!」
「ああ、全然気にしないでいいよ! 適当に雑談してるし!」
「いってらっしゃいっス!」
「またあとでね、サズ」
「はーい、ありがとうございます、みんなたち!」
わたしは立ち上がって、暗い顔をしているおかあさんの元へ近寄りました。おかあさんはわたしに背を向けて、リビングへと歩き出しました。わたしは振り返って、みんなたちに手を振ってから、おかあさんの背中を追うようにリビングへと向かいました。
◇
夜だというのに、真っ白な明かりに包まれたリビング。
テーブルにおとうさんとおかあさんが並んで座っていて、わたしはそんな二人に向かい合うようにして、椅子に腰掛けました。
「それで、話って何ですか?」
わたしは首を傾げました。おとうさんが、ゆっくりと口を開きました。
「どうしてずっと、敬語なんだ?」
「え……だって、わたしは昔から、敬語じゃないですか?」
「そんなことはない。三ヶ月前――夏休みのある日から、お前はそういう喋り方になった」
「違うと思いますけれど……」
わたしは生まれたときからずっと、敬語口調ですよ? だってサズは、敬語で喋る女の子だから! そうやって決まっているから。
「それに最近、やたらと独り言が多い。どうしたんだ?」
「え、気のせいだと思いますけれど……わたし、誰かとしか喋りませんし」
「さっき一人で話していたじゃないの!」
今までずっと黙っていたおかあさんが、声を荒げました。わたしは思わず、びくりと身を震わせます。それからおかあさんの言葉を反芻して、呆然としました。
「え、わたしは部屋で、みんなたちと喋っていたんですけれど」
「『みんなたち』って誰よ! 誰のことよ!」
「ラビット・イン・フーデッド・コート、チアフル・グリム・リーパー、ステューピッド・ウィッチ。この三人のことですよ?」
「何を訳わからないこと言ってるの……!」
おかあさんの目に、涙が溜まっていきます。あ、罪、と思いました。泣き虫なのは罪なんですよ? あいつらがそう言っていたから。泣いてばかりのわたしは醜いって汚いって弱いって臆病だって気持ち悪いって痛いって、そう言っていたから。
わたしは立ち上がって、おかあさんの頬を叩きました。手のひらがじんわりと熱を持ちました。その温度は、快楽でした。おかあさんは驚いたように目を見開いて、それからまた、大粒の涙を溢れさせました。
「早純! なんてことをするんだ!」
「え……だって、罰を与えないと。泣き虫は罪ですから」
「……どうして、そんな風になってしまったんだ」
おかあさんの嗚咽が響くリビングの中で、おとうさんはそうやって、わたしに問いました。
「ラビットだか何だか知らないが、そんな奴らはこの世界にはいないんだ」
その言葉に、殴られたかのように思いました。
「お前はおかしくなっているんだよ」
心臓がばくばくと、脈打っているような気がしました。
「わたしは……、」
それから先の言葉を紡ぐことなど、できなくて。
「……わたし、は、」
罪の液体が、目の中に溜まっていこうと、していたときでした。
「「「そんな顔しないで、サズ!」」」
顔を上げました。
そこに広がっていた光景に、わたしはどうしようもないほどに、安堵しました。
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