03 ビコーズ・イッツ・シン

 放課後、わたしたちは公園を歩いていました。夕焼けの色彩が辺りに薄く溢れていて、とても美しいオレンジ色に染まっていました。小学校終わりの子どもたちが、笑顔で鬼ごっこをしています。高校生のカップルが、ベンチで楽しげに談笑をしています。


「カラオケでパーっと騒ぐのもありですけれど、こういう風に公園で過ごすのもありですねー」

「それ、めっちゃわかる! ボクもこういう場所、大好きなんだよねえ。落ち着くというか、まったりできるというか……とにかく素敵なの!」


「圧倒的共感です! やっぱりラビとは、話が合いますね!」

「ふふ、いつも言ってるでしょ? ボクはサズの一番の理解者なのさあ!」

「さっすがー!」


 もふもふなラビのことをぎゅっと抱きしめます。あったかいなあ、ラビ。


「なんか夕暮れどきの公園って、どことなく寂しい感じがするのよね。サズもそう思わない?」

「ああ、わかりますよ! お昼どきの公園とはまた違った魅力に溢れてるんですよね、この時間帯の公園」

「そうっスよね、ほんとに。オレって普段は明るいんスけど、今ばっかりはちょっとしんみりしちゃいますもん」

「ええっ、チアにもそんな気分のときがあるんですか!? めっちゃ意外かもしれません!」


「サズはオレのことを何だと思ってるんスか!」

「んー……死神ですかね」

「それはそうなんスけど! そういうことじゃないんスよ、わかっててボケてるでしょ、サズ!」

「ふふふっ、バレました?」

「バレバレっスよ! そんな子には、お仕置きっス!」

「きゃあー、逃げろーです!」


 わたしはラビから身体を離して、チアから逃げます。ラビの周りをくるくると回っているので、ラビは「うう、何だか目が回るよー!」と言い、ステュは「こうして見るとちょっとやばい絵面ね、女子中学生を追いかけ回す死神……」と笑います。


「捕まえたっス!」

「あはははっ、捕まりましたー!」

「不届き者のサズには、罰としてこちょこちょっスよ!」

「うわははあっ、やめてえー、くすぐったいです!」


 笑いすぎて目に涙が溜まってきたわたしを、ラビとステュは微笑ましげに見守っていました。少ししてチアからのくすぐり攻撃は止んで、わたしは涙をごしごし、ごしごし、ごしごし、手で拭いました。


「そうだ! みんなたち、一緒に写真を撮りましょうよ!」

「え、写真?」

「うんうん! 思い出を残すにはやっぱり、写真が一番ですから!」


 わたしはラビにそう返しながら、制服のポケットからスマホを取り出しました。カメラアプリを起動して、手早く内カメに。

 みんなたちが映るように、スマホをいい感じに持ちました。


 でも映っているのは、わたしだけでした。


「あれれ……?」

 首を傾げたわたしの肩に、ステュは手を置きます。


「いやアンタ、忘れてない? アタシたち、写真には映らないんだって!」

「えええ、そうでしたっけ! びっくりですよー!」

「もう、忘れちゃうなんて、サズったらおっちょこちょいだなあ!」

「ほんと、そうっスよね! 手が掛かりますね」

「もうー、からかわないでくださいよ! あれ、そもそもみんなたちは、どうして写真に映らないんですっけ……?」


 わたしはそう言って、瞬きを繰り返しました。


 ラビが微笑んでいました。チアがわたしの髪を撫でました。ステュが柔らかく目を細めました。微笑み、撫でられて、目、細まって、うん、そうですよ、何もおかしいことなんて、ないじゃないですか、変なの、変なの変なの変なの、あははははははははは!


「そこに理由なんてないよ!」

「映らないものは映らないんスよー」

「それ以上でもそれ以下でもないわよね」

「うはあ、確かにですー!」


 変なの変なの変なの変なの変なの……何かが、


            変なの。


「……ねえ、みんなたち。わたしと初めて出会ったときのこと、覚えていますか?」


「ああ、勿論覚えてるよ! 暑い日だったなあ。あのときのサズはすっごく泣いてたね」

 そうです、わたしはあのとき泣いていました。


「それに腕をカッターナイフでざくざく切ってるから、ほんとにびっくりしたっスよ」

 そうです、わたしはあのとき腕を切っていました。


「真っ赤だったから、アタシまで苦しくなったわ。やめろって言ったわね」

 そうです、わたしはあのとき真っ赤になっていました。


「よく覚えていますね、みんなたち……」


「そりゃあ勿論! だって大切なサズとの出会いだよ?」

「そりゃあ勿論! だって大切なサズとの出会いっスよ?」

「そりゃあ勿論! だって大切なサズとの出会いよ?」


「そっか……そうなんですね、わたし、ありがとう、嬉しいなあ……」


 夕暮れだからかなあ、みんなたちの形が歪んでる気がしました。あ、違うや、わたしが目に涙を浮かべているからですね! 恥ずかしい、みんなたちの前では笑っていたいのに。泣き虫なわたしはもう捨てたはずなんですよ。だって泣き虫であることは罪だから。罪だから、罪だから、罪だから、罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪罪、罪だから!


「わたし、みんなたちと出会えてよかったです……」


 わたしは心から、そんな言葉を零しました。心からそんな言葉を零せることが、幸せでした。大好きなラビに、チアに、ステュに見守られて、わたしはすっごく、幸せでした!


 目に浮かんだ涙を拭って、みんなたちを纏めて抱きしめました。


 ああ……

 あったかい。

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