第10話 海からの贈り物

 少年時代は港町で過ごした。


 港町では子供の玩具としてさまざま漁具が売っている。

 針とテグス一式で当時は40円程度。もちろん一番安い奴だ。エサは側溝で掘ったミミズ。食いつきがよいのでたくさん掘っていくと他の釣り人が買ってくれたりもした。

 イカ釣りの疑似餌は白いプラスチックの板で先に3本の針金の返しがついている。お値段は80円程度。これを海に投げてゆっくりと引くと、タコやイカがエサと間違えて巻き付く。それを引き上げて捕まえるのである。釣ったタコはバケツを這いあがって逃げ出すので、その度に捕まえて地面に叩きつけて気絶させると、またバケツに放り込む。

 カニ網は丸い針金の間に網が張ってある。魚屋で魚の頭などのアラを20円で買い求め、これにつけて海に下すと、しばらくしてカニが入る。素早く引き上げればカニは逃げられずに捕まってしまう。カニといってもザガミと呼ばれる小型のカニだ。網が120円ほどするので、月に一度のお小遣いをもらった直後しかできない遊びだ。たいがい二、三日経つと引き綱が切れて網は海の中に消えてそれっきりとなる。

 兄や近所のワルガキと一緒にカニ採りにいったが、私自身は一度も採れたことはない。網を入れてじっとカニが入るのを待つのだが、そろそろというころになると兄は必ず何かつまらぬ用を思いつき、私に命じた。逆らうと実に陰湿ないじめが始まるので従うしかない。用事を済ませて帰って来て網を上げてもカニは入っていないという仕組みだ。

 あるとき手早く用を済ませて帰ってくると兄が私の網を上げている最中だった。

「惜しい。入っていたのに上げている最中に逃がした」

 兄は悪びれずに言い放った。何のことはない。私の分のカニまで横取りしていたのだ。まさか兄という存在がこれほど下種な人間だとは想像もしなかった私のミスだった。ちなみに他人のカニ採り網に触るのはタブーであり、まあありていに言えば泥棒だ。

 このときからカニ採りは止めた。

 その日、15匹のザガミを採った兄はそれを母に茹でて貰って、茹でて貰った礼に一匹だけを母に渡した。それからこれは俺が採ったものだからなと言って、残りは私に見せびらかすようにして全部自分で食べてしまった。

 そのザガミは美味しかったに違いない。弟の悔しそうな顔というソースがかかっていたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼誰(かはたれ)の記憶 のいげる @noigel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ