踊り場で出会って別れる

 めかしこんで百貨店に行くと少し気分が上がる。恭しくお辞儀をしてくれるお店の人に恐縮しながら、商品を眺める。ちょっと見させてもらいますね。なんて顔で眺めるけど、内心は話しかけられたって気軽に変える余裕はないからこっち見ないでお願い……なんて思っている。それでも百貨店を徘徊する楽しさが優ってしまう。化粧品フロアで見る色とりどりのパレット、繊細なカッティングのジュエリーたち、着心地の良さそうな服。あちこちを見ながら今度買おうかなとか、いずれ似合うようになりたいと思うものを見つけるのは楽しい。

 ある時、フロアを移動してエスカレーターを使っていたら踊り場で白い厚紙を受け取ったことがある。なぜ厚紙を?と疑問に思いながら配っていた人のセリフを思い出し嗅いでみる。うーん、なんともセレブな香り。香水のサンプルってこうやって配っているのね。面白いわー。いつもサンプルを配っているわけではないけれど、偶然、配っているところに出会えたらなるべくもらっている。大抵はブランド名と香水の名前が書かれているから、買いたくなった時に思い出せなくて再開できないなんて心配はご無用。時間の経過で変わっていく香りを楽しみながら、この香水をつけていそうな人を想像していることもある。なんとも暇なことである。書類に貼られたメモの字が綺麗な人がつけていそうとか、仕事ができて毎日バリバリ働いて会議でも積極的に発言しそうな人かなとか。そうやって想像しながら、お気に入りの香りに出会うこともある。どういう時につけたいか、どんな服を着たいか、そういったことをイメージするのも楽しい。

 ただ、時間の経過と共に香りの好みも変わるもの。社会人になったらこの香水をつけたい!と思た香水を買おうと思ってとあるブランドのコーナーに向かった。試した香りを嗅いで一瞬、止まる。こんなにしつこい香りだったかしら。確かにいつかこの香水をつけようと思っていた頃は、仕事のできる人!!ってイメージの優しさも感じる香りだったはず。けれど、数年経っていざ買おうと香りを試したら自分がつけるには甘すぎる香りになってしまった。ちょっと自分のつけたいイメージと離れてしまったように感じた。私とあなたは違う道を進んだのね。お互いの場所で頑張りましょう。そう思って、昔の自分とテスターの前で別れを告げた。今の私には違う香りが必要みたい。それも甘い香りとは違う方向のものが。さて、また百貨店のテスターで新しい出会いを探さなきゃ。踊り場には私の好きな香りが佇んでいるはずだから。

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