7
駆動音が全身へと伝わった。巨人兵器が蘇る。ルーツが使っていた遺物。リーヴスであるレンスイが、呪いを無視して操縦する。
「やりおった!」
ガマランタが出入り口で黒い壁を維持している。あれは空間転移の術。先生なら、行き先を自由に操れる。だけどこれは使えない。
「解除して!」
操縦に慣れていないせいか、ものすごい速さで走り出す。ぶつかりそうになったときに、黒い壁は消え去った。スピーカーは問題ない。ちゃんと声は届いている。ガマランタは頭を伏せて、逃げるように避けていく。レンスイはレバーを握りしめて、ジェットエンジンを強くする。
「通さない!」
前方にはイチルがいる。氷の槍が飛んでくる。しかし鉄の塊を前に、氷は儚く砕かれる。大きな手がイチルへ伸びて、掬うようにかっさらう。そのまま機体は外へ出る。よく晴れた青空だ。イチルは叫ぶ、巨人の手で。
「おやめなさい! 森羅万象を敵に回せば罪は重くなるだけよ! 今からでも、私のことを殺しなさい! 私の種珠をお食べなさい!」
「僕は逆らうと決めたんだ。お母さん」
花畑へとイチルを置く。凍りついてしまったけれど、やはり美しい場所だ。
「お元気で」
ジェットを噴かして空を飛ぶ。目指すは鏡写しの山。リーヴスを統括する大樹。あの中に彼女は眠っている。なぜだかそう確信する。助けを求めていた声が。
「君は、『もちづきまこ』なのか?」
大樹から、蟲や鳥が羽ばたいた。大群だ。敵意を剥き出しに向かってくる。こんなに大勢の出迎えだ。僕も好かれたものだろう。面白い、撃ち落とす!
肩の駆動を切り替えて、キャノン砲を携える。発射する。太いビームで塵となる。確かにこれは強力だ。戦うために作られた。兵器という名にふさわしい。
「どこにいる? 教えてくれ!」
退治するけど湧いてくる。だめだ、数が多すぎる。強引に突破するしかない。
ジェットエンジンを最大にして、追いかける刺客を振り払う。大樹はもう目の前だ。改めて見ると太すぎる。これではまるで大きな壁。そういえば別の絵本の話に、病院という建物があって、大樹とよく似てるんだ。妊婦と赤子が眠る場所。多くの命がここにある。僕たちリーヴスのゆりかごだ。ほら、子どもが這い出てきた。一歳だ。木の実をさっそくなめている。可愛いなあ。だけどどこか寂しそうに、その子は空を見上げている。
「そうだ、僕は大人なんだ……」
種珠に手を当て、考える。絶対防御の聖域だ。よくできてる。まさかあの誓約がボタンを押させないなんて。大樹の中には小さな命がうごめくほどに存在する。
そう、年代階級だ。この誓約で大人たちは、子どもに危害を与えられない。次なる戦闘能力を育むためともいえるだろう。十五歳になるまでは、加護で守られ続けている。
赤ちゃんをキャノンで撃てはしない。ならば子どもがいない場所をピンポイントで刺すしかない。目的は彼女の救出だ。助けを求めているのなら、何らかの事情で幹の中に幽閉されているのだろう。外には出してはならない秘密を、あれはきっと抱えている。
――「ここにいる……もっと右……」
――「上にいる……もう少し……。大きな節目があるはずよ。出して……」
小さな声が泣きすする。もし彼女が元ルーツで、絵本作家であるならば。気の遠くなる歳月を幹で過ごしていたならば。暗い場所に一人きり。記憶さえも失って。
「僕が必ず助けるから。絶対に。約束だ」
大樹の節目が見つかった。この奥に、彼女がいる。枝が襲いかかってくる。鞭のように、槍のように、変幻自在で追いかける。レンスイは機体を横に倒して回転しながらすり抜ける。初手はギリギリかわせたが、姿勢制御が難しい。持ち直そうとレバーを握ると、大きな振動が貫いた。
ズドンッ、と背中に突き刺さる。機体を抉って腹にまで。さらには手足に絡みつく。草むしりでもするように、胴体からもぎ取った。火花散る。レンスイはすぐにハッチを開けて、潰れる前に脱出する。
鉄の腕へと飛び乗った。落ちる前に全力で走って、エッジナイフをつかみ取る。ジャンプする。ナイフは身長の二倍もあるが、振回せないほどじゃない。戦闘用に進化されたリーヴスの力を思い知れ!
「うおおおおおっ!」
ぶった斬る。木目に刺して、節を割る。まだ浅い。削り取れ。強引に両手でかき分けろ。樹皮を折って、捨てていく。何度も何度も掘っていく。小さな腕。見えてきた。上半身を潜りこませて、精一杯に手を伸ばす。
「あっ……」
光が差しこんだとき、レンスイは少女の顔を見る。まだ若い。種珠がある。けれど体に外殻がなくて、あまりにひ弱な印象だ。ルーツとほぼ変わらない。四角い機械を縋るように握っている。
「まさか、君の持つ域は」
進化戦争が終わってから、遥かな歳月が過ぎている。はずだった。ここだけが時が止まったように、彼女はそのまま生きていた。
そうか、そういうことなのか。
「帰ろう。君がいた、あの時代」
大樹は幹に閉じこめることで、彼女の術を封じていた。少女は小さくうなずいて、青年の青い手をつなぐ。
ところが彼は血を吐いた。数十本の枝の槍が、肉体を串刺ししていった。
少女は泣く。泣き叫ぶ。
*
「ねえ、知ってる?」
「高橋さん、テニス部の部長とつき合ったっていう話」
「いいよねえ。イケメンで頭もいいんでしょ」
なんだ、恋の話かあ。憧れるけどわたしには、ちょっと遠い世界かな。
好きな特撮のキャラクターを鉛筆で描き足した。主人公に取り憑いたおばけで、キザなんだけど頼りになる。決め台詞がかっこいいの。そんな人が現実にいたら、心臓が爆発しちゃいそう。
「で、高橋さんに聞いたらさ、おまじないをしたんだって。それをやったら部長のほうから告白したみたいだよ」
「何それ、うらやましー!」
「どうやるの? 教えてよ」
そんな都合のいい方法があったりしちゃうものなのかな。告白のリスク、ゼロだよね。されてしまうわけだから。たぶん、相性のいい人から、告白されるのかもしれない。
わたしにも、そういう人を見つけられたりするのかな。おしゃれに詳しい活発な子が、得意げに指を振っている。
「石言葉って、あるでしょ。宝石ね。それで彼氏にしたいタイプをざっくり決めていくわけよ。高橋さんは『誠実さ』のアメジストにしたんだって」
「あー、わかる。真面目よね」
「そしてイメージを浮かべながら、宝石へとキスするの。それだけで、理想の彼氏と出会えるのよ」
「えーっ、うそー! 本当にー?」
「簡単そうだし、やっちゃおうかなあ」
こっそりと耳をそば立てながら、茉子は首をすくませる。聞いてはいけなかった秘密を聞いてしまった罪悪感。誰も損はしないんだけど、こういう話題は仲間内で共有し合うものだよね。仲がいいってわけじゃないのに、部外者が知ってごめんなさい。
チャイムが鳴る。女子たちは席へと戻っていく。茉子はスケッチブックを見て、ドキドキしながらため息だ。今のことは忘れよう。わたしのような地味なおたくに彼氏ができるわけがない。
放課後には、すぐ帰る。お隣さんの娘さんを遊ばせるように言われている。お母さんが妊婦さんで、もうすぐ産まれるんだって。だけど体調がよくなくて、今は入院中なんだ。
「おねえちゃん、行こー!」
花奈ちゃん。まだ五歳で年中さん。手をつなぎながら、公園へ。わたしの手提げ袋には画材などが入っている。花奈ちゃんはアスレチックへ行って、わたしは下から見守りだ。近くのベンチに腰掛ける。スケッチブックを膝へと乗せて、子どもたちを観察する。みんな元気にはしゃいでいる。小さなお城で冒険だ。花奈ちゃんが高いところから、「おねえちゃーん」と手を振った。微笑みながら振り返す。小さい子どもは可愛いなあ。この瞬間が愛おしくて、鉛筆をサッと走らせる。絵っていい。描くのが好き。お母さんが退院したら、花奈ちゃんの似顔絵、見せたいな。わたしはおたくなだけじゃなくて、こういう絵だって描くんだよ。特に公園の遊具なんかはロボットみたいで面白いし。
「上手だねー」
花奈ちゃんがこっちに戻ってきた。わたしの絵を見つめている。照れくさい。
「これ、あげる」
シロツメクサの花だった。茎をリングに巻いている。指輪かな。いつの間に作ったんだろう。
「ありがとね」
自分の指へとはめてみた。中指に。薬指でもいいけれど、今のわたしにまだ早い。
「それと、これ」
もったいぶるように手を開く。見た瞬間に、吸いこまれる。綺麗な石。水色だ。縞模様に光をくゆらせ、まるで生きているかのよう。
花奈ちゃんはわたしの手に乗せる。水色の石もくれるみたい。遊んでいたら、知らない人から渡すように言われたって。
アスレチックへ目を戻すと、おじいさんが立っていた。他にも大人はたくさんいたけど、この人のような気がしたんだ。パーカーを頭にかぶっている。顔にはマスクをつけている。なんだか不思議な感じの人。
「綺麗だね。アクアマリン」
花奈ちゃんはちょっぴり残念そう。自分の誕生石だったら、わがまま言えたのかもしれない。アクアマリンは三月で、わたしも三月生まれなんだ。
「もうちょっと、遊んでくる!」
遊具のほうへと走っていく。小さい背中を見送りながら、石の感触を確かめる。
おじいさんはいなかった。手のひらには、ビー玉みたいなアクアマリン。そして指輪のシロツメクサ。薬指へと移してみた。
――「理想の彼氏と出会えるのよ」
まさか、と思ってみるけれど。おまじない。盗み聞きをしちゃったこと。
「ちょっとだけ」
いいよね、希望を持ったって。素敵な人に出会えるなら。
茉子は息を吹きかけるように、くちびるをそっと押し当てた。
(了)
三つ葉の恋は人知れず 皆かしこ @kanika
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