第47話 終章の終章

『そんじゃ、俺はここで封印の地になるからよ。困ったことがあったらいつでも来な。アレフへのクレームとかな』

 

 魔王の玉座にて、ルル=ドラ-ジは冠らしきものを頭の上に乗せ、ソラとフィドルを見送った。

 迷宮は消えていた。普通の――人の営みのあとを残す廃城になっていた。


 居館を後にし、門を出ると、空は夕焼けで朱に染まっていた。

 

 森の要塞は消え、そこは三階層目の城壁、高さ5-15メートルの、石灰岩と思われるが守り、5つのキープを備える宮殿になっていた。

 二階層目には区画が整理された居住区が軒を並べ、ところどころに穀物小屋や井戸も見られた。一階層目となる城壁ははるか遠く、農耕地、放牧地を守るように五キロほど広くに囲まれている。


「魔族の進行を受ける前でも、こうも堅城ではなかったろうな。ここにそのまま住めそうだ、王に褒美として要求しようじゃないか」


 風を受けながら、ソラは目を細めた。


「見張り塔に明かりがともっている。ところどころに、人の気配がするぞ」

「フィドル!」


 そう声をかけたのは、見知った顔であった。

 目を見張った。


「ローサ!」


 駆け寄りたい、はやる気持ちを抑えてソラに意見を問うた。


「幻覚や誰かが化けているとか……残滓……どうやらそういうものではないらしい。私の匿っていたシクス・インディゴの村の連中を、アレフはここに配置した……ということかな」


 いかないのか? とばかりにソラは首をかしげる。


「さて、忙しくなるぞ。難民の受け入れ、区画整理、とてもいちギルドで賄えるものではない。まずは魔女ギルドに伝書鳩を飛ばして、魔王の撤退を知らせて……」

「ふーん、君たちが勝ったかにゃー?」

「!」


 慌てて振り返ると、二人の貴婦人――金髪に黄金の翼の方、カラスの塗羽の黒髪を持つ紫のドレスに黒い翼の方。それに狩りを嗜む貴族の装いの者――マルファス、シトリー、バルバトス。三人の魔神がそこにいた。


「シトリーさま!」


 ソラの影から、赤毛の女の子と、青髪の少年がとびだしてきて抱きついた。


「よしよし。フェネクス、ハボリム。ごくろうさまでしたね」


 シトリーは労うように子どもたちの頭を撫でた。

 ローサ、魔神たち。フィドルはどうすればよいかわからず、右往左往した。


「なに、ここまで手を出していなかったんだ、すぐにどうこうというわけでもあるまいよ」


 とん、と軽やかにステップすると、ソラはローサの傍に立ち、ドレスローブのマント内側に匿った。


「まあ……そいつらとやり合うなら、この娘のことは任せろ」

「ありがたい」


 フィドルはオセの鋸剣を構えた。シトリーが肩をすくめる。


「あらあら。どうされます? わたくし共、ファースト・レッドまで戻ったほうがよろしい?」

「魔王はもういない」

「もちろん、存じあげてますわ」

「引いてくれるのか、ならばこちらは追うつもりはない」

「さあ、どちらでも。お困りでしたら、お手伝いすることも、やぶさかではないけど」


 蠱惑的な笑みと共にウィンクした。


「なんだって」

「フィドル、一応言っておく。その魔神達はこの世界の人間を相当数、殺しているぞ。ファースト・レッドの町を覚えているな」


 そう、彼ら彼女らにとっては人など飼料にすぎない。いかに友好的にふるまおうとその本質は……しかし僅かな迷いもなく、フィドルは言葉を繋げた。


「味方になってくれるなら、これほど頼もしいことはない。魔神であることは伏せて、復興に力を貸してくれるのか?」

 

 危険を百も承知で、そう申し入れた。


「お前凄いな。なかなかのバカか大人物かのどちらかだ」


 ソラがあきれた。


「ここで俺が楔になる。魔物どもと、王都の」


 光を宿さぬ瞳に、決意が浮かんでいた。


「シトリー、あんたは皆殺しにしただろうセカンド・オレンジのどこかの貴族の家の生き残りという設定で。どうだ、できるか」

「ん~……にゃっははは! 驚きだにゃ! あなた本気でミャー達に、嫌悪も恐れも欠片もなく、おしゃべりしているんだにぇ!!」

 

 美女の姿のまま、疲れたのか持たなくなったか、ネコしゃべりでシトリーは上機嫌に笑った。


「心を読むお前さんのお墨付きとはなあ。底なしのバカだったか、フィドル」

「ふにゃー……あー、おかしい。よろしくてよ! マルファスはメイド、バルバトスは執事、フェネクスはメイド見習い、ハボリムは御者、小間使い。こんなもんでどうかしら?」

「……いいんだな、フィドル」

「それがローサや村のみんなを守ることになるなら俺は構わん。もう、自分の及ばぬところで踏みにじられるのはごめんだ」

「ふむ、これからの復興の主導権を、お前が持つためか。とはいえ無策徒手空拳では人間世界の妖怪共に飲まれるぞ。魔神を使っての治世は私に任せろ。私とて、転生者の端くれだ。多少の悪名はあろうが、連中を納得させる理屈くらいはこねてやるさ」

「それは……」

「この世界の人間――フィドル、勇者であるお前が魔神と協力関係にあってはいけないのさ。魔神が手助けする理由に、私を使え。……というか、それくらいはさせてくれ」


 恥ずかしそうに帽子を伏せた。


「にゃっひっひ、あなた、相当……」

「シトリー、他言は無用」

「はいはーい。プークスクス」

「せっかくだシトリー、私も家付きのまじない師で雇ってくれ」

「ふむふむ、いいよー。あとはさー、フィドル君をー、ミャーの婿養子で招き入れれば、辺境伯の出来上がりじゃないかにぇ?」

「そいつは待った、本妻がいるのでな」


 ポンポン、とローサの肩を叩く。


「そういえば面識が無かったな。転生者のソラだ。フィドルの旅の手伝いをさせてもらった、しけた魔女だよ」

「にゃはは、幼馴染の女の子は負けヒロイン確定にゃ!」

「そうかな? 魔女の後押しがあればシンデレラだろうが白雪姫だろうがお手のものさ。そら、ローサさん」


 一瞬の戸惑いはあったが、ローサは強く頷いた。


「フィドル」

「……聞いての通りだ、ローサ。俺は、魔神達と手を結ぶ。もちろん、現王家にむやみに矛を向ける気はない。けど、外道の道を歩むのは間違いない」


 ローサは不安な表情で、うつ向くだけだった。

 

 ソラは一度だけ。何とも悲しそうな表情を作った。

 帽子で顔を隠しているが、フィドルの水晶の瞳と、使い魔で繋がった絆魂が、感情を読み取らせた。それは申し訳なく思う。シトリーのにやにや顔が悪魔のそれだった。

 ポン、とソラはローサの背を押した。それから、顎でマルファスに指示を送った。


「カーですわー……権能『武装』――乙女にとっては、これが武装なのですわー」


 ローサを、シトリーやマルファスに負けない装いに。華美だが、純朴な魅力を損なわせないドレスが纏った。そのまま、フィドルの元に駆け寄った。その手を、両の手で包む。


「……すごく、長い……怖い夢を見ていたの」


 その手に、フィドルの手……人の体温の失われた、血まみれの手が冷ややかに、別れていた年月を告げる。かつての温かい手はそこにはない。

 長い睫毛に、薄化粧の。フィドルにとっては子どものころからの家族であり、間違いなく、大切なひと。しかし、その水晶の目には愛しさではなく、ただの光の屈折としてその姿を意識に伝える。察したように、ローサの目から涙がこぼれる。


「うん、本当に長くて。手は、握れるんだけど。今は……遠くて。もうローサを抱きしめても、俺の心音はきっと届かない。ただ、それでも。あの日の返事を、言葉を伝えさせてくれ」


 ローサは頷くと、手を離した。


「……それでも。たとえ、遠くになっても。俺は勇者と呼ばれるようになりたい。ローサと、皆を守れるものでありたいと……思うよ」


 聞いて、ローサは目を閉じ、最後のたまった涙をこぼし終えた。


「だったら、私が独り占めするわけにはいかないね」


 そして花が咲いたような笑顔をフィドルに向けた。


「魔神とのことは誰にも言わないし……ずっと好きでいるのは、いいよね?」


 指を一本点てて、それをフィドルの口に軽く当てた。

 戸惑った顔はずっと昔から知っている。そのフィドルの顔に相違ないのだろう。


「にゃっははは、二号さんを作ってもらっても、ミャーはちーっとも、かまわないにゃ!!」

「おあいにくさまです、べー」

「にゃにゃ!?」


 魔神の君主に、村娘があかんべえした。


「ね、フィドル。全部片付いたら、帰って来てね!」

「ほ……ほっほおー? このミャーとガチで張り合うと? 情欲の権能を司る、この魔神の、ミャーと? 身の程知らずだにぇ!!」

「お、おどそうったって、こっちにはフィドルがいるんだよ! ね!」

「ああ」

「にゃにゃにゃにゃにゃー!?」


 そこに、ソラの乾いた笑いが混じった。


「はは、よもや、協力関係を反故になどするまいな? 私の思う悪魔の唯一の長所は、契約はしっかり守る、というところだけだぞ」

「こんのぉ、おおウソつきの魔女がどの口で言うにゃ!」

「そっちの漫才の仲裁は任せるぞ、フィドル」

「俺がか?」

「おねがい!」


 さ、と素早い動作でローサがフィドルにすがった。


「……ふむ。バルバトス、今後の詰めた話をしよう。マルファス、廃城を辺境伯フィドルと美貌の亡国の姫にふさわしいものに仕上げて欲しい。急いでくれよ、それが終わったら町の区画整理が必要だ」

「かあぁー!? あなたもしかして魔王様より悪魔使いが荒いフインキを感じますわよ!?」

「心得ました。フェネクス、ハボリム。マルファスを手伝っておやりなさい」


 騒ぐマルファスを気にすることなく、バルバトスは執事の畏まったお辞儀をした。


「「はーい」」

「かー……」

「私はやれる奴にしか頼まん。難しいなら急がなくても構わんが」


 ソラは眉を顰めて見せた。


「デキるに決まってましてよ!!」

「そうか。ならよし、だ」


 満足そうにソラは腕を組むと、にんまりと笑った。


「なかなか鼓舞させるのがお上手で」

「こう見えて元の世界ではそれなりに多くの人を使っていたからな」

「なるほどです。まずは人材のまとまりが欲しいデスね。マーチャントギルド、アドベンチャーギルド、マジシャンズギルド、シーフギルド。わたくしの『4人の王』を使えば、こちらの――我らの意に沿ったギルドマスターをそれぞれに配属させられますよ」


 共犯者の悪い笑みを互いに確認した。


「睨んだ通り、仕事が出来そうな悪魔だな君は。互いに知らぬ仲でもあるまい、よろしく頼む」

「光栄の極み」


「――そもそも、あなたお姫様だったらご飯も作れないでしょ、私はもう胃袋掴んでますから!」

「にゃにゃ!?」


 こちらは攻防が続いていた。


「おい、ソラ! 何とか収めてくれないか」

「二度も言わせるな。そっちはおまえがやれ」

「そんな……」


 ソラは背を向けると、バルバトスと歩き始めた。


「よろしいンですかねえ? 私の権能で『仲直り』させることもできますが」

「知ったことか。好きにさせるがいいさ。私も君も、忙しい」

「ふむ……ま、喧嘩していない者を仲直りというのもおかしなことですが」

「まったくだ」


「精々揉めてくれればいい。

 誰がまとめてやるものかよ、そこまで面倒みられるか、バカバカしい」

「よもや、こちらに追って縋ってきたらどうされます?」

「君の銃で撃ち殺してやれ」


                                       了

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ギフテッドスレイヤー ー異世界転生者殺しの勇者ー 「殺したいほど転生者が憎いなら、殺そう。手伝ってやるよ。」 浜中円美 @mios3

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