第46話 ――

     ◇


 何もない、白の空間。


 足元には青白い魔法陣が浮かび、そこに長身の男が立つ。

 

 目前に、神託の光が降りる。

 白鳥の羽と、金色の羽が交じり合って舞い、虹の光と共に城の中に溶けて消えた。


「ようこそバルハラへ! 私こそ豊穣とか、美とかその他きれいなものすべてを兼ね揃えた女神、神将フレイヤよ! 今後ともよろしくね!」


 紅い髪が柔らかなウェーブを残して纏まり、扇情的な薄布をひらひらと翻した。


「ようやくか。リセマラに朝までかかったぞ……沼ゲーだなこれ」


 ふあ、と欠伸をしたのは、黒髪の騎士のアバターを持つプレイヤーであった。


「輝竜ギルド、ギルマスのキリュウだ。よろしく頼む」

「……」


 ふわふわ浮くフレイヤ。

 腕を組み、キリュウは待つが、何もしないので事務的に宙をなぞった。

 薄いガラスのようなスクリーンに文字が並ぶ。


「ステータスウィンドオープン。……最高レアリティSSRとは思えないほど、性能低いな」

「き、きみ! それはガチャキャラに一番刺さる言葉だから! 二度と言っちゃだめだよ!」


 ぷんすかと、湯気の出そうな勢いでフレイヤは抗議した。


竜語魔法ドラゴンロア 技能レベル3、精霊魔法 技能レベル2、神聖魔法ホーリープレイが技能レベル7あるのがまだ救いか……あとは上位司祭職の下位互換程度……はあ」

「聞けよ」

「魔神オセか魔神フェネクスを二抜きできるまでやり直すべきか」


 首をかしげるキリュウに、フレイヤは大きな身振りで制止を促した。


「まあ待ちなよ! 権能! 権能を見なさい!」

「マーチャント 技能レベル4……なんで女神が商売できるんだ……あれか新興宗教の霊感商法的な」

「ちがーう! 権能はもっと下!」

「移動の模型船……ああ、これはまあ、移動コスト節約に使えるか」

「でしょ!」

「しかし……やっぱり全体的に弱いな」


 がくり、とフレイヤは首をもたげた。


「人権キャラでなくてー、すいませーん。でも、萌えはステでは買えませーん、なのでしたー」

「なあに、俺が使えばどうせ人権キャラに挙げられて来るさ。いこうじゃないか」


 両手を広げるキリュウ。


「は? 抱きつけっての? お、お安くないんだからね!」


 足場おぼつかないところに、おっかなびっくりで着地する。


「行くってどこに」

「さあな、チュートリアルの次だから、外だろ」

 

 まずは、黒衣のサーコートの先をつまむところから始めた。


     ◇


『ふむ……β版からの調整、精々頑張ってもらうぞ』


 アレフは召喚のテーブルの確率数値を修正した。

 リセマラフリーでも、プレイヤーのストレスを生んでは回れ右されてしまう。

 

 まさかここまでフレイヤを引き当てられないとは思わなかったが、よほど縁が遠くなったか、或いはどこまで頑張れるか、という女神の試練だったか。

 

ルル=ドラ-ジの生み出した仮想世界とでもいうべきか、観測者であるカトレアがそこを認知し、アレフは管理する役割を与えられた。


 アレフ、ではなかったな。天野一。しがないIT土方である。


 新しいプロジェクトチームに配属され、知った名前と知った世界観をみながら、不思議な気持ちだった。

 異世界でのことはすべて覚えているし、中からルル=ドラ-ジに声をかけられたときは肝を冷やした。仕事疲れで頭がおかしくなったかと思った。

 

 こうして俯瞰する立ち位置になると、この世界の魂とは何か、と思案する。

 フレイヤの存在はキリュウが求める限りは不滅だろう。

 現実と異世界、その境界はモニター一枚越しだった。笑えて来る。

 

 それもまた、カトレアが覗く一つのエピソードにも知れないが。

 そう思うと、ふと後ろを振り返ってみたりもした。


『彼らの世界と私が交わることはもうなかろうがな』


 不正行為はつまらないし、せっかくの運命とか、ドラマとか、そういったものを台無しにし兼ねない。


(なるほど転生……いかに歪なものよ)

『歪、不正。ふむ……なるほどなるほど』


 宙に文字を書いてみて、妙に納得した。


『胡乱なことだ。どれ……』


 アクアリウムを覗き込むように、アレフ――天野一は嬉々とした表情で観測座標を調整した。


    

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