第33話~(最終話)~さよなら転職人生~

2023年1月1日更新


2022年12月の年末。子供たちを連れて私の実家に遊びに帰った。

私の転職活動や、精神不安定の時期が長く、両親は孫たちに3か月も会っていなかった。

妻は家で留守番をした。

今年は両親に色々迷惑をかけたり、心労を与えすぎた。

自殺未遂を起こした事。何度も転職を繰り返した事。妻の浮気疑惑。お金の援助をしてもらった事。

年が変わる前に、直接会って感謝と謝罪の言葉を伝えたかった。


実家がある最寄り駅で父親が車で迎えに来てくれた。

車内で何気ない会話をした。

父親は私のせいでやつれてしまっただろうか。怒っていないだろうか。

それが一番不安だった。

顔を見ると、表情も明るく、怒っていないし、頬の肉付きもまずまずふっくらしていたので安心した。

実家に着いて玄関のドアを開けると、母親と私の弟が待ち焦がれていた。


「いらっしゃい!よく来ましたね!3か月ぶりよ~」。


弟が、駄菓子を詰めた袋を2つ用意してくれていた。

それを子供たちにプレゼントしてくれた。子供たちは駄菓子に夢中だ。

弟の気遣いに感心した。


私はずっと胸が苦しくて早く言いたかったので早速、両親に向かって話した。


「今年は本当に色々と迷惑をかけたね。悪かったよ」。


本当は言いたいことが沢山あったのに、言葉として口から出たものは

あっさりした言葉だけだった。


両親は苦笑いをしながら言った。

「二人でよく話しているのよ。今年は二人とも老けたねって」。


父親が封筒を私に差し出した。

今回は25万円も入っていた。


「これで何とか生活や税金をやりくりして凌いでね」と言われた。

本当に顔が上がらない気持ちになった。

有難かった。

新年4日から勤務が始まるタクシー会社での最初のお給料を受け取れるのは2月になるだろう。1月分の生活費と税金が重くのしかかっていた所だ。


「ありがとう」としか言えなかった。

心の中でお金の援助を受けるのはこれが最後にしようと誓った。

来年は自分と妻のパートの給料だけで何とかするのだと覚悟を決めた。


父親は酒豪だ。アルコール度数40度のウィスキーを水などで割らずにストレートのまま1瓶を一夜で飲み切ってしまう。私はビールを2~3本飲むくらいだ。

夜ごはんを食べ、子供たちを寝かせてからは、いつもの恒例の父親との晩酌だ。

アルコールの勢いもあってか父親からキツイ事を言われた。


「もう明日で今年最後だ。2022年が終わる。信じられないよ。今年は信一も大変だったと思うけど、私たちも信一が会社を辞める度に挫折を味わって辛かったんだよ。

それぞれ会社を辞めた理由もあると思うが、信一の中でも反省をした方がいいと思うんだ。

トラックのドライバーは深夜勤務だったし、肉体労働で長時間勤務で辛かったからいいとして、鶴目でのタクシー会社の時は、反対とは言わなかったけど、自宅から鶴目まで電車で通勤してタクシーを続けられるとは思っていなかったよ」と言ってきた。


確かに両親が毎日無事に帰ってきますようにと実家にある観音様にお祈りをしていると聞かされたのを思い出して、タクシーの仕事は反対していたんだよな~と思い返した。


私は鶴目でのタクシー会社での勤務の事を振り返り話した。

「稼ごう稼ごうと行き急いでいた部分があるよね。

未経験で入って最初の3か月は25万円の給与保証制度があったんだから、売り上げとか気にしないで、もっと気楽にやれば良かったよね」と反省した。


父親のアルコールを飲む量が増えてきた。

柔らかった表情が少しずつ強張っていくのを見て取れた。


父親は私に向かって言った。

「その後、入った地元の老舗タクシー会社。怖い女性の教官がいて添乗研修中に叱責を受けて、そのまま怖くて辞めたと聞いたけど、何がその女性教官を怒らせたのか。やっぱり怒る側も怒る理由があったから怒ったと思うんだ。なんで怒らせたのかを反省して、自分が全て正しいという考えを捨てて、相手の気持ちになることが大切だよね。それを忘れないようにしないといけない。じゃないと、またそういう人が現れたら会社を辞めてしまう。

はっきり言って会社を辞めて無収入になってしまっては困るんだよ。お金の援助をするのは私たちもキツイんだよ。自分で働いて稼いでもらわなければ困るんだよ」と言われた。


私はこんなに直接迷惑がられている事を告げられたのは初めてだったのでショックだった。


次の瞬間怒りが湧いてきた。


心の中では

「知っているよ。両親の二人に迷惑がかからないように、精神科の先生や就労支援センターの担当からは静養が必要だとは言われてきたけど、お金を自分で何とかしないといけないから、会社を辞めてもすぐに次の会社を探してきたじゃないか。それは全て両親に迷惑をかけないようにしたいからだよ。

自傷行為や、マンションからの飛び降り未遂騒動で精神不安定になった時だって、その後すぐに転職活動をしていたんだ。それは紛れもなく、両親にお金の不安をさせたくなかったからだ。そこを分かってほしかった」と言いたかったが、

また喧嘩になりそうだったので、ぐっとこらえた。


就労支援センターの担当のおじさんの言葉が頭をよぎった。

海外営業職の会社を辞めようとした時に

「ここで踏ん張らないと今度は家族だけでなく、ご両親との関係も悪くなってしまい、疎遠になってしまいますよ」。


海外営業職の会社に採用された時は、今までにないくらい両親、特に父親から最高の祝福を受けていた。その両親の期待を1週間で裏切った。

父親は、この会社の事は一切口に出さなかった。あえて口に出したくなかったのだろう。また悔しさが思い出されてしまうから。


私は両親に宣言した。

「今回、別のタクシー会社から不採用通知を受けたのがショックでね。まさかタクシー会社から不採用を受けるとは夢にも思わなかったから。自分の置かれている状況を再確認したよ。もう後がないんだと。

これから入社するタクシー会社には本当に感謝しているよ。

この会社以外には、もう自分を採用してくれる会社はないのだと思っているから。

とりあえず1年間は頑張って辞めないようにして、来年の年末も同じ会社でいる事を目標にするから」と言った。


父親はすぐさま言った。

「とりあえずという言葉が気に食わないな。もう何があっても辞めないのだという覚悟がほしい」と言った。


転職人生。

自分にとっては本当に辛くて自信を無くす。お金も減っていくから、精神が不安定になっていく。そして家族にその不安や苛立ちが伝染する。親戚に迷惑をかける。両親に心労を与え、寿命を減らす。

家族内、親戚との人間関係がどんどん悪くなっていく。


もう二度と転職活動のない人生を。

言葉で言っても駄目なのだ。それを周りに証明させるには働き続けるしかない。

もはや誰も私の言葉を信じてくれない。

行動で示すしかない。


転職人生とは今年でおさらばだ。

その覚悟を持つ。

今年、色々絶望を味わったので私はその覚悟を持つことができた。


さよなら。私の転職人生。


佐々木信一


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読者の皆様へ。


転職人生の成れの果て日記は今回が最終回です。


ここまで私の拙い文章をお読みくださりありがとうございました。

そしてコメントを下さった方、応援してくださった方、読者の皆様全ての方へ感謝いたします。

ちょうど年も新たに変わるこの節目。

私の転職人生も区切りをつけたいと思うようになりました。


私は新年から都内某所の自宅近くのタクシー会社で新しい出発をします。

ここを最後の会社だと思って覚悟を決めて働き続けたいと思います。


タクシーという仕事は色々な方々を乗せる仕事なので、書きたい事がまた溜まっていくでしょう。

これからは、タクシー日記(仮タイトル)みたいなものを、気が向いたときに連載していこうと思っていますので、もしよろしければ、そちらの方もお読みになって頂けたら嬉しいです。


そうそう、実はこれまでの人生の半生を執筆中で、長編小説(12万ワードくらいになる予定)を近日発表したいと思って今取り組んでいますので、そちらの方もよろしくお願いいたします。


それでは、これまでありがとうございました。

今年一年間、皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

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