第10話 練習

「早いとこ曲決めようぜ」

私が、2人きりの事実に気づき、きょどっているところに、木崎がスマホを自分のバッグから取り出す。

「やりたい曲とかあるか?好きなアーティストとか」

木崎はそう言いながらYouTubeを開いているようだった。私がきょどってるのにも気づかないとは。いや、気づかれても困るんだけど。


 頭を振って邪念を振り払うと、私は木崎のスマホを覗き込む。

「あ!!あと5分でmomiziの新曲プレミア公開じゃん」

さすがはmomizi。バンドの曲を検索すると、すぐ上の方に出てくる。せっかくのプレミア公開を見逃すところだった、と私は慌てて自分のスマホを取り出す。


「藍沢、momizi好きなのか?」

「うん、大好き!初期から大ファンなの」

私が珍しく即答したからか、木崎は驚いたような表情を見せた。今まで、そんなに曖昧な喋り方してたかな?と思いつつ、YouTubeを開いてばっちり待機する。


「俺、少しギター練習s......」

「だめ、曲聞こえなくなるからやめて」

私が食い気味に却下すると、またも驚いたような表情をして、そのまま教室を出ていこうとする。

「どこ行くの?」

「どうせまだ練習しないんだろ?少し外出てくる」

私は、特に理由もなく教室を出ていこうとする木崎の手をつかむ。


「いいじゃん、一緒にmomiziの新曲聞こうよ」

木崎は少し嫌そうな顔をしたが、私の勢いに押されたのか、しぶしぶといった感じで、私の隣に腰を下ろす。木崎はmomiziにそこまで興味がないのかもしれないけど、それならなおさら、一緒に聞いてファンに取り込みたい。ここまでくると、完全にオタクの思考回路だ。


 そんなこんなやっているうちに、スマホの左上が、「16:00」と表示したのを見て、私はスマホを全画面に切り替え、横に持ち変える。


 今回は、曲の詳細が全く知らされずにプレミア公開、という事実のみだ。


花嵐はなあらし

タイトルが目に飛び込んできた。


---

「藍沢、?」

木崎の声が聞こえて、私は現実に引き戻される。


「あ...」

気づいていなかったけど、私、泣いてたみたい。新曲を聞くたび感動するのはいつものことだけど、泣くのは初めてだ。

「ごめん、変なとこ見せちゃって」


「......そんなに良かったか?」

なぜか恐る恐るといった感じで聞いてくるのが面白くて、私は笑いながら答える。

「うん、私momiziの曲大好きだし、桜って好きだから、今回は特に」

 男性の声で歌われる、女子目線の片思いソング。切なさが際立つようで、『花嵐』もそういう感じがした。ちょうど桜の季節。新学期は出会いの季節でもある。この時期だからこそ響く曲でもあった。


「あ、そうだ、この曲練習しない?」

そういうと、木崎は複雑そうな顔をした。それもそうだろう。アーティストの新曲となれば、練習動画とかも出てなければ楽譜もまだだろう。大変なのはわかっている。


「ボーカルを藍沢がやるなら」

「それでやってくれるの?やった!」

木崎がそれで納得したのを確認すると、私はさっそくベースを構えた。


 初心者すぎて基礎すらわからないので、今日の練習はひたすら動画を見て基礎練習をして、会話はほぼなく練習は解散した。駅まで一緒に帰ったけど、そこでもほぼ会話はなかった。でも、不思議と居心地の悪さは感じなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜の木の下の君へ けい @Kei_555

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ