第九話 練習
「早いとこ曲決めようぜ」
私が、2人きりの事実に気づき、きょどっているところに、木崎がスマホを自分のバッグから取り出す。
「やりたい曲とかあるか?好きなアーティストとか」
木崎はそう言いながらYouTubeを開いているようだった。私がきょどってるのにも気づかないとは。いや、気づかれても困るんだけど。
頭を振って邪念を振り払うと、私は木崎のスマホを覗き込む。
「あ!!あと5分でmomiziの新曲プレミア公開じゃん」
さすがはmomizi。バンドの曲を検索すると、すぐ上の方に出てくる。せっかくのプレミア公開を見逃すところだった、と私は慌てて自分のスマホを取り出す。
「藍沢、momizi好きなのか?」
「うん、大好き!初期から大ファンなの」
私が珍しく即答したからか、木崎は驚いたような表情を見せた。今まで、そんなに曖昧な喋り方してたかな?と思いつつ、YouTubeを開いてばっちり待機する。
「俺、少しギター練習s......」
「だめ、曲聞こえなくなるからやめて」
私が食い気味に却下すると、またも驚いたような表情をして、そのまま教室を出ていこうとする。
「どこ行くの?」
「どうせまだ練習しないんだろ?少し外出てくる」
私は、特に理由もなく教室を出ていこうとする木崎の手をつかむ。
「いいじゃん、一緒にmomiziの新曲聞こうよ」
木崎は少し嫌そうな顔をしたが、私の勢いに押されたのか、しぶしぶといった感じで、私の隣に腰を下ろす。木崎はmomiziにそこまで興味がないのかもしれないけど、それならなおさら、一緒に聞いてファンに取り込みたい。ここまでくると、完全にオタクの思考回路だ。
そんなこんなやっているうちに、スマホの左上が、「16:00」と表示したのを見て、私はスマホを全画面に切り替え、横に持ち変える。
今回は、曲の詳細が全く知らされずにプレミア公開、という事実のみだ。
『
タイトルが目に飛び込んできた。
---
「藍沢、?」
木崎の声が聞こえて、私は現実に引き戻される。
「あ...」
気づいていなかったけど、私、泣いてたみたい。新曲を聞くたび感動するのはいつものことだけど、泣くのは初めてだ。
「ごめん、変なとこ見せちゃって」
「......そんなに良かったか?」
なぜか恐る恐るといった感じで聞いてくるのが面白くて、私は笑いながら答える。
「うん、私momiziの曲大好きだし、桜って好きだから、今回は特に」
男性の声で歌われる、女子目線の片思いソング。切なさが際立つようで、『花嵐』もそういう感じがした。ちょうど桜の季節。新学期は出会いの季節でもある。この時期だからこそ響く曲でもあった。
「あ、そうだ、この曲練習しない?」
そういうと、木崎は複雑そうな顔をした。それもそうだろう。アーティストの新曲となれば、練習動画とかも出てなければ楽譜もまだだろう。大変なのはわかっている。
「ボーカルを藍沢がやるなら」
「それでやってくれるの?やった!」
木崎がそれで納得したのを確認すると、私はさっそくベースを構えた。
初心者すぎて基礎すらわからないので、今日の練習はひたすら動画を見て基礎練習をして、会話はほぼなく練習は解散した。駅まで一緒に帰ったけど、そこでもほぼ会話はなかった。でも、不思議と居心地の悪さは感じなかった。
桜の木の下の君へ けい @Kei_555
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