第八話 2人の軽音部

 練習は、練習日を決めた日の次の週から、ということに決まり、ちょうど今日が練習一日目だ。


 軽音部の部室には楽器が揃ってたから、私は自分でベースを買うことはしなかった。ギターなら自分のが部屋の奥にしまってあるけど、あの時のギターだと思うとあまり思い出したくもないし、もう一回音楽に関わるんだったら、違う楽器でもいいだろう、と思った。木崎だって、自分の楽器持ってないだろうし。

 そういえば、部室にはあんなにちゃんと楽器が揃ってたのに、軽音部の部員は私たち2人だけなんだろう。木崎の言い方からすると、軽音部はこの前近重先生に入部届を出したときに承認されたみたいだったし。

 まあいいか。それより、今日の練習のことだ。


 私は、授業中も久しぶりに音楽のことばかり考えていた。元はと言えば、すごく音楽好きな私。少し嫌な思い出があるとはいえ、ずっと音楽を聴くことはやめてないし、もう1度音楽をやれると考えたら、授業になんて集中できない。遠足が楽しみで夜寝れない小学生みたいだけど、ほんとにそのくらいの気持ちだった。


 鋭い杏実には当然私の違和感に気づかれ、

「香菜、なんかいいことあったの?」

って笑いながら聞かれてしまった。ちなみに、今回の場合は、杏実じゃなくても気づいていそうだった。他の友達何人かにも、同じようなことを聞かれたから。


「好きなアーティストの新曲発表が今日なんだ」

嘘ではない。私の大好きなアーティスト「momiziもみじ」の新曲が、YouTubeでプレミア公開されるのだ。

 「momizi」は最近有名になった3人組のアーティストだ。半年前にYouTubeに初投稿した「冬の隣」という曲が大当たりで、SNSでも有名になった。サビの癖になるメロディーがいい。かくいう私もSNSで見かけて、サビでハマって、YouTubeで本家を見て、そこから大ファンだ。


「へーそうなんだ!やっぱ、香菜音楽好きなんだね」

杏実に言われてはっとした。音楽やってるか、と聞かれて否定したんだった。それで音楽好きだったら変だろうか。

「うん!大好き」

そこまで考えたけど、私は途中で考えるのを辞めた。この前木崎から学んだことだ。音楽やってたことは秘密にしておきたいけど、音楽が好きなことまで隠しておく必要はない。好きなものは好きって言っていいんだから。これ以上杏実に嘘をつきたくもないし。


---


「じゃあね、杏実!」

放課後、私はいつもより元気な声でそう言うと、急いで教室を出た。急ぎ足で向かえば、部室も案外遠くなかった。

 無事ついたことに安心して、私は椅子に腰かけて一息ついた。木崎と同じタイミングでここに向かうと、同じ部活に入ってることがばれてしまうかもしれない。それはめんどくさいことになりそうなのだ。


 教室に来るようになってから(来ても寝ているだけではあるけど)。クラスの女子から、人気が出ているのだ。何もしてないのになぜ人気が出るかって、つまり顔だ。私だって一目惚れした身だし、とやかく言える立場でもないんだけど。

 もう一つの要因は、体育の授業だ。体育でも変わらず眠そうでだるそうにしている木崎。でも運動神経はいいみたいで、男子同士で練習試合をしているところを観戦していると、確かにうまい。その時はバレーボールだったけど、少しやってたのかな、と思うくらいだった。


クラスメイト曰く、

「木崎君ってかっこいいよね」

「話してみたいよねー」

「でも、誰とも仲良くならなそうじゃない?」

「わかるー、でも一匹狼っぽくてそこもかっこいい!」

ということらしい。顔がいいことには同意するが、他はよくわからない。


「おい、藍沢」

そんなことを考えている時に木崎が急に視界に入ってくるから、私は思わず顔をそむけた。

「な、なに?」

「練習始めるぞ」

木崎はそれだけ言うと、この前弾いていたギターを手に取った。


「藍沢はベースやるって言ったっけ?」

「うん、そのつもり」

動揺するのもバカらしい、と思い直し、私は答える。


「ベースやったことないんだろ?やったことある楽器ないのか?」

「......あるっちゃあるけど、違う楽器がやってみたい」

木崎は「そうか」とだけ言ってギターの練習を始めた。


「木崎はギターやってたの?」

「いや、まあ、昔に少し」

「へー、なるほどね」

そう言いながら私もベースを手に取る。


「練習方針はどんな予定?」

「あぁ、まずは一曲弾けるように、か?」

「そうだね」

そこまで言って私は気づく。


「一曲完成させるとしたら、少なくともドラムの人は必要じゃない?」

通常のバンドは、ギター、ベース、ドラム、キーボード、そしてボーカルで成り立っている。ボーカルはどちらかが兼任できるにしても、ドラムは無理だ。そう考えていると、

「いや、いなくてもどうにかなる」

と。


「今時、機械で打ち込みした音源を流せばいいし、それがだめなら、元々ギターとベースだけのアーティストの曲を練習すればいい」

「確かにそうだけど、木崎は、もう誰かを入れる気はない、ってこと?」

木崎の言い方が気になってそう聞くと、木崎は頷いた。

「人が多いと、練習日とか決めるとかいろいろ面倒だし」

「そっか」


 てっきり私は、この後、ドラムの人とかキーボードの人、ボーカルの人とかを探すんだと思っていたから拍子抜けした。その後に、よく考えたら木崎楓と2人きりで部活をやるんだ、という事実に気づき、不覚にも顔が赤くなった。

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