第八話 少しの嘘
席に着くと、前の席の杏実が声をかけてくる。
「今日珍しく遅いじゃん。どこいたのー?」
荷物があったのには気づいたけど、教室にも近くの教室にもいないから、不思議に思っていたのだそうだ。
「あ、図書室にいたの」
「へえー、物好きだねぇ」
図書室にいるのは物好きらしい。その意味を聞いてみると、
「ここの図書室は初等部にいたときから来ていいことになってたけど、私の知ってる限りではだれも使ってなかったよ~」
ということらしい。内部の杏実が言うのだからそうなのだろう。最近は本を読む人も少なくなってきてるらしいし、私は物好き認定されたようだ。
「でも、香菜が読書好きでも違和感ないなー。確か自己紹介の時にも言ってたっけ?」
「うん、言ってた。よく覚えてたね」
「一番最初だったしねw」
最初の自己紹介は、多少印象に残るらしい、ということを学んだ。
そんなことを話してるうちに、担任の先生が教室に入ってきて、今日もいつも通りの毎日が始まる。
今日は、金曜日。つまり、朝決めた練習日、ということだ。私は今日も今日とて上の空で、またも杏実に不思議そうな顔をされた。
「香菜、今日もぼーっとしてない?」
「え、そうかな」
ごまかすのも難しいし、曖昧な返事を返す。
「ま、いっか。部活決めたー?って聞いてたのよ」
「あ、部活......」
軽音部、と言おうと思ったけど、思いとどまった。軽音部って確か、木崎が部長で、部員が私だけ、なんだよね?顧問も知り合いの近重先生になってもらってたし。
てことは、多分新しい部活?だとしたら知名度って低いんじゃ。
「私は運動部にするのは決めたんだけどさー」
「杏実、運動できそうだもんね」
校則が緩いから、とアッシュグレーに染めた髪は、肩につかないギリギリくらいのボブ。それを、後ろ半分くらいを高めお団子にしてまとめている。
見た目からして運動ができそうだし、事実、体育の授業は運動神経の良さを発揮していた。
「あはは、運動できそうはよく言われる。こんな見た目だしね」
「そうだね」
スポーツ女子の見た目には自覚があったようだ。
「香菜は、音楽?やってそう」
「え」
思わず固まってしまう。
ただの黒髪ミディアムのストレート。前髪はぱっつん気味。見た目に音楽を連想する要素はないはずだし、鼻歌を歌う癖も、封印したはず。
「なんか、見た目ってよりかは雰囲気って感じ?オーラってゆーか」
不自然に動きを止める私に気づかず、杏実はそう続けた。見た目ではわからないことと、雰囲気だということに少し安心した。
「杏実は独特だなー。誰も私見て音楽やりそうだなんて思わないよ」
「えー、そうかなー」
なんとなく、話が流れたのに安心する。
友達になってからまだ1ヶ月くらいだけど、杏実は多分鋭い。ちょっとした変化とかに気づけるタイプの人だと思う。だから、私が昔音楽やってたことを、直感で感じとったのかもしれないけど、他の人には同じようにはわからないはず。そう思うと、あまり心配はないように思えた。
けど、ここでやんわり否定しちゃったから、軽音部入ったって、後からでも言いづらくなっちゃったな。
数ヶ月経って、部員が増えたり、木崎がクラスに馴染んだりしたら、杏実には軽音部に入ったって言おうと思ってた。友達に隠し事するのは嫌だし。
未来の自分が大変になるとわかっていても、ごまかしてしまったものはしょうがない。
今日の朝は、自分の意志で音楽をもう一度やる、と決めたけど、友達に嘘をつく、という代償が伴うとは考えてもいなかった。
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