最終話
「これで最後にしよう」
「え、僕フラれた?」
「だからそっちじゃないって」
机に置いたスマートフォンから彼女の笑い声が聞こえる。壁に掛けられた時計を確認すれば、時刻は午後十一時二○分。
今日で最後。この計画は打ち切りだ。
「最後って言われるとなんか寂しい気持ちになるよな」
「わかる。あんまり美味しくなさそうなパンでも最後の一個って言われると買いたくなる」
「それは話が違う」
あれえおかしいなあ、という彼女の声の後ろで衣擦れの音が聞こえた。彼女がベッドに入ったのだろう。
そろそろか、と僕は彼女の名前を呼ぶ。
「彩さん」
「ん、なに?」
「プレゼントがあるんだ」
え、と戸惑う彼女の様子を感じながら、僕は以前の彩さんの台詞を思い出していた。
一説によると。
「昨日見た夢にまた出てきたんだけどさ」
――眠る直前の印象的な言葉や出来事は夢に殊更大きな影響を与えるんだって。
「シーラカンスに花束を乗せたから、そっちに来たら受け取ってよ」
明晰夢デート計画。
失敗ばかりの計画だったけど、ひとつだけ証明されたことがある。それは、夢っていうのは荒唐無稽で何でもアリで現実じゃ計れない代物ってことだ。
だから、だったら。
その花束が僕の形をしてることだってあるかもしれないだろ。
「……うん。ありがとう」
「どういたしまして」
染み入るように返事をする彼女は今、電話の向こうで頷いているのかもしれない。僕にはそれが見えないけれど。
どれだけ誤魔化しても僕たちはやっぱり遠い。この距離は簡単に埋められるものじゃない。
それでも、繋がっていたいから。
僕たちは距離を越えられるものを届け合うんだ。
「今日も私は瞬くんのことが大好きです」
「今日も僕は彩さんのことが大好きです」
どちらからともなく笑い声が漏れる。この言葉を照れずに言えるようになるのはきっとまだまだ先なんだろう。
だってこれは夢の中でも忘れないほどに本当の気持ちだ。
「じゃあ寝よっか」
「そうだね」
灯りを消してベッドに潜る。スマホの電源ボタンに指を添える。
そして、ぼんやりと光る画面に唇を近付けて。
今日も僕は頭いっぱいに君を想う。
「「おやすみ」」
(了)
花束とシーラカンス 池田春哉 @ikedaharukana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます