5.感想戦

 あと数日で死ぬ実感があった。

「竹山さん、お手紙届いています」

 両親はとうに死去しており、配偶者もいない竹山にとって、手紙を送ってくる相手なんて思いつかなかったので、誰だろうと思いながらその封筒を受け取った。

 五十枚ほどのA4の紙が入った分厚い封筒。

 差出人の欄には、『戸川怜太』という親友の名前があった。

「……ふふ」

 竹山は力なく笑った。

 まあ確かに、もう会わない、電話もしないとしか言ってないから、手紙を送る行為はセーフか。

 封筒の中にはもうひとつ封筒が入っていて、その表紙に戸川の直筆でメッセージが添えられていた。


「竹山へ。


 お前がこういうしゃらくせえのが嫌いなのは知ってるんだが、もう最期だ。俺の自己満足を通させてもらう。

 この封筒を開けるも開けまいもお前の自由で、そういう意味で言えば、この封筒を贈った時点で俺の自己満足は完結している。

 開ける、開けない、どっちを選んでも問題ない。

 それを念頭に置いたうえで、以下の文章を読んでくれ。


 その封筒の中身は、『エンドエンドライフ』のラスト二話分の印刷原稿だ。

 お前が読みたがっていた漫画の、完結編だ。

 あの日言った通り、俺には人脈がある。

 自分で言うのもなんだが、相当ある。

 実は帰国したその日の朝、その人脈を使って俺は出版社に行ってきてたんだ。(だから病室につくのがちょっと遅くなった。)

 編集さんと作者さんに事情を説明して、頭を下げた。

 あと二話が読めずに死ぬ友人がいるんだと。

 そしたら快くOKしてくれたよ。もちろん、情報が洩れたらひっくり返るレベルの賠償金を払うことになっているけどな。あ、だから情報漏洩には気を付けてくれよ。


 繰り返しになるが、お前はこういうお涙頂戴のしゃらくせえお願いを馬鹿にするタイプだから、不愉快に思うかもしれない。

 でも、せっかくOKもらったんだ。

 送るくらいしていいんじゃないかと思ってな。


 というわけで、読むも読まないもお前の自由。

 最期にこんな変な選択肢を突き付けて悪いな。でも、これもまた俺たちっぽいだろう?


 じゃあな、親友。


 戸川怜太」



 二時間後。

 竹山は看護師にお願いをして、電話をかけた。

 相手はもちろん、彼の親友。

 3コール目で電話が繋がる。

「お世話になります。戸川で――」

「おい、戸川」

「……くく、なんだよ竹山。こっちは夜中だぞ。それにもう電話はしねえって」

「御託はいい。俺が『エンドエンドライフ』が心残りだって言ったのは、ひつまぶしを食ったあとだろ。時系列がおかしい」

「いやいや、何年親友やってきてると思ってんだ。お前の心残りなんてわかるに決まってんだろ」

 その答えを予想していた竹山は、はは、と笑って、もうほとんど力の入らない手で受話器を強く握りしめた。

「お前、どうせ読んだんだよな」

「……」

「お前のことだ、自分もちゃっかり『エンドエンドライフ』の最終回原稿を読んでいるに決まってる」

「だったら?」

 竹山は一呼吸おいて、叫んだ。


「最期の感想戦だ、はじめるぞ」





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