第29話 え、えらいこっちゃ……(こういう時は肉を喰え!)。

 

 

 それは去る二日前の事。商業都市国家トレウィスに本拠を構えるネモフィキュラ商会も例に漏れず朝は慌ただしく、次々と届く案件の山を捌きまくって一息つき、軽く昼食でも摂ろうかと思い始めた頃やった。


『…………っっっっネモぉおおおおおおおお!!!!!!』


 唐突にビリビリと頭の中を突き抜けるクソ旦那アルマナゼダの声。ああもう、うっさいわ!


『じゃかぁっしゃあ! 思念波やからってギャアギャア叫ぶなっつっとるやろがい!』


『お、おう。スマン…… ってそれどころじゃねぇ! 緊急事態だ、至急時間を空けてくれ!』


『あ゛ぁ? 緊急やぁ? ……こちとら年がら年中いそがしねん。また中途半端な要件やったらシバキ回すぞ?』


 毎度毎度うちの旦那アホは物事を大げさにして持って来よるさかいに、今回もどうせ余計な手間になるんやろうと呆れながら、”疾風” の二つ名通りに空からカッ飛んで来るんを待っとったら……。


本当ホンマにヤバい案件やつやんけ……。まさか、お嬢様が直々にお越しになられるやなんて……っ!」


 この周辺の竜なら誰でも知っとる大事件。謎の竜が特殊な思念波で発した竜語による宣戦布告。


 その有無を言わさん破壊的な咆哮は、我らそう竜族の知る限りではこの大陸の全ての竜に轟いたっちゅう話や。


 基本的に思念波っちゅうもんは同系統の竜種――より繋がりの強まるつがいやと更に遠くまで届くらしい。逆に系統の離れた種やったら、その ”声” は何でか大して響かんように出来とる。


 せやけど、その謎の竜いうんはしょうもない竜種の差なんぞ軽々とブチ抜いて、その声を漏らさず全竜種こっちに叩きつけよったんや。


 ウチらの邪魔するヤツらは容赦無くブッ潰す。逃さんぞ、と。


 あの声が響き渡った時は正直ビビリ倒してもうて、暫くその場から動けんようになってしもうた。曲がりなりにも蒼竜の最高位・蒼炎ソウエンを冠する御方の直系たる旦那の、番たるがやで?


 商会に勤める人化した者共やつらは残らずおんなじようになりよったよってに、全く影響あらへんかった人族の者達はさぞや不可思議な光景やったろうな……。


 強力過ぎる思念波の威力で発された場所も特定出来ず、結局どんな竜なのかも分からず仕舞い。


 確実なんは、何処ぞの阿呆アホウが強大なる竜のナワバリに首を突っ込んだという事。


 結果は……トレウィスに隣接する王国各地に点在していた多数の竜が一斉に姿を消したという、蒼竜族伝いに届いた信じがたい報告や。


 流石にこれらは関係があると認めざるをえん。あのは明らかに格が違い過ぎる。人族の戒めにある『眠れる竜は下手に起こすな』ちゅうやつや。


 よりによって、こないな近場で何してくれとるんじゃクソ竜共がと直接そいつらへ毒づきたくなっとる所へ飛び込んできたアル(旦那のアルマナゼダ)の寄越した情報は、うちの想定なんぞをとうに超えた代物やった。


 あの声を発されたのが、以前より商会にも関わりのある次代の聖龍様で、近頃乱れの増しつつあった龍脈を正すのに鬱陶しい事この上ない中位の竜ゴロツキ共を一箇所に誘き寄せ、残らずで討ち倒してしまわれたという。


 その総数、68。6とか8体ぐらいやない。68やで?


 中位崩れの竜とはいえ、数は脅威や。うちでも数体同時には対応できても、数十の群れともなると……アルとやったらどうにかは出来るか?


 アカンアカン、つい血が騒いでもうたわ。近頃は商会の運営に掛かりっきりで、暫くは暴れとらんかったさかいな。また暇でも作ってアルとり合わんと。


 竜の成体ならともかく、新たな聖龍様はまだお生まれになられたばかりで若い。聞けば普段は猫人族の姿をしておられ、空を飛ぶ時も神より与えられたもうた翼を使つこうて、かの蒼炎様よりも速く移動できるんやとか。


 失礼に当たるんは承知の上で、とてもやないけど信じられへんわとうちが思わず漏らすと、アルは伝達役を務める事が多い役柄よってに、その場を実際にいくつも目撃してんだと本気マジの顔で返してきよった。うせやん……。


 相当必死こいてトレウィスまで飛んできたらしく見るからに疲れた様子のアルは最後に、これは親父殿からだと蒼炎様直筆の自分うち宛の封書を渡してきよった。


 その内容は、倒した竜共を有効活用するべく今から二日後に商会こちらへそれらの竜が受け渡されると同時に、いくつかの提案を携え新たな聖龍様が直接お越しになられる事になり、それには蒼炎様も同行されるというもの。


 尚、受け入れに際しては聖龍様が御用意なされた手段を用いる為、商会側が事前に準備をする必要は一切無い、と。


 これらの意味する所はあまりにも大きい。本来なら龍脈の中枢を守護されておられるはずの蒼炎様が直々に動かれるだけでも一大事やのに、その上次代の聖龍様まで……。


「これにはネモフィキュラ商会存続の――ひいては自身うちの命運が懸かっとる。えらいこっちゃ……」


 執務室のソファにぐったりと沈む。こんまま全て忘れて、泥のように寝てもうたらどんだけ楽かと思考放棄しかかった時、対面に座った旦那アルがふと思い出したんか懐から何かを取り出した。


「そういや、お嬢から提案される品物しなもんの一部だって渡されたヤツがあるんだったわ。ええと……これか!」


 アルには使い道のなさそうな小袋に手を突っ込んで、そこからしれっと蓋付きの四角い編み籠を取り出す。……その魔法袋も一見しただけで大層な品なんやけども?


「こいつぁ本来ネモ用の分なんだがよ、とにかく大量に入ってっから俺も喰って良いって言われてんだ。その代わり俺達以外には一切外に洩らすなってのが上からのお達しだぁな」


 どうせ執務室ここぐらいしかそんな事が出来る場所はぇし、メシを喰うにゃあ丁度良い頃合いじゃねぇか? と出すわ出すわ。あっちゅう間にうちらの真ん中にあるローテーブルを埋め尽くす料理の数々。


 どれもこれも見た事すら無い上に、まるで作り立てかのような湯気を出しとるもある。この籠も術式が見当たらんのに異空の収納増加と、更にとき遅れか時めが与えられとるやないか……。


「知らねぇヤツばっかだが、こりゃウメェな! ネモも唸ってる暇があんならさっさと喰え! こういう時は肉だ、肉!」




 あれから早くも二日。ついにこの日が来てしもうた……。


 それにしても、あの料理達は絶品やったわ……。あまりにも旨いもんやから、一品ずつ取り出しては我が子を愛でるように――


「…キュラ商会長、商会長! ……おい、聞こえとんのかオカン!」


「っ?! ……なんや、アヴェルか。商会ここでは商会長と……」


「さっきからそう呼んどったっちゅうねん。どっか飛んどったんはオカンの方やろ? ……んな事より、お嬢様方のご来訪や。今オヤジとネルミナが先行して対応しとる」


 オレらも出んぞオカン、総力戦や! と炎を吐きそうな勢いで出ていこうとするバカ息子アヴェルガダマヤの後頭部を、思わずスパーン! と張っ倒す。



や言うとるやろがい! ええ加減に直せ!」

 

 

 

 

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猫(?)になった私、ままならぬままに生きてます。 新佐名ハローズ @Niisana_Hellos

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