第5話 お嬢様の風呂事情

「さあ、着いたわ。ここよ」



 紋、木春、千花の三人はやや長い道のりの末、お風呂場の入口へとたどり着いた。

 建物全体は立派な洋館の屋敷ではあっても、ここだけは『ゆ』と大きく描かれた暖簾が男女別にかけられている。

 ジャパニーズスタイルをどうしても貫く必要があったのかも、と主の強い意向が見て取れた。

 暖簾のわずかな隙間からは、やわらかな光に照らされる室内の様子が見え、その雰囲気だけで高級旅館だった。


 暖簾をくぐり、靴を棚に置くと落ち着いた雰囲気の脱衣所が出迎えてくれる。

 いくつもの洗面台、椅子、衣類用のかごが棚に収まっており、団体様がきても全く問題のなさそうなスケールだった。


 先ほどの玄関での反応と同様、紋は立ち尽くし、木春はドキドキうきうきした様子だ。



「……おっきすぎでしょ」

「……うわぁ、おっきいね! ほんとに旅館のお風呂みたいだね!! 部屋の中が千花ちゃんみたく、いい匂いがする!!!」



 そういって、木春は歓声をあげながら、奥の方へと消えてしまった。


 入ってすぐの板張りの床に腰掛け椅子があり、なるほど夏目執事の用意したらしい籠が置かれてある。

 千花は籠に歩み寄ると、中身を確認して友人へと声をかけた。



「やっぱり、これに着替えてもらった方がいいわね。もしもの事も考えて、デリケートなところはカバーしておきましょう」

「ん、なになに?」と、紋が近づいてきた。


「開発が最終段階で安全性にはほぼ問題ないのだけれど、万が一を考えてこのお風呂用水着は着けてもらいたいの」

「あ、さっき言ってたやつね。確かに全裸でいきなり体験するのも慣れないし、びびっちゃうかも」


「ええ。じゃあ、着替えましょう。棚はどこでも自由に使って頂戴」

「そうねー……、わたし達だけだし、一番お風呂に近いところにしようっと」


「なら、私はその隣よ。紋ちゃんの下着チェックしないと。はい、これ、水着ね」

「んもー、だからいいって、そういうの……」



 にこにこと上機嫌の千花に対して、紋は照れながら水着を勢いよく手に取った。

 何やら嫌な予感が漂っている。



「あたしもそこにするー」



 一通り室内を歩き回っていた木春が、ぺたぺたと足をならしながら二人の元へと戻ってくる。

 こっちはこっちで、別の意味で紅潮している。

 


「木春ちゃんも水着どうぞ。これに着替えてね。ある程度の伸縮性もあるから、サイズは問題ないはずよ」

「ありがとー、千花ちゃん。白色のほわほわ水着だね。タオルみたいで気持ちいいー」


「さあさあ、お茶の時間も必要だし、早く着替えましょう」



 不敵な笑みを浮かべながら千花は水着を渡し、三人は着替えることとした。


 案の定、紋は千花にされるがままになってしまい、そこに木春も加わり、脱がせたり触ったりと、若さ溢れる光景がそこにあった。普段は木春を追い回す側の紋だが、どうやらお嬢様の押しには弱いらしい。

 しばらくは困った悲鳴を上げていた紋も、最後には観念して項垂れていた。


 それぞれ着替えを終えたのは、およそ十分後。


 すっかり満足した様子の千花が、浴場への入り口前に立つ。

 本人には全くその気はないのかもしれないが、出るとこが出ている素晴らしいプロポーションは、見ているだけで悩殺されそうだった。


 

「着替えも済んだし、さあ、行きましょう」

「よっしゃ、行こう!」と、紋。

「わくわくするねー!」と、木春。



 ずっしりとした引き戸に手を掛け、千花はゆっくりと開く。

 目の前に広がるのはまさに大浴場。足を踏み入れた途端、やわらかな湯気に満たされた空間に包まれ、まるで別世界のようだった。千花の話通り、教室ほどのサイズの檜風呂がそこにあり、床はタイル張り、中庭を望めるように巨大な窓が風景を切り取っている。もちろん、外部からは見えないようになっているらしい。



 紋と木春は想像以上の空間に、またもあっけに取られる。

 招き入れた千花は戸を閉めると、背後から声を掛けた。



「あっちの大浴場へは、後でゆっくり入りましょうね」

「うん、そうだね。危うく走り飛び込みしそうになったよ。……さて、それでせん太くんは?」 


「ちょうど紋ちゃんの右側よ」

「右って……ぬおっ! いたよ! ぬっといたよ、せん太くん!! めっさびっくりした!!!」



 急にせん太くんの視線に気が付き、紋は面食らった。

 確かにそこに奴がいる。どこを見ているとも分からないその表情を見上げながら、彼女は対峙した。

 見た目だけでいうと、明らかに巨大なキュー●ー人形だ。

 優しい顔をして笑ってはいるが、その巨体と威圧感に、初対面の女子はぎょっとしてしまう。



「……こ、これがせん太くん。ホント、つぶらな瞳のふっくらボディだねー」



 やや曇った眼鏡をかけているとはいえ、天然少女の木春も五感で何かを感じ取ったようだ。

 未知なる巨大人形への抵抗と、好奇心とが入り交じり、まじまじと眺める。

 

 二人の視線が定まると、千花はせん太くんの斜め前へS字ポーズで立ち、にこやかに掌で指し示した。

 薄っすらと湯気の立ち込める大浴場で、威圧感たっぷりの可愛い人形と水着姿の金髪美少女。

 湯の流れる音を聞きながら、紋と木春はとても特別でとても奇妙な体験をしようとしていた。

 


「こほん。じゃあ、説明するわね。こちらはせん太くん、人型全自動入浴機の零号機よ。私たちツキシロカンパニーの技術力が結集した最先端のロボットなの。高さ4m、幅2m、重さは1t程でまだ軽量の余地はあるけれど、全自動で自立式、場所を選ばず設置可能という点では他に類を見ないわ。何よりも、女性の肌や美容という点を最優先に考案された、まさに現代を生きる働く女性たちのサポートキューピッド。ぜひ、あなたたちの意見も聞かせて欲しいの」

「……なんとも圧倒されっぱなしだわ。これが千花をメロメロのふにゃふにゃの骨抜きにする機械なのね」


「とうとうここまで来たね、紋ちゃん。これであたしたちも、モテモテだよ!」

「いや、それはないって、木春」

「えへへ、……だね」



 見慣れた定番キャッチボールを鑑賞後、千花が嬉しそうに切り出した。



「さあ、どうしましょう。私から先にやった方がいいかしら?」

「はいはーい、あたし最初にやってみたい!」

「じゃあ、やってみて木春ちゃん。操作は任せてね」

「うんっ、よろしくー」



 普段は紋の背中に隠れる木春だったが、ここに来ておとずれた連続ハイテンションの波に乗り、第一番を買って出た。我が子の成長を喜ぶように、紋も快く合意する。



「あんたおっちょこちょいなんだから、落ち着いてやんなさい」

「うんっ」


「それじゃあ、後ろに回りましょう。そこが入り口よ」

「中に入るっていってたやつだねー。これで謎が解明、気分もスッキリだね、紋ちゃん」

「ああ、ほらほら。そこのコードに引っかからないでよ。ちゃんと前見て、木春」



 後ろに回り込むと、正面からは見えなかった小さな階段が設けられていた。

 ぷりっとしたせん太くんのお尻の上へと続き、背中の辺りに両開きできそうな扉のラインが見える。

 小さな羽に見える取っ手を掴みながら、千花が少し力を込めると、背中がゆっくりと開いた。

 なるほど、ここから内部へと入るらしい。


 階段脇の小さな操作盤を使い、手際よくボタンを押すと、内部で静かに機械音が鳴り、準備が整ったようだった。



「さあ、木春ちゃん。中に入って」

「……うん」


 

 おずおずと階段をのぼった木春は、軽く深呼吸する。眼鏡を外し、千花に手渡した。

 内側には明かりは無かったものの、薄っすらと計器類の明かりで様子が見て取れた。

 細かな網の目のような金属の板が張り巡らされて、穴の向こうから光が漏れている。



「木春、落ち着いてー」と、紋が声を掛ける。


「バスタオルはこの手摺に掛けましょう。それで、少し腰をかがめて脚から入ってみて。仁王立ちみたいになるけれど、すぐ下に両足を置ける台があるから。……そうそう。それで今度は、前に空いている小さな穴から顔の部分だけ、額をぴったりつける感じで出してね。これはまあ、空気穴ね。あとで優しく固定されて、お湯が外に飛び出すってことはないから、安心して頂戴。あと両腕は左右にある穴に伸ばして入れてもらえれば、OKよ。……よし、大丈夫そうね」



 まるで別人のようにテキパキと指示を出す千花はなんともかっこよく、頼もしく、そして美しかった。

 この点はやはりツキシロカンパニーの令嬢で、たとえ安全であっても、友人であっても、最大限の配慮が伺えた。

 


「木春ちゃん、最終確認よ。自動調整もしたけれど、立ち位置は問題ないかしら? 不安定だったり、顔の位置とか姿勢もいけそう?」

「うん、ばっちりだよ。いつでもオッケー! あ、紋ちゃん、やっほー」



 せん太くんの前に回った紋に声を掛ける。

 ちょうど胸の辺りからひょっこり顔だけを出した状態で、緊張と期待とが入り交じった様子だった。



「木春、どんな感じ?」

「んっとねー、なんかあったかいものにすっぽりと覆われてて、結構安心感あるよ。お母さんのお腹の中ってこんな感じなのかな。

それに、中は案外静かだよ」

「そう、良かったわ。……にしても、顔だけ出してたら、観光地とかによくある写真パネルみたいで、ちょっと笑える」

「んもー、次は紋ちゃんなんだからね。絶対笑ってやるんだから」

「はいはい」


「いくわよ、木春ちゃん。初心者向けのエントリーモード。およそ5分間だけど、リラックスしてね」

「うんっ」



 背中の扉を元通りに締め、操作盤の前で千花が叫ぶ。



「じゃあ、スタート!」



(ポチッ)



 せん太くんの姿勢がやや補正されたかと思うと、目が左右に動き、ゆっくりと作動しはじめた。

 小高い機械音がせん太くんの声に聞こえなくもなく、生きているかのようだ。



「わぁー、だんだんあったかくなってきた。なんか、いい感じー」



 木春の様子を確認する為、前に回ってきた千花が紋の横で説明を続ける。



「まずはその人の体温に合った最適な室温設定、次にお湯の注入。毛穴を開いたところで全身の洗浄よ。洗浄といってもブラシなんかじゃなくって、適度な水圧と泡、僅かな電流も加えることで、血行の促進も兼ねているの。頭は終盤だけれど、人の身体も傷つけることなく、その人に合った方法を瞬時に読み取って洗ってくれる最高のパートナー。それがせん太くんよ」

「おお、なんかやっぱり想像以上にスゴすぎる……」

「あと、なんといっても全身をくまなく、しかも同時にせめられる感じは……、快感この上ないの……。ハァ」



 話しているうちに息荒く、くねくねと身をもじりだしたお嬢様は自分の世界に入っている。

 本来は別の目的で開発されたのではなかろうか、と呆れ顔で千花を見やり、紋は木春へと視線を戻した。

 彼女も大変幸せそうだ。



「はわゎわ、あうぅう、……ひゃん! うひひひ、きゃはは! ……あぁあぁあぁ、うぅあぁ……」



 時折不可解な反応を見せるが、せん太くんはいい感じらしい。


 せん太くんの目の動きが落ち着くとともに、木春の反応も静かになってきた。

 エントリーモードでの仕上げ段階に入り、これまでとは違う軽めの音へと変化する。



「そろそろ、終了ね。最後は余分な水滴を風圧で飛ばして、保湿液を噴射、これですっぴん綺麗な木春ちゃんの出来上がりよ」



 ぷしゅー、という音と共にせん太くんは機能を停止し、アラームが鳴り響いた。

 後ろに回り込んだ千花が再度扉を開く。

 


「木春ちゃん、お疲れ様。どうだった?」

「はにゃはにゃ、って感じだけど気分爽快。ホントに極楽気分だったよー」



 千花に手を借りながら、せん太くんから這い出ると、木春は満足げに答えた。

 軽くタオルで身体を拭いて、眼鏡を掛けなおす。



「よーし、じゃあ次はわたしね。」

「紋ちゃんも頑張って!」

「分かってるって、任せて」



 木春の時と同様に千花が説明し、紋が入り込むと準備万端となった。

 一通りの流れを把握したので、紋には心に余裕ができているようだ。


 今度は操作盤を外して、せん太くんの正面から千花は操作した。

 紋の顔を見ながら合図する。



「じゃあ、スタート!」



(ポチッ)



 もう一度、規則正しく作動し、せん太くんは真面目に機能しはじめた。



「わぁー、来たきた。……おぉー、いい感じ! はは、ちょっとくすぐったいね!!」



 天然娘の木春とは違って、運動神経も優れている紋は、せん太くんの洗浄パターンを把握できたようだ。

 特に変な声を出すこともなく、心も身体も預けている。

 千花はというと、真面目な表情で操作パネルを確認しながら、目前の様子とを照らし合わせているようだった。



「ふふふ、良かったわー。なるほど、紋ちゃんの場合は設定数値がこうなるのね。……ふんふん」

「紋ちゃん、気持ち良さそう~。……あ、コレってもっと気持ちよくなるのかな」



 操作パネルを覗き込んでいた木春が思わぬ行動に出る。

 純粋に紋へ尽くしたいと思う気持ちと、興味半分の気持ちでポチっとボタンを押してしまったのだ。

 だがしかし、それは禁断の操作だった。



「あっ、ダメよ木春ちゃん! それは『スーパーモード』で、まだ未実験なのよ!!」

「……え?」



 時すでに遅く、せん太くんの眼が怪しく光り、全身唸るような音を発しはじめた。

 不幸にも紋には何が起こったのか知る由もない。



「えっ、なになに? どうしたの、千花?」



 せん太くんの肌の色がピンク色に染まり、各関節の隙間からは湯気が飛び出している。

 高い笛のような『ピュー!』という音が大浴場に鳴り響き、次いで紋の表情が激変した。

 機内で徐々に近づく異様な振動と圧を、肌全体に伝わってくる。



「……ぅ、ふんぎゃぁぁぁぁぁぁ~~!!! ……ぎゃははは! ひゃひは! ……あぶばぶばっ!!」



 千花は呆然と、木春はカタカタと震え出した。

 まるで、地獄と快楽とを交互に体験しているような、リアルな反応が目前で繰り広げられている。

 セーフティドライブから逸脱したせん太くんは容赦なく紋に尽くしていた。

 だがしかし、機体から顔だけ出している紋は息こそできるものの、温水が頭上から流れ出して苦しそうだ。



「ぼぶびばばばばば……、やめてー、ぶびぼ……」

「わー! あたしのせいだよ! 紋ちゃんー!!」



 せん太くんの変貌に心を奪われてはいたが、はっと我に返った千花が冷静に対応する。

 


「大丈夫、こんな時の為に非常停止ボタンがあるのよ」

「そうなんだ~、良かったぁ」



 ある意味、千花と木春はマイペースな似た者同士だった。

 その間も紋の断末魔は響いている。



「良ぶないわァ、ゴルアァ!! あばばば、早くなんどがしなざいっての!!! ……ぶぅぶががが」


「ああっ、紋ちゃん!」

「木春ちゃん、いくわよ。私の言う通りにして!」

「うんっ」


「私は右側、木春ちゃんは左側に、それぞれせん太くんの正面で立つの」

「……立ったよ! 次は?」


「私の合図とともに、せん太くんの胸ポチ(乳首)を同時に押すの。いい? 呼吸が大事なのよ!!」

「分かったよ!」



 こいつら、何をふざけた事を真剣になって段取ってるんだ、と恨めしそうな目で紋は見る。

 頭上から絶え間なく流れ落ちる温水を激しく瞼で感じつつ、何も言うことができないまま固まった。


 水着姿の女子二人は、踏ん張った体勢で人差し指を構える。

 互いに顔を見合わせ、声高々に発した。 



「「いち、にー、の、さん!!」」



((ポチッ))



 小高いモーター音が響き、明らかに何か作用したような反応が見られた。

 これで、せん太くんの勢いと温水の噴出が……と、なんと止まらなかった。

 胸ポチを押した姿勢のまま、二人は固まっている。



「……止まらないね」と、木春。

「うーん、おかしいわね。どうしてかしら」


 

 腕組みをしながら、千花は試案を巡らせる。

 たわわなFカップが両側から寄せ上げられ、魅力満点の谷間を凝視しながら、木春も考えてるフリだけした。

(お風呂に浮いてても、あんな感じなのかな)


 バッテリー式の為、せん太くんには電源がない。誤作動があってはいけないので、操作パネルにも停止ボタンはないようだ。

 それにまだ完成版ではないので、停止ボタンは予備の人間が押せるように離れた箇所に設置されている。

 このように滅多に起こらない事態であれば、停止処理はまだ別にあるはずだった。


 すると割と早く、千花が閃いたようだった。



「わかったわ! 『スーパーモード』だから、普通の停止とは方法が違うのよ!」

「おお、さすが『スーパーモード』だね」


「だとすると、私が知っているのはあと一つ。これで違ったら、せん太くんを破壊してでも紋ちゃんを助けます!」

「わ、わかったよ!」


「じゃあ、もう一度! 木春ちゃん、一緒に後ろに来て!」

「うんっ!」



 千花と木春が駆け足でせん太くんの背後に回る。千花は階段とせん太くんとの継ぎ目部分を外すと、階段を押しのけた。こうして、せん太くんのぷりっとしたお尻が露わになった。



「木春ちゃん、せん太くんのお尻の前に立って、両手を合わせて!」

「……こう?」


「ええ。そして人差し指と中指を立てて、掌全体に力を込めるの!」

「ふんぬぬぬぬぬ!」


「両手は堅くくっつけたまま……そう。そのまま、お尻の割れ目に、斜め上へ挿入して頂戴!!」

「……ふぇ!? えぇ? でもそれって!」


「迷ってるヒマはないの! いい? 勢いが大事よ!!」

「ラ、ラジャー!」


 

 教官の如く、千花はいたって真剣そのものだ。



「早く! 木春ちゃんのその手で紋ちゃんを助け出すのよ!!」

「い、いきまぁーーーーす!!!」



 肩を震わせ、胸を震わせ、木春は叫びながら力いっぱい両腕を、対象目掛けて突き出した。

 やわらかな割れ目の奥で、確かに何か堅いものを押す手ごたえを感じ、脚を踏ん張り前のめりになる。

 


「ごめんなさぁーい!!」



 先ほどとは違う甲高いモーター音が室内で反響し、せん太くんは静かに機能を停止させた。

 千花はガッツポーズをして紋の救出へと向かう。

 木春は肩で息をしながら、床に手をついて使命を果たした事を実感した。 



「……やったよ、紋ちゃん」





 こうしてせん太くんの件が落ち着き、再び平穏な空気が戻った。

 千花と紋は中庭側の窓辺で湯につかり、高く広い天井を眺めている。

 湯気が立ち込め、互いに小さくぶつかり合う湯面は、妙にキラキラして見えた。



「ごめんなさいね、紋ちゃん。大変な目に合わせちゃって」

「あー、……まぁ、こういうこともあるっしょ。千花が気にすることじゃないし、せん太くんが悪いわけでもないし。いつもの木春のおっちょこちょいってことで」



 両手を上に、背伸びをする仕草で紋は答えた。

 不思議と鬱憤は湯で洗い流されたようだ。

 


「私、お父様の娘として会社に全面協力することも大事だけれど、お風呂ってやっぱり脚を伸ばしてくつろぐのが一番ね。普段は一人で入るから、お友達と一緒ってすっごく楽しいもの。ありがとう、紋ちゃん」

「いいって、いいって。色々な事情で、お嬢様ってのも大変なこともあるでしょ。でも確かに、ほーんと、気持ちいいわ」



 伸ばした両足を交互にぱちゃぱちゃと音を立て、紋は目を閉じた。

 千花はとても嬉しそうに微笑んでいる。

 


「紋ちゃん、千花ちゃーん、すっごく楽しいねー」



 何事も無かったかのように、広々とした浴槽で泳ぎ、バシャバシャと遊ぶ木春が手を振る。眼鏡は外しているので、ややずれた方へ向かい、胸を揺らしている様子がどこか可笑しかった。

 彼女の天然っぷりにも困ったものだ、と紋はあきれ顔で笑い、ふと思い出したように腰を上げる。

 そうしてすごい勢いでお湯を掻き分け、木春へと突撃した。



「うらうらうらうらうらぁーー! 仕返しよ、木春!」

「えっ、なに? ……いやー、許してー!」



 両サイドからお湯を掛け、封じ込めた上で両手で木春をお触り攻撃した。

 くすぐり、揉みしだき、相手が崩れ落ちるまで容赦しなかった。

 普段は孤独でだだっ広いだけの空間に、木春の喘ぎ声と紋の楽しそうな声が鳴り響く。

 夏目執事と同様、千花は良い友人に恵まれたことを心から感謝した。



「ふふ、いつ見ても楽しいやり取りだわ。これにも癒される~」


 


 この後、紋と木春はお茶会にて優雅なひと時を過ごし、夕方にはリムジンで街まで送り届けてもらった。

 

 屋敷でのお風呂体験による効果は週が明けても数日は持続し、紋と木春の髪や肌は特別な輝きを放ち続けた。

 そのせいで一部では、恋する乙女の誕生か! という噂さえ飛び交うこととなったが、二人は全力で否定。


 夏休み辺りに予定している、お泊り花火大会をとっておきの楽しみ材料として、それぞれ女子は日常へと戻って行った。

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お嬢様の風呂事情 日結月航路 @kouro-airway

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