神の怒りに任せまつれ

 後日。

 本社城を派手に荒らされた上、ヨドが入手した過去の破壊工作を決定づける証拠や今後の予定表が匿名で見廻組に暴露されたことでイエヤス義体総社は混乱。

 首脳陣総切腹の上、幕府直轄の御庭番集による監査も入るなど当面の間は正常な営業体制に戻れない深刻な被害を被った。

 こうなれば、同業他社にとっては全うに利益を伸ばす好機というもの。

 仮に経営状況を立て直せたとしても、才羽さいはね技術最大手の看板を掲げ続けることは不可能に近い。


「ふふ、いい気味」


 ヨドが頬を吊り上げ、歪な笑みを浮かべて新聞を眺める。

 流石に切腹の瞬間を収めた写真が存在しないことに不満がない訳でもないが、姉の墓へ送る土産話としては充分であろう。

 姉が復讐に身をやつした事実を喜ぶ人間でないことは承知している。が、それでも命を奪った輩が更なる犠牲者の屍を築くことを妨げた、となれば少しは喜んでくれるだろう。

 首肯すると、新聞の奥。同席している黒衣の男へ視線を移す。


「うん、美女の笑顔は心が潤うなぁ」


 そこではサツマが満面の笑みを浮かべて、ヨドの様子を眺めていた。

 彼が明日食う飯にも困る彼女へ提示した報酬。それは逢引であった。

 向かう先は軽食用寿司店、金はサツマ持ち。ただし化粧はともかく火傷痕を隠す衣装や変装は禁止の意図が掴めない代物。

 元より着飾る衣服を多数確保している訳ではないとはいえ、火傷痕をある程度誤魔化す化粧に関しては覚えがあった。サツマの要望さえなければ、今すぐにでも厠へ跳び込んで試供品を中心とした化粧品で覆い隠せるほどに。

 ヨド自身も鏡を一目して卒倒しかけた有様の顔を有難がる姿は、ある意味では血飛沫を上げて戦っている時以上に不気味に映る。

 事実として、道中や店内でも奇異の目が絶えることはない。

 故に率直な疑問として、問いかけたのだ。


「こんな顔の女との逢引あいびきが、そんなに楽しい?」

「こんな顔だからこそ楽しい」

「……」


 即答。

 二の句もなく答えてみせた姿に、ヨドは言葉を失う。


「綺麗な髪に小柄な容姿、そこに綺麗な肌と火傷痕が揃ってる……逢引に命を賭けるならこういう女がいいって昔から思ってたんだよ」

『こんな火傷を負ってまで、俺の下に帰ってきてくれたみたいだなぁ……ヨドミィ』

「……」


 脳裏に蘇るのは苦落くらっく終了直後、浮上する意識の中で鼓膜を揺さぶる言葉。

 サツマが自分を通して別の誰かを見ていることは、ある程度の推測がついた。昔というのは、相手が故人であるが故か。

 そこまでの推測が立つにも関わらず、頬の緩む思いが溢れるのは何故か。

 誰かに重ねてだとしても、誰かに好かれるとは思えない容姿を褒められたためか。

 もしくは、無自覚につり橋効果でサツマへ興味を抱いているためか。

 ヨドにとってはどれも適切で、どれもが誤って思える。


「お待たせしました。ご注文の卵寿司と珈琲です」


 軽食向けの簡素な料理が運ばれ、思い出したようにヨドの腹が鳴る。数日間は慌ただしかった上、奢りで少しでも多く食べるべく、腹を空かせて待ち侘びていたのだ。

 自嘲の笑みを浮かべるが、悪い気がしないのもまた事実。


「本当に、私って安い女」


 呟く言葉には、喜色が滲んでいた。

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才羽者──片袖の男と復讐の少女 幼縁会 @yo_en_kai

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