復讐するは我にあり
闇も深まる丑三つ時。
昨夜とは打って変わった曇り模様に、等間隔に配置された街路灯以外の光は絶無。当然、道行く住民などいようはずもなく、多くは布団の中で夢の国へと旅立っている。
にも関わらず、イエヤス義体総社本社城の正面には一組の男女が立っていた。
「天国で見てて、姉さん……仇は討つよ……」
祈るように、呪うように。
片割れであるヨド・キミは胸元で両手を組んで言祝ぐ。
一週間前に彼女が偶然目撃したもの、それはイエヤス義体総社の人間による他社の
尤も、それだけを根拠に本社へ殴り込みをかける訳もなし。
そも、一週間前の段階では他社製品を用いた偽装工作を兼ねている可能性も否定できなかったのだ。見廻組へ通報するには弱過ぎる。
「しかし、向こうも運がない。何とでも言い訳がつく状態なのに焦って口封じを図ったら、そのせいで報復されんだからな」
横で語るのは黒衣の羽織りを風にはためかせる何でも屋──サツマ・シマトヨ。
彼は本社襲撃を依頼されるに当たって、彼女の抱える事情を一通り耳にしていた。
一週間前の情報が漏れた可能性を恐れたイエヤス義体総社が、ヨドの自宅を特定して火を放ったことも。
しかし幸か不幸か、肝心のヨドは深夜遅くまで残業だったために難を免れたことも。
当時自宅には才羽不適合障害を発症し寝たきりになっていた姉が在宅し、火災に巻き込まれたことも。
姉が才羽不適合障害を発症したのは、強度確保のために金属部品を違法採用した才羽が原因なことも。
全てを聞いていた。だからこそサツマは確認の意味も込め、ヨドへ改めて問いかける。
「一応聞くが、まだ引き返せる。踏み込んじまえば、後は終わるまで引き返せねぇぞ。
それでもいいな?」
「分かってる……引き返す先もない、私には丁度……いい」
麻酔はまだ、投与していない。
痛みも、憎悪も、喪失感も。
彼女の心境を埋め尽くす全てをぶつけて、イエヤス義体総社への報復を果たす。
故にヨドは痛みで言葉に詰まりつつも、肯定の意を返す。
「それに報酬の件も、だぞ?」
「……」
悪戯っぽく笑うサツマに首肯で応じる。
明日食う飯にも困る貧民街出身、賃金以外で済むならば願ったりである。多少の気恥ずかしさが、皮膚の残る左頬を朱に染めるが。
なら良かったと告げ、サツマは快活な笑みを浮かべて悠々と歩を進める。
二十四時間営業の工場ならばいざ知らず、本社勤めともなれば定時帰宅が約束されている。既に無人となった会社に正面玄関から入れる訳もなし。
一跳びで二階へ到達したサツマが鎌式村正を器用に振るい、硝子窓を縁に沿って切り取る。割って音を鳴らす愚を犯すことなく内部へ置くと、続けて自らも滑り込ませて外で待つヨドへ上るための綱を垂らした。
ヨドも侵入を果たすと、続けて二人は巡回する警備型絡繰人形の目を盗んで先を進み、従業員用の電子端末を発見。
「……誰もいない、急げよ」
「勿論」
端的に言葉を交わし、ヨドは端末から直結式端末接続器官──通称
途端に全身を不自然に伸ばしたかと思うと、ヨドは電源が切れたかのように倒れる。顔を廊下にぶつけないようにサツマが支えるも、顔を見る下心があったのは否定できない。
「いい髪色だなぁ、綺麗な肌だなぁ……こんな火傷を負ってまで、俺の下に帰ってきてくれたみたいだなぁ……ヨドミィ」
慈愛の籠った眼差しを注ぎ、慈しむように髪を撫でる。思わず右頬を撫でそうになったが、麻酔も打ってない中では酷というもの。
代替として濡烏の髪に触れるが、貧民街出身とは思えぬきめ細やかな触り心地に胸を打つ。髪は女の命という格言が存在するが、ヨドの髪を見れば如何に真に迫っているのかを理解する。
心地よい肌触りは、唐突に手首を掴まれることで終わりを告げた。
「何、、やってるの……?」
「いやぁ、綺麗な髪だなぁ、と思ってな。ヨド」
「……苦落中は無防備だからって、変な事しないで」
「へいへい」
適当な相槌に不快感を刺激されたヨドであったが、今は些事に注視する状況でもない。
故に苦落で得た情報を共有すべく、話題を切り替える。
「それよりも、やっぱり……一般、従業員用の端末じゃ、目的の情報はなかったわ」
「ま、あからさまな不正だしな。書面に残ってるかだって怪しいだろ」
「いいえ」
サツマの全うな意見に、ヨドは確信に近い声音で反論する。
「企業ってのは、自分達にも制御の効かない……状態を一番恐れるの。だから、企業ぐるみの不正なら、どこかに纏めてるはずなの」
六時間の残業を強要しながら、出社票の一方に本来の退社時間を書き込み、もう片方に四時間は削った退社時間を書き込ませる零細企業務めのヨドだからこそ到達した発想。
個人の暴走でさえなければ、本社のどこかに不正の決定的証拠となる情報へ接続可能な端末が存在するはずのだが。
肝心の在り処に関しては、ヨドも門外漢。
頭を捻った所で答えに辿り着く訳もない。
「いったい、どこに……」
「いや、もう面倒くせぇわ」
「え?」
今の言葉の意味は。
ヨドが問いかけるよりも早く、サツマは乱暴に扉を蹴破ると自身の姿を巡回する絡繰人形へと晒した。
『侵入者、でござる。侵入者、でござる』
「うるせぇよ!」
一閃。
逆袈裟に振るわれた鎌式村正が竹に車輪と刺股を装備した絡繰を斬り倒し、反動を活かした回し蹴りが崩れる上半分を蹴り飛ばす。
音を立てて飛ぶ絡繰の半身が別の絡繰と衝突、不自然な衝撃に警報音を鳴らす。
『侵入者、でござる。侵入者、でござる。二階に侵入者、でござる』
「ハハッ、もっと騒ぎやがれッ!」
「サツマッ!」
静止を訴えるヨドの声も虚しく、地響きを立てて多数の車輪が我先にと目的地へ万進する音が鼓膜のみならず骨肉を揺さぶる。
少女が左半分を中心に顔を蒼白に染めるのとは対照的に、サツマは計画通りと言わんばかりに顔を歪めた。
そして現場に到達した絡繰──の姿を認めた直後に村正の切先で刺突。
更に蹴り込むことで後続の姿勢を崩して、攻勢を強める切欠へと変化させた。
「どうせどこにあるかも分かんねぇんだ。だったら手当たり次第に暴れるのも手だろォッ?!」
瞬く間に敵を切り裂き、引き裂き、寸断するサツマに唖然とする。が、足を止めることができないのは事前に説明されている。
頬を叩き、まだ治る兆候すら見せない右頬から血を流す。
サツマの後を追ってヨドも駆け出した。
やがて警備型の武装もただの刺股から内側に返しのついた刃を搭載した攻性刺股へと変化する。
狂笑を上げるサツマにとっては大差ないものの、禁止兵器に指定されている攻性刺股採用型の存在が暗部の存在を色濃く謳う。
敵に突っ込んでは薙ぎ倒すのを繰り返せば、やがて流れから出所への推測もつく。
強引に扉を蹴破った二人の前に、サツマの体躯程もある端末が立ち並ぶ部屋が歓迎したのもそういう経緯からである。
「ヨド、苦落だ」
「言われる、までもッ」
痛苦に歯を食い縛り、ヨドは意識を失う。
背後には無数の絡繰が待ち構える。残念ながら、髪を撫でる余裕はない。
嘆息が一つ。外気との気温差からサツマの表情を白煙で覆う。
苦落は
景気よく絡繰を破砕し続けるサツマへ差し込む人型の影は、せめて現実の砕くを食い止めんがために。
「今の絡繰人形は人型までいんのか、知らねぇ俺はいつの間にか叔父さんになってた訳だ」
「減らず口を」
十尺近い巨躯に光沢を返す金属部品で全身を固めた異形の男。
鎧武者を軽く凌駕する脅威に、周囲の絡繰人形も思わず平伏の姿勢を取る。
「俺はここに雇われたタダカツ。全身を金属部品に換装した才羽者だ。お前らのように木材を有難がる連中とは違う」
「なんだ、不健康自慢か?
だったら俺は先週三徹したよ」
「よく叩くもんだなッ!」
タダカツが大仰に腕を広げると、内から殺到するは無数の刀槍。
一振り一振りが人体に致命傷を負わせる死の乱舞を前に、サツマが選択したのは迎撃。
大雑把な照準の下に繰り出される、質より数を地で行く攻撃。回避するのは困難でもない。が、それは背後に意識を才羽網へ送っているヨドがいない前提の話。
鼓膜が破れかねない剣戟音の中、少年は背後へ怒鳴る。
「まだ終わんねぇのかッ?!」
「……」
「どうやら、暫く時間がかかるようだな」
無言のヨドに代わり、喜色を見せるタダカツが応答。
歯を食い縛り、サツマは脇をすり抜けた槍には構わず思考を深める。
金属部品を両断する一撃に乱舞を捌き、接近の隙を突く手段。
才羽者とはいえ、十も二十も同時に武器を扱うのは困難を極める。安易に腕を増やした所で、急激に増加した負荷に脳が耐え切れず焼き切れるのが相場というもの。
しかし、眼前で瀑布の如く刀槍を放つタダカツはその基本を無視しているとしか思えない。
「いや、もしや……」
小さく呟き、サツマは身を低く屈めた。
不意に視界から消えた、とはいえ正面に立つタダカツからすればどこにいったのかの検討もつく。
「足元でも抜ける気かぁッ!!!」
前屈みになり射出方向を調整。
その時だった。
「誰が好き好んで見下ろされるか」
「ッ?!」
跳ね上がり、視界をすり抜ける何か。無数に放たれる槍の穂先を足場に加速を得た何かは、急速にタダカツとの距離を詰める。
右腕を振り下ろす力を求めて、大きく背を仰け反らせた状態で。
回避しようにも射出中の刀槍を収納するには時が足りぬ。故に全身の金属部品に防御を一任。
しかし、それは傲慢であった。
「ぶった斬れろ」
「なッ?! に」
渾身の力を以って振り下ろされた刃がタダカツの視界を二つに割り、思考中枢たる脳を破壊。指令を失って統率を喪失した金属部品は大きく仰け反ると、前のめりに倒れる所を無数の刀槍に支えられて沈黙した。
同時にヨドが顔を上げ、接続部を乱暴に引っ張る。
「当たりッ、苦落完りょ……う?」
彼女の視界に広がるは、戦場もかくやな武具の墓場。
砕けた刃に折れた槍、そこら中に舞い散る血飛沫など樹木の栄養にしても過分に過ぎる有様に言葉を失う。
呆然とした彼女が思考を取り戻すのは、サツマが乱暴に声をかけたがために。
「だったら長居は無用だ、引くぞッ!」
「あ、うんッ」
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