最終話 待って待たれて

『いよいよ決勝戦! 激戦を制し勝ち上がってきた二人の選手を紹介致します!』


 魔法で拡声される実況。

 選手として紹介されるのも、もう何度目だろうか。


 入場し、紹介されれば観客席からその都度、申し合わせたように声援が響く。

 純粋に勝負を見たい観客もいれば、賭けの対象として欲望にまみれる者もいる。


 だが思惑は別々にあれど、会場にいる人間そのほとんどに共通するのは、この祭りに熱狂しているという事だ。


 一年に一度の剣術大会、その決勝。

 伝説のチャンピオンたちを超えようと、友と約束し、二人で目指したこの場所。


『まずは東の代表! 今大会も全て上段一撃で勝ち上って来たのは前回、前々回チャンピオン! いよいよ師と並ぶ三連覇は目前! 誰が彼を止めるのか! 二つ名は、彼の師が命名したとされる「空隙」! フェス選手です!』 


 紹介に合わせ手を上げると、観客席から先程以上の声援が降り注ぐ。


 師は俺の剣を『空隙の剣』と称した。

 師から受け継いだ、相手の隙を見極める観察眼。

 そして、父から受け継いだ多彩な攻撃手段。


 上段一つ取っても、俺は様々な角度とタイミング、打ち込み方によって十数種類を使い分けている。


 師と父、それぞれの利点を取り入れ、融合する事で生まれた俺の剣。

 二人がいてこその、その狭間に佇む剣技──それこそが空隙の剣だ。


 父は観客席にいるが、師は俺の大会出場を一度も見ていない。

 毎年『野暮用だ』と言って出掛けてしまう。


 それは恐らく──。


 俺が考え事をしている間に、実況の声は対戦相手の紹介へと移った。


『そして西の代表! 再起不能と言われた負傷を乗り越え、再び決勝の舞台に戻ってきた! こちらの師は、かの伝説のチャンピオン、ギルモア! その甘いマスクと師譲りの華麗な剣技に、女性観客の目と心は釘付けだ! 「貴公子」アルト選手!』


 キャアアアア、と。

 俺の時よりも、黄色い声援がやや目立つ。


 ⋯⋯まあ、これは仕方ない。

 見た目では勝負にならないからな。


 そこは勝ちを譲るとしよう。


「アルトさん! 頑張って!」


 女性陣の声援、その中に聞き覚えのある声が混ざっていた。

 声の主は妹のエリスだ。


 三年前はアルトより、お兄ちゃんを応援してくれるって言ったのに⋯⋯。

 まあ、それも仕方ない。


 エリスはアルトの、厳しいリハビリの日々を共に過ごし、二人の間に育まれた絆はどうやら兄妹の親愛を越えているようだ。


 この大会が終われば二人は結婚するらしい。

 まあ、だからといって祝いとして花を持たせるつもりもないが。


 対戦相手となるアルトに目を向ける。

 アルトはエリスに手を振っていたが、俺の視線を感じたのかこちらを見た。


 あの、病院での約束から二年。

 エリスから状況は聞いていたが、俺自身は久し振りの再会だ。


 一年目はリハビリに費やし、ここ一年は勘を取り戻しながら、更なる高みを目指し、修業漬けの日々だったと聞いている。


 その証拠に今、目の前にいるアルトから感じる雰囲気は、三年前に彼の屋敷で構えを目の当たりにした時よりも、格段の強さを感じさせる。


 何か言おう思った矢先、アルトが先に口を開いた。


「フェス──お待たせ」


 たった一言だが、そこに込められた万感の思いを感じ、俺の胸から熱い物が込み上げてくる。

 俺は首を横に振りながら、言葉を返した。


「いや⋯⋯思ったより、全然早かったよ。──頑張ったな」


 アルトが、何かを我慢するように唇を震わせ、頷く。


 待たせたのは、俺も同じだ。

 一回戦棄権負けをしたあの日も。

 アルトの屋敷で『二人の決勝戦をしよう』と誘われた日も。

 俺はアルトを待たせてしまった。

 彼に追い付こうと、それからの一年間頑張れたのも、アルトが疑いもせず信じ続けてくれたお陰だ。


 師にも、父にも助けられたが、俺は何よりも──コイツに良いところを、強くなった俺を見せたかったんだ。

 がっかりさせたく無かったんだ。


 だからこそ、今、こうして引け目なく向かい合えている。

 正直、もう十分だという思いもあるが──。


『では、両者構え!』


 審判の掛け声に、俺たちは構えた。

 そして、思い直す。


 そうだ。

 俺達の約束は──本番はこれからだ。


『では──始め!』


 試合開始の号令に、まずはアルトが先制してきた。

 俺の株を奪うがごとく、放たれた上段攻撃。

 俺は下がってその一撃を躱し、攻撃によって生じたアルトの隙に、同じく上段を繰り出した。


 俺は攻撃が当たる事を確信する──が。


 ガンッ!


 予想に反し、必中を期した攻撃は、アルトに剣で受けられていた。

 凄まじい速さの引き手で、振り下ろした剣を素早く戻し、防御されたのだ。


 俺の上段が初めて受けられた事に、ショックよりも喜びが勝った。


「やるな、アルト!」


「そっちこそ、フェス。流石だよ!」


 アルトは嬉しそうに笑っていた。

 きっと、俺も笑っているだろう。


 二人の約束が、やっと果たされようとしてるのだから。


『おおーっと! 数々の選手を沈めて来たフェス選手の上段が、初めて受け止められました! さあ試合はこれからです! 勝負の天秤は、どちらに傾くのかぁあああああっ、』


 実況の煽りに、会場はこれまでにない熱狂に包まれていた。











 待って、待たれて、また待って──俺達の決勝戦は始まった。




 ─了─




   ────────────────






最後までお読みくださりありがとうございます。


サイドストーリーは幾つか思いつくのですが(師匠のヤボ用とか)、あまり本編内に組み込むと二人の話がブレるかなと思いこのような形になりました。


その内書くかも知れませんが、まずはこれで完結とさせて頂きます。



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「決勝で会おうぜ!」と約束したのに1回戦で敗退した俺。いつの間にか「真の優勝者はアイツ」みたいな扱いをされてしまう~待って待たれてまた待って~ 長谷川凸蔵@『俺追』コミカライズ連載中 @Totsuzou

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