第16話 約束(※後半アルト視点)
表彰式を終え、イヴァン卿による大会の総括と、王から祝福の言葉を賜り大会は幕を閉じた。
優勝者は王に招かれ、祝勝会が開かれる。
家族も参加する事になるらしい。
それまで少し時間があるので、俺は病院に向かう事にした。
エリスが、負傷したアルトに付き添って会場に居なかったため、迎えに行くためだ。
アルトの怪我の様子も知りたいし。
受付で二人の事を聞くと、どうやらアルトは入院する事になったようだ。
病室にむかっていると、ちょうど妹の姿を見つけた。
エリスも俺に気が付くと──いきなり抱きついてきた。
「お兄ちゃん⋯⋯」
「お、おいエリス⋯⋯」
最初は俺の優勝が嬉しくて、祝福してくれているのかと思ったが、どうやら様子が変だ。
身体を震わせ──泣いている。
「アルトさんが⋯⋯アルトさんが⋯⋯」
何かただならない様子に、俺はエリスの肩を掴んで聞いた。
「落ち着け、アルトがどうした?」
妹はなかなか思う事が言えない様子だったが、それでも振り絞るように俺に告げた。
「アルトさん、もう──剣を扱えないかも知れないの⋯⋯」
──────────────
アルトの病室に入る。
エリスや他の人には、二人にしてもらうようにお願いした。
アルトはベッドに横になっていたが、俺を確認すると起き上がった。
「あ、フェス聞いたよ⋯⋯。優勝おめでとう」
「ああ⋯⋯いや、そのまま横になってろよ」
俺の言葉に、アルトは首を振った。
「大丈夫。左手以外はなんとも無いから」
アルトの言葉に、彼の左腕を見る。
包帯でぐるぐる巻きにされた腕は、外からは様子はわからない。
「そうか、わかった」
曖昧に返事をして、ベッドの横にある椅子に座った。
しばらく何を言おうか黙っていると、アルトから話し出した。
「この左腕の事⋯⋯聞いてる?」
「ああ、何となく、な」
「そう⋯⋯」
エリスの話だと、折れた場所が悪かったらしく、肘の辺りが砕けてしまったとの事だ。
幸い医院長の代理として、治癒魔法のエキスパートが隣国から招聘されていたらしく骨や神経は繋がった。
だが、一度機能を失ってしまうと、治癒魔法で治療してもかなりのリハビリが必要らしい。
長期間のリハビリをして、やっと生活に支障が出ない程度に動かせるようになるのではないか、というのがその医師の見立てだという事だ。
この事は既にアルトも知っているらしい。
「アルト、実はな⋯⋯」
俺は今回の神官長の件について話した。
そして恐らく、去年俺にも同じ薬が使われた事を。
「だから、俺は⋯⋯お前が思っているような理由で、去年棄権したわけじゃないんだ」
「そうだったんだね。でもあんな状態なら仕方無いよ」
「でも、お前は⋯⋯」
棄権しなかったじゃないか、そう言いかけた時に、アルトは先回りするように言葉を続けた。
「僕は体調不良を押してあの舞台に立った。約束があったにせよ、それでも⋯⋯結局僕自身が剣士として未熟だったんだよ」
「⋯⋯」
違う、と言いたかった。
しかし、どう思うかはアルトが決める事だ。
俺が口出しする事じゃない。
俺が押し黙っていると、アルトは更に言葉を続けた。
「フェス、君に謝らないと」
「⋯⋯何を?」
「もう僕は⋯⋯約束を守れないかも知れない」
その顔には申し訳なさと、同じくらい悔しさが滲んでいた。
何て言葉を掛けるべきか。
わからない。
正しい答えなんてきっと無いのかも知れない。
なら、彼のこれからの為になるなら。
少しでもリハビリする上で、奮起する材料になるなら。
俺が一方的に約束を押し付けよう。
昔と同じように。
「アルト」
「ん? 何?」
「俺は、これから師匠を超える。ここから十年は、決勝の舞台に立ち続ける」
「フェスなら、できるかもね」
「ああ、やってみせる。だから──」
これを言ってしまえば、アルトを追い込む事になるかも知れない。
それでも、それが少しでも、彼の希望になるのなら。
「俺はもう見舞いに来ないし、退院してもお前には会わない。俺に会いたかったら──決勝まで上がって来い」
「フェス⋯⋯」
それだけ告げると俺は立ち上がり、病室を出た。
──────────────
フェスが出て行くのと入れ替わるように、彼の妹のエリスが入って来た。
「アルトさん、まだ痛む? これお薬です」
「大丈夫だよ、ありがとう」
「お兄ちゃんは⋯⋯何て?」
処方された薬を飲み、アルトがフェスのとやり取り、その一部始終を話すとエリスは怒り始めた。
「お兄ちゃんったら、また勝手な事⋯⋯私帰ったら叱っておきます!」
「いや、良いんだ⋯⋯でも」
左腕の指先を動かそうとしてみるが、反応が無い。
「とりあえず、アルトさんはゆっくり休養してください。しばらくは無理しちゃだめですからね?」
「うん、ありがとう」
薬が効いて来たのか、眠気が襲ってくる。
「エリスちゃんごめん、ちょっと寝るね」
「はい。私はしばらく側にいます」
エリスがそっと左手に触れてくる。
感覚自体はあるので、そのうち多少は動くようになるのだろうが⋯⋯。
「他の患者さんはいいの?」
「はい、本当は休みなので⋯⋯それとも、ご迷惑ですか?」
「いや、左手に感触があると安心するよ」
「では、このまま握っておきます」
「うん⋯⋯」
それだけ答えると、眠気に抗えず意識が遠のいていく。
しばらくして、夢をみている事に気が付いた。
昔の出来事だ。
貴族の息子として厳しく育てられていた自分は、息抜きの為に屋敷を抜け出した。
そんな自分と遊んでくれたのがフェスだ。
他の子供には少し距離を置かれたが、フェスだけは彼を変に特別扱いせず、友人として接してくれた。
フェスは剣術大会で優勝したいらしく、昔から剣術ごっこをする事が多かった。
最初はあまり興味が無かったが、フェスがあまりにも熱心に語るので、次第に興味を持った。
そんなある日、フェスに提案された。
「なあ、俺とお前で決勝で戦おうぜ」
「えっ、でも僕、身体も弱いし⋯⋯」
「だからだよ。俺と一緒に決勝を目指せば、お前も強くなれるって」
「そうかなぁ⋯⋯」
「よし、決まりな!」
強引に決められてしまった。
それから毎日、二人で稽古する約束をした。
ある日、どうしても屋敷を抜け出せず、そのまま夜になってしまった。
さすがにもうフェスも帰ってしまっただろう、そう思いベッドに入ったが、何か胸騒ぎがした。
バレたらもう出られなくなるのを覚悟で、屋敷を抜け出し、待ち合わせ場所に行くと、フェスは待っていた。
「お、アルトおせーよ」
「ご、ごめん」
「いや、いいよ来てくれたし。でも今日は遅いからこのまま解散な」
それだけ言って帰ろうとするフェスに、アルトは聞いた。
「なんで⋯⋯こんな時間まで待ってたの?」
アルトの疑問に、フェスはうーんと考える素振りを見せてから言った。
「父ちゃんがさ」
「⋯⋯うん?」
「約束ってのは、守ろうとするのが大事なんだってさ。毎日稽古しようって言ったのは俺だから、俺は約束を守らないと」
「⋯⋯明日からは、日が暮れたら待つの禁止。それを約束してくれなかったら、もう稽古しない」
「うん、わかった」
フェスは頷くと、そのまま帰った。
次の日、フェスは来なかった。
代わりにエリスが来て、事情を語った。
フェスは父親に遅くなった事を叱られたが、理由は「約束したから」の一点張りだったらしい。
──アルトを悪者にしないためだろう、という事はすぐにわかった。
どれくらい寝ていたのだろう。
目が覚めると、胸に重みを感じた。
どうやら自分を看病しながら、エリスも眠ってしまったらしい。
寝顔を見ながらふっと笑いが漏れるとともに、異変に気付く。
──彼女の手を握り返している。
指先にしっかりとした感覚がある。
ちょっと力をこめてみると、僅かだが動いた。
その感触のせいか、エリスが目を覚ました。
彼女は今の状況に気が付くと、焦ったように上体を起こした。
「あ、あああ、アルトさんごめんなさい、私、はしたない⋯⋯」
「いや、いいよ」
彼女に笑いかけながら、お願いをした。
「エリスちゃん」
「は、はい」
「これからのリハビリ⋯⋯長くなりそうだけど、付き合ってくれるかい?」
「はい、それは⋯⋯でも、焦っちゃダメですよ」
「焦ったりしないよ。ただ──もう、あまり待たせたくないんだ」
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