第5話 コモディティ・ライセンス

第5話 コモディティ・ライセンス

「今日も成果なしかぁ……。」

 捜査課の自席でうつ伏せになりながらタマキがぼやく。

 あれから1週間、タマキはオートマトン失踪について捜査を続けたが、特に進展はなかった。

 もっとも全体としては進展が無かったわけではなく、単純に北署管内には逃走者の潜伏先や関係者、関連施設が無かったという事であった。

 世間なれした捜査官なら、自身の管轄に面倒事が無かったと安堵するところであるが、若くまた関連する事件に関わったタマキとしては納得のいかない状況である。

 だからといってオフィスここで愚痴を言っても何も始まらないのだが、伊坂重工業連合から新しい装備品が来ると聞いて、一目散に北署へ戻ってきたのに以外の目的が果たせなかった事が納得できていなかった。


 タマキにとって装備品が届けば、また本格的な捜査に出られるという期待感と、サヤカに会えるという喜びから急いだのであった。

 しかし装備部へ行ってみれば、そこには伊坂メーカーから送られてきた荷物だけがあった。

 監査官立ち会いのもと梱包(と言っても厳重なロックであるが)を解くと中には、パワーアシストウェアが8着と多重ロックが施されたアタッシュケース。

 さらにアタッシュケースを開くと中には小型電磁加速砲が一機収められていた。

 Hデンジャーとほぼ同じデザインであるが、銃身はこれまでの細見のシルバーメタルのチタンカバーではなく、つや消し黒マットブラックのカーボンカバーに変更されており、そのカバーも以前より一回り大きい。

 タマキは監査官に目で合図を送り、監査官も無言で肯く。

 アタッシュケースの中からタマキは電磁砲を持ち上げる。

 ズシリとした感触が腕に伝わる。見た目どおりHデンジャーに比べると重量が増してる。

 もともと命中精度に難のあった電磁砲で、これは遠距離での銃撃が難しいなと考えたが、タマキはあまり遠距離射撃を行ってない。

 いざとなれば弾道補整システムを使用しての狙撃を行うので、命中精度の問題もさほど影響ないだろう。

 一通りのチェックを行い問題ない事を伝えると監査官はタブレット上に映し出されている書類にチェックを入れ、部屋を後にする。

 タマキは電磁砲をケースにしまうと部屋の隅にある小窓を開く。

 隣接した装備管理室内で作業をしていた馴染みの職員が窓から顔をみせる。

「チェック終わったか?」

 古株の整備員である彼は、誰に対してもフランクであり、タマキはもちろん高野や滝に対しても態度は変わらない。

 そんな彼の気安い掛け声もタマキをおもんばかってのことだったが、今日は逆効果だった。

 ムッとした表情のタマキはケースをぞんざいに窓の中へ押し込むと、これから身につける分を除く7着のウェアを投げるように整備員に渡した。

 普段のタマキからは想像できない行動に驚いた整備員だが、気を取り直しケースの中身をチェックする。

 その姿に目もくれず去ろうとするタマキに、整備員が声をかけた。

「なんだか知らんが、気が立ってるかもしれないが、物に当たっても解決せんぞ。」

 その一言にタマキは足を止め、整備員の方に向き直り、睨みつけようとした。

 そんなタマキの目に飛び込んできたのは、整備員が持っている1つの封筒。

 そこには「静流タマキ様」と書かれている。

「ケースの中にあったぜ? 確認がおざなりだ。」

 ニヤリと笑いそう言いながら、タマキに封筒を差し出す整備員。

「あっ、ありがとうございます……。」

 半ばむしり取る様に受け取ったタマキは消え去りそうな声で礼を伝える。

 それは自分の不注意を恥じてなのか、封筒の中身が気になりそちらに意識が持っていかれていたのか、整備員は分からなかった。


 デスクまで戻ったタマキは封筒を前にボヤいていた。中身は気になるが仮にも職務中である。

 開いていいのか迷っているのを隠すため、捜査の進展が無いことを独り言としてつぶやいていたのだ。

 そんな悶々とした気分でいると、オフィスのドアが開く音がする。

 タマキが何気なくそちらを向くと、いつもの様に制服姿の高野が疲れた雰囲気で入ってきた。

 背中をやや丸め乱雑に制帽を取りながら歩く課長は、さながら制服を着たゾンビの様にも見える。

 そして、扉からもう一人の気配がある。

「高野。おまえ課長なんだから、もう少し威厳のある態度をだな……。」

 申し訳程度に整えていた髪を左手でかきむしりながら主任の滝が後に続いて部屋に入ってくる。

 いつもの仏頂面だか、三角巾で釣られた右腕がまだ傷が完治していないことをうかがわせる。

「また警視庁ホンチョーと会議で?」

 奥の仕切りから市村が顔を出し、ちゃかし気味に二人に話しかける。

「方針会議だったら、ま〜だ良かったんだけどねぇ。」

 高野がまるで徹夜あけの様な、ドロリと濁った眼を市村に向ける。

「うげっ」

 市村は思わず顔を背ける。

「ちょっと、りゅーくん!! うげって何よ? 仮にも嫁入り前の娘に向かって!!」

 思わず声を荒げる高野だが、威厳も何も感じさせないその言動はむしろコミカルである。

(嫁入り前の娘を気取るなら、こんな切った張ったの世界にいるなよ……。)

 あさっての方向を向きつつ、市村は心のなかで毒づく。

 市村は真っ当な警官かと言われれば、全員即答で否定する。

 彼を端的に表すならば、悪戯好きでギークの

 以前は電脳犯罪者であったが、滝たちに逮捕された際に、司法取引としてPPOでの業務を行うことで減刑となっていた。

 もっともPPOに入ってからは、電脳捜査官という職が合っていたのか、めざましい成果を上げている。

 だが先ほどのように普段はからかう様な言動が目立つので、捜査課のメンツ以外からは誤解も多い。

「取りあえず、メンバーに報告があるだろ。」

 高野と市村の漫才を横目に、自席へと腰を落ち着けた滝が高野に促す。

「ああっ、そうでした。」

 思わず昔のように後輩として返事をしてしまう高野だが、これでスイッチが入ったのか、それまでのフザケた雰囲気は消え、捜査課々長 高野レイコとしての顔となっていた。

「政府は先週の篭城事件を含め、一連のオートマトンによるについて、ある種の思想に基づいた連続テロ事件として公表することを決めたわ。」

 タマキと市村はやはりといった顔で話を聞く。

 もともと労働争議とすることに無理があったのは、百も承知だった。

 二人にとってはようやく本格的に捜査に踏み込めるとやる気が湧く気持ちであった。

 ただタマキには別の不安もあった。

 いまここにいない友達バディのこと。

「まだ話は終わってないわ。」

 タマキたちの様子を見ていた高野が声をかける。

 そう本題はここからだ。

「事件化することで当然ながら、オートマトンの扱いについて慎重になるわ。」

 それはもっともなことだと、無言で首を立てにふる市村。

「さっそく国会では与野党の超党派議員が、連名でオートマトンの稼働制限と人格権法の一時停止を主体とする臨時法案を提出する準備に入ったそうよ。」

 ここまで聞いてタマキと市村は驚いた。

 オートマトンの稼働制限は想定していた。

 すでにオートマトンなしで国内の社会は回らない様になっているが、先のサヤカ誘拐の犯人のように「オートマトンによって仕事を奪われたし、今後も奪われ続ける。」と考える人々は決して少なくはない。

 彼らに後押しされている政治家はそれなりにいる以上、この様な事態で稼働制限が取り沙汰されることはよくある。

 しかし人格権まで踏み込むと、それは別の次元の話だ。

 人格権に関する諸法律を停止すれば、オートマトンの権利全般を凍結することは可能だ。

 しかし、同時に人格権の運用を前提とする制度にも影響がでる。

 例えば『コモディティ・ライセンス』。

 つまりに関する、諸々の制度も人格権で保護された権利を社会活動に活用するために作られたモノであり、人格権が停止してしまえば、価値を証明するための根拠を失い制度としての運用が法律的に不可能となってしまう。

 人格権停止を求める団体は、代わりとして旧人権法案の復活を提示しているが、こちらではコモディティ・ライセンスの代用としては運用上の問題が多々ある。

 身近な例を上げれば、未成年であるタマキやサヤカ、元犯罪者の市村、彼らがPPOにて仕事に従事できるのは、それぞれの能力をコモディティ・ライセンスが保証しているからである。

 これが、個人の能力に言及しない旧法案では、いかようにも解釈できるが、彼らが司法執行者警官として活動を許可できる決定的な証明とはならない。

 それは裁定者の考え一つで状況が変わってしまうため、不確定要素を持つ人間が排除されてしまう結果となってしまう。

 それだけに関わらず、現在の社会は多くの場合においてコモディティ・ライセンスが許可証の代わりとなっているため、これを停止するということは資格の再取得が必要となる自動車の運転などが一切行えなくなってしまうのだ。

 そこまで考えればミクロ、マクロ問わずに経済的な打撃は計り知れない。

 ゆえに人格権法の取り扱いは、慎重に期されていたのであるが、一連の事件によりその為の枷の一つが壊れてしまったのだ。

 それは湖面に落ちる雨粒にも似ている。一つ一つの雨は小さな波紋を作る程度だが、無数の雨が湖面に落ちる事で湖全体が波紋で覆われる。

 それと同じように一つ一つの事件自体は、世論に影響を与える程ではない。

 だがそれらが関連付けされることで為政者の不安をあおり、法律の停止まで検討される自体となっているのだ。

「仮にだけど、ライセンスが停止された場合どうする?」

 市村が真面目な顔で質問する。

「りゅーくん達は制限解除まで職務停止になるわね。」

 高野の返答は当然の内容であった。

 もちろん市村もそのことは承知している。聞きたいのはその先であるが、高野としても場合が場合なだけに回答を慎重に選んでいた。

 それ以上、踏み込んだ事を言わない課長に、市村は荒々しく立ち上がり詰め寄ろうとしたその時、オフィスのドアが開く。

「いや〜、スマンね〜、遅れちゃって。」

 場違いな脳天気な発言をしながら、オフィスへ入ってきたのは佐藤であった。

 いつもの様にニコニコしながら大きな腹を揺らし、額の汗を拭きながら入ってくる姿に市村は毒気を抜かれ、席に座るしかなかった。

「しかし」難儀しながら自席に座りつつ佐藤が課長に話しかける。

「人格権、いやコモディティ・ライセンスが停止されると、我々にとっても市村君やタマキちゃんの問題だけでは済みませんよ。」

 笑顔の中に収まる細い目の奥に鋭い光を宿らせながら佐藤が話す。

「課長や我々は元警官だから忘れがちですが、PPOの職員、特に捜査官はの証明、世間の言う『猟犬の証明ライセンス・ハウンド』ってヤツが必要なんですよ。」

 そこまで言われ、高野も気がつく。

 民間人である彼らが警察権を行使できるのは、企業としての契約以上に彼らが個別に『捜査適正』を証明されているからである。

 その根拠たるコモディティ・ライセンスが停止されてしまえば、いくら元警官であっても事件捜査は違法行為となる。

 もちろん何かしらの救済措置はあり得るが、それを待っていては事態の進展を傍観するだけと同じである。

「明日、臨時国会が招集され人格権についての話し合いが始まる。」

 滝が端末から国政情報を確認し告げる。

「期間は5日間。法案を廃案にするなら、この間に一連の事件の裏にいる首謀者を逮捕して、オートマトン全体の問題ではないことを証明する必要がある。」

 まだ相手の全容も分からない中で期限付きの捜査。その難易度の高さに推測を述べていた滝の表情も普段に増して厳しくなる。

 皆が難しい顔をしている中、佐藤は笑顔を崩していないことにタマキは気がついた。

「サトさん。もしかして、なにか秘策でもある?」

 タマキは佐藤をいぶかしげに見ながら尋ねる。

 周りが悩んでいる時、自分に案が有ってもすぐに出さないのは佐藤の癖である。

 本人の言うところ、「後輩育成のため、いきなり正解を言うのはいかがなものかと。」との事だったが状況が状況ゆえ、タマキは直接尋ねたのであった。

「さすがに僕も主犯に心当たりが有る訳では無いがね。」

 問われた佐藤はもったぃつけるかのような言い回しで話し始める。

警視庁本庁から打診があってね、参考人の身柄を北署捜査課ウチで預かることになったんだよ。」

 参考人という事は、警視庁側も喉から手が出る程欲しいものであろう。

 それを民間警察機構PPOの、しかも1営業所の末端に過ぎない捜査課に身柄が渡るという前代未聞の事態を事もなげに話す佐藤に一同は驚愕した。

「さっ、さとさん〜……。そんな重要なことをわたし抜きで決めてこないでよ……。」

 机に突っ伏しながら、高野が弱々しい声で抗議する。

 そんな事をされては課長として立つ瀬もない。

 抗議を受けた佐藤は、少しおどけたように両手を振りながら否定する。

「イヤイヤ、これは僕が決めてきた事じゃないよ。」

 では誰が決めたと全員が疑問に思う。

「司法取引だよ。捜査に協力するけどそれはウチとやりたいってね。それを僕は警視庁で総監から聞かされたんだ。」

 なにか引っかかるトコロがあるが、佐藤の話は仕入先など不可解な点が有るのはいつもの事だが、情報自体は正確なため捜査課では暗黙の了解として、深くは追求しないでいた。

「それじゃ、入って下さい。」

 周りの雰囲気を気にせず佐藤はドアの方に向かって声をかけた。

 どうやら協力者は既に来ており、紹介されるのを待っていたようだ。

 ドアが開き、協力者が入ってくる。

 その姿にタマキは驚きの表情を見せる。

 以前会ったときより高級なスーツに身を包んでいるが、勝気そうな顔立ちは忘れない。

「石動シズカ!?」

 思わず相手の名前が口をついて出た。

事件ケース45835扶桑運送人質篭城事件』の犯人グループの一人でオートマトン。

 タマキの銃撃を胸に受けて重傷となった女性である。

 その彼女が北署捜査課のオフィスに立っているのだ。

 驚愕の表情のタマキに対しシズカは、不敵な笑みを浮かべウィンクを投げる。

「さっ、サトさん? なんでこの人がここに? イヤ、協力者なのは分かるんだけど、なんで彼女が??」

 佐藤に向かいタマキはまくしたてる。

 その勢いに押されるかのように少し背をのけぞらせながら、タマキを落ち着かせようと手をふる佐藤。

「お久しぶり。って言うにはそんなに日が立ってないかしら。」

 そんなタマキに後ろからシズカが声をかける。

 その表情はなにか楽しそうである。

「わたしが協力者なのは間違いないわ。でも条件について正確に伝えないとアンフェアよ?」

 笑顔を見せつつシズカは佐藤に話しかける。

 佐藤は冗談がバレた子供のように、困ったような笑みを浮かべながら、自らの頭皮を平手で軽く叩いた。

「そうだねぇ。これは説明不足だった。」

 さらにはぐらかそうとする佐藤だが、シズカの追求は止まらない。

「あなた達に保護してもらわないと、それこそわたしの生命に関わるのよ?」

 笑顔の奥に凄みを利かせ、詰め寄るシズカに諦めたようなため息をつく佐藤。

「彼女、石動シズカさんは先のケース45835における主犯に近い人物だ。しかし、先週の伊坂研究所爆破事件の際には現場に取り残されていた。これは彼女が厳重に隔離されていたのもあるが、それは久我ヨシトも同様だ、しかし久我は現在、消息不明になっている。」

 佐藤が一息入れるため区切る。

「見切られたってことか……。」

 滝が推測を被せてくる。しかしそれにシズカは冷静に訂正を入れてきた。

「半分正解。でも本質はわたしの正体がバレたってとこのよ。」

「正体?」佐藤を除く捜査課の一同が疑問を口にする。

「わたしの本当の所属は株式会社伊坂重工業連合 経理部査察課。」

 その一言に滝がギロリとシズカを睨む。

「悪名高い伊坂の産業スパイ集団か。」

「世間、まぁ裏社会でだけど、そう言われることもあるわね。」

 普通の人間なら縮みあがる程の鋭い視線を受けながらも、サヤカは平然と微笑みながら話を続ける。

「もっとも、わたしの受け持ちは防諜カウンター・スパイ。伊坂の企業情報を外部に持ち出す、もしくは不正利用しようとする奴らの排除が仕事よ。」

「ならケース45835のグループにいたのは内偵ってことね?」

 市村が少しニヤけた表情で発言する。

 かつては電界犯罪集団クラッカーズに身をおいていた彼にとっては、障害でありながら半ば伝説と化している組織の者が目の前にいるのだ。

 恨みと羨望が入り混じった感情の湧き上がりを感じ、思わず自嘲の笑いが込み上げていたのだ。

 それは、自ら切り捨てたと思っていた青臭さ。

 滝らに拘束され、PPOに入る以外に逮捕されないための選択が無くなって以来、感じてなかったものだった。

 そんな自己の葛藤に苦笑する市村をあえて無視し、話し合いは続く。

「内偵は正解。でも結果、あなた達の介入で失敗したけど。」

 シズカは淡々と話す。

「介入って、ケース45835あの事件は正規の通報があったから現場へ急行したのよ?」

 高野が反論気味に話す。

 あの日は緊急通報があり、警視庁側で対応に時間がかかると判断されたため、PPOは所轄の北署に事件解決の指示を出したのであった。

「あなた達から見たら確かにそう。でも現場を見たらわかるでしょ。セキュリティの切られれていた雑居ビルとは言え人質は1人。誰が通報したの?」

 両腕を胸の前で組み、右手の人差し指を顎に当てる仕草をしながら周囲を流し見するシズカ。

 その視線は挑発的であり、口元には妖艶な笑みが浮かぶ。

「オイオイ。俺たちを試す気か?」

 苛立たしく滝が答える。

 保護を求めていながら、能力を試す姿勢が気に食わないが、憮然としつつも回答する。

「普通に考えるなら、人質だった伊坂サヤカだな。」

「そう、彼女なら能力を行えば可能ね。」

 シズカが模範解答を得た教師の様にうなずいた時、「多分違うね。」と横から反論が出る。

 全員の視線が声の主に集まる。それはタマキであった。

 タマキは他人に目も向けず、メモ用紙に書き込みながら答えていた。

「あのビルは壁材に電波吸収素子が埋め込まれた電波暗室だった。だから所定の有線接続端末を使用しないと通常の通信はできないはず。そうでなければ、わたしが外部と積極的に通信できていた。」

 メモにはこれまでの話の要約が書かれている。

 彼女なりに状況を整理しており、それを行いながら別の話題に口を挟む。

 普段ならそんな事はしないだろう。

 だが、今はそうしないといけないと感じた。

 理由は分からないけど。

「外部と通信しなかったのはいつもの事だろ?」

 混ぜ返すように市村がチャチャをいれる。

「話が本筋からズレているな。」

 滝が市村をにらみつける。

 慌てて口をふさぐジェスチャーをする市村。

 反省はしていないが、取りあえずは黙るだろう。

「わたしはそのところが気になるけど、まあ続けましょうか。」

 シズカが再び話を進める。

 シズカ(と伊坂重工)の考えとしては、あの事件をある程度は成功させ、さらに相手組織の中枢に踏み込むつもりであった。

 だが、事件はタマキに鎮圧され失敗。

 シズカも一時的に警察拘束され、身分が割れる結果となった以上、任務継続が不可能となったのだ。

「面の割れたスパイなんて悲惨なものよ。それまでの敵だけでなく、身内からも狙われる。だから、わたしは司法取引をして、あなた達に保護を求めたのよ。」

 一通り司法取引の経緯について話したシズカは手近なイスへと腰をおろした。

「取引内容は彼女の知る限りの組織の概要と、伊坂の裏工作ブラック・オプについての情報だ。」

 佐藤がシズカの話を引き継ぎ、取引について説明する。

 組織については取引として分かるが、伊坂の裏工作情報となると、それはPPOにとっては得難い情報だが、彼女自身の安全上大丈夫なのか疑問がある。

 その雰囲気を察したシズカが再び口をひらく。

「裏工作と言っても、わたしは防諜が担当だから、大した情報は持っていない。でもそんな存在がPPOにいるとなると伊坂も迂闊に動けなくなるわ。」

 身柄の保護とはそういうことかと納得したがらも、高野は別の疑問が浮かぶ。

「対伊坂としては理解できたわ。でも『』ならもっと事件に関連する情報の提供があるんじゃないかしら?」

 高野の問に、滝と市村が首を縦に振り追随する。

「確かにそうね。これだけなら『』を依頼してるだけですもの。」

 そう言うとシズカが一呼吸置く。何かを決心するかのような間。

 そして再び口をひらく。

「犯行グループの次の目標を知っているわ。それが彼らの最終目標。」

 静かに語る石動シズカに、部屋にいる全員が固唾をのむ。それはタマキもだった。

「彼らの最終目的は伊坂重工業連合本社。そこに保管されているAIアーキタイプよ。」

 この件については佐藤も知らされていなかったらしく、彼も他のメンバー同様に驚愕の表情を浮かべてる。

「一連の騒ぎもその為の陽動ね。オートマトンが騒ぎを起こすことで、世間が敏感に反応する。」

 両手を組み、目を伏せながら話すシズカ。

 その一語一句を聞き逃さないと食い入る様になる面々。

「そうすればAIの管理を一企業に任せることに疑問が生まれる。政府が管理したほうがいいだろうってね。」

 オートマトンを含む各種機器に積まれている稼働中のAIは10数年前に伊坂重工業が開発した物が原型となっている。

 従来のAIとは全く異なる論理演算により稼働するそれは、ビッグデータから情報を取捨選択するものではなく、限りなくと言える演算結果をもとに行動するタイプであった。

 故に育成の手間や、AIの反乱とも言える行動の危険が指摘されたが、伊坂は原型アーキタイプから必要な部分のみをコピーすることで自然な振る舞いをさせつつ、機能を限定することで問題を解決していた。

 しかし、今回は正にAIの反乱の様なオートマトンによるテロ事件が続発したことで、昨日限定化を行ったにも関わらず安全が疑われているのだ。

 そうとなると私企業である伊坂が独占している原型を、政府の管理下に置こうという動きが出てくるのも自然な流れであろう。

「彼らの狙いは伊坂が政府に情報開示するタイミングで、原型を奪い取ることと予想されるわ。」

 シズカは調査で得た情報は伝え終わったと、近くのイスに腰を下ろす。

「犯行グループの目的予想は分かったけど……、正直なところ、そこまでして手に入れる必要のあるものなの?」

 高野が素直な感想を口にする。

 彼らが原型を奪取する理由がピンとこないからだ。

あなた達ニンゲンにはわからないかもね……。」

 シズカがどこか遠くを見る様に答える。

 その声には、どこか羨望の色がうかがえる。

オートマトンわたし達の人格って、多かれ少なかれ原型の一部を複写して作られているの。だから、みんな一様に自分の中に足りないものがあるって感じてるのよ。」

 ぽつぽつと話し始めるシズカは、仕事ではなく自分の心情を吐露する様である。

思考こころの中にぽっかりと空いた穴。と言い換えてもいいかも。」

 抽象的な表現にどのように回答すればいいか分からず、一同が沈黙する。

「わたし達は常に心の欠損を意識して生きているわ。中にはそれに耐えられない者も当然いる。今回はそこに実行力のある首謀者と、求心力の高い久我が手を組んだために起きたテロと言えるわね。」

「となると最優先確保対象は首謀者だが、先日から行方不明の久我も優先対象か。」

 一通り話を聞いた滝は何かを考えながら、捕捉目標について口にする。

 あえて口にすることで、情報を整理しているのだ。

「でも分からないわね。相手の目的が予想できるのに政府も伊坂も予定を変えないのは何故かしら?」

 高野が全員に問うように話す。

 誰かが答えを知っていると思っての発見ではなく、全員に周囲の動向を推察させるための問いである。

「政府というか政治家たちは、今回の件を軽く見ている様ですな。」

 佐藤が答える。

 内容は誰にも予想できる物であったが、事情通である彼はそこから先を続ける。

「今、国会の主流派である例の議員連は、仮に原型を奪われても、人格権を止めればより大きな騒動には至らない、と考えているようでしてね。」

 確かに人格権が停止すればオートマトンは法的な権利を失うため、あらゆる社会的行動の権利を失うことになる。

 そうなれば、いかに強力な力を手に入れても身動きもままならなないので、早晩にもテロリスト達は音を上げるであろう。

 その議員連の考えは立法者としては正しい考えではある。

 続いてシズカが伊坂の現状について答える。

「伊坂は本社の敷地が完全独立型環境都市アーコロジー設計である事から、襲撃が現実となった場合は外部との接触を遮断する準備をしいるわ。」

 アーコロジーとは一つの建築物だけで独立した環境を生成するシステムのことであり、元は地球外の惑星への移住を行うために研究されていたものである。

 しかし、『汎地球内戦』以降、宇宙開発は停滞しており、アーコロジーについての技術は一部の大企業や政府により、自らを守る砦としての組織中枢施設の建築に用いられるようになっていた。

 この国では国土における平地の比率の少なさから、アーコロジー建築に必要な大規模な新規土地確保が難しく、また先の戦争の影響が少なかったこともあり、アーコロジーを所持しているのは伊坂重工業くらいであった。

 そこで伊坂の経営層は、いざとなれば本社を完全閉鎖し賊の侵入を防ごうという考えである。

「なるほどな。しかし政府と伊坂、各々の対策は進めているが、決定打がないんじゃないのか?」

 話を聞いた滝の率直な感想だった。

 権利剥奪による『社会からの締め出し』と、無尽蔵とも言える豊富な資産を使った『篭城』。

 それぞれ強力な手段では有るが、それだけでは敵対勢力の壊滅は難しい。

 もちろん伊坂は経理部査察課手持ちの駒を投入し裏工作で壊滅に追い込む算段であろう。

 ては政府側はいかなる手を考えているのか?

「極論としては、政府の考えはらしい。」

 おもむろに佐藤が口をひらく。

「議員連は政局で動いており、根本の問題解決についてはさほど気にしてない。内閣や官僚も伊坂に初動捜査を散々邪魔された事から介入には消極的だ。」

 佐藤の表情が珍しく非難の色に歪む。

「じゃあ、オレ達はどうするんです?」

 両手を上に向け首を傾げながら市村が疑問を口にする。

「警察庁から具体的な指示は出てないわ。つまり、通常シフト内で警戒を続ける。」

 高野もどこか呆れたような口調で突き放すように答える。

「でも……。」明後日の方を見ていた高野は、さらに言葉を続けた。

PPOうちは、警察庁や政府の直轄でも、ましてや伊坂の下請けでもない。」

 そう言いながら、捜査課のメンバーの顔を見回す。

 皆、次の言葉は分かっている。だがが無ければ動けないのだ。

民間警察機構PPOは半民半官の警察業務代行企業よ。その業務には緊急時の独自行動も含まれているわ。」

 厳かに話を続ける。そして決定的な言葉が解き放たれた。

「現状を前代未聞の緊急事態と判断し、新都北営業所新都北署捜査課はこれより独自捜査及び、テロリストグループ鎮圧のための行動を開始します。捜査官は権限を最大限活用し5日後の臨時国会最終日までに犯人を検挙し事態を鎮圧してください。」

 そこまで言うとおもむろに立ち上がる高野。

「総員。己の存在価値コモディティ・ライセンスを証明し職務に励んでほしい。」

 言葉の最後に右手を上げ、敬礼をする。

 それに対し捜査官たちは、全員立ち上がり敬礼を返した。

「……。やっぱクセ抜けないわね……。」

「レイコちゃん……。締まらないよ……。」

 いつもの様に思い出しボヤく高野に対して、思わず素でツッコミを入れたタマキだった。

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コモディティ・ライセンス【プロトタイプ】 サイノメ @DICE-ROLL

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