小話 第10話普遍的一般的常識的疎外

 ボクおかしくなったのかな。

 なんで。

 人を殺しても、なんとも思ってないからだよ。ビーさんを殺した時も、英雄の女の人が死ぬときも、戦争で人が死んでいってもなんていうか。

 なんていうか?

 なんていうか、どうでも良かったっていうか、自分の能力のことに夢中で、かわいそうだと思えなかったんだ。

 ふーん。

 テツは人を殺したことがあるんでしょ?

 ああ。

 どんな気持ちだった?

 そうだな、お前と同じかな。殺したあとには、特に何も起きなかった。

 何も思わなかったってこと?

 いや、殺すときは心臓がバクバクして、緊張と不安でいっぱいだった。でも殺した後は、爽快感も不快感も後悔も希望もなかった。

 なんで殺したの?

 誰も俺に興味がないんだ。だから殺したっていいかなと思って。

 恨みがあったの?

 んー、八つ当たり、だな。それでも気持ちは晴れなかった。

 ボク狂ったのかな。

 自分では狂ったと思うか?

 うん、少しずつ狂ってきてる気がする。

 それがお前の正常かもしれないだろ?他人の正常と自分の正常をどうやって比べる、そもそも比べる必要があるのか?お前は自分の感情が揺れ動かないことに意味を見い出そうとしてるが、その必要は無い。それがお前の感情で、それがお前の正常だからだ。

 難しいけど、そのままでいいって事?イカれたままでいい?

 罪悪感があろうと快感があろうとなんとも思わなかろうと全部同じだ。お前が何を感じようが、他人から見ればイカれた犯罪者で終わり。それ以上興味を持たないし、時間が経てばその辺にいる善人と同じように見られる。

 忘れられるってこと?

 いや、端っから誰もお前を見ちゃいない。お前の心がどうなろうが、お前が人を殺そうが、顔のない人間でしかない。だから、おかしくなったとかイカれたとか気にしなくていい。

 よくわからないよ。

 お前は俺と同じでひとりだ。誰に気を使う必要がある。お前の妹を助けたやつはいるか?社会が救ったか?妹の敵討ちを手伝ったやつは?この会社と俺だけだろ。お前がイカれてようがおかしかろうが、お前と俺は一つだ。そしてお前がイカレても俺は気にしないし、お前はイカレてない。

 うん。

 この会社が間違った倫理観を気にすると思うか?

 たぶん気にしないよね。

 ああ。むしろ、今ある倫理やら道徳が間違ってるって雰囲気だ。だから、イカれていいしおかしくていい。世間のために、まともでいようとするな。そのまともは、お前を助けちゃくれなかったんだ。

 そうだね。でも、ちょっとだけ安心したんだ。

 何に。

 これからもルカのために人を痛めつける。そして、奴隷に売った奴ら、奴隷商人、奴隷として買った奴は絶対に殺す。

 それがいい。

 その度に落ち込んでたら続けられないだろうなと思ってたんだ。でも、ボクって意外とタフなんだなって安心したんだ。

 うん。

 だから、これからも頑張るよ。

 ああ、力を貸すよ、相棒。

 ありがとう。






 反射する光は、そこかしこに備えつけられた松明のもの。漆黒の世界では「王」の魔法光か松明に点けられた「王」たちの火だけが頼りである。

 12の「王」と魔王それぞれの居城は序列によって決められている。魔王は魔界中央にある魔王城を居城とする。そしてそれ以外の魔界全域は12の「王」が序列順に範囲と場所を選べる。容赦のない「王」は広大な面積を選択するが、それは愚であると歴史が物語っている。よって、魔界は12の「王」が争いをせずに済む程度に分割できている。

 唯一、第12位階の「王」以外は、納得している。


 第9位階領王城の前にできた穴には、階段が設えてあり、中から灯りが溢れていた。

 四足の獣は警戒の色すら見せずその階段を静かに降りていく。随分と長い階段の先はひと際明るくなっており、ぼんやりと影が揺れている。その正体は2匹の魔物だった。膝を付き客人を待ち構えていたのだ。


「ヨウコソ、ウァレフォル、サマ」


 尖った嘴を下に向け、老婆の髪の毛を、乱雑に植えたような頭で叩頭した魔物たち。骨格が浮き出るほど皮は薄く、紫色の体表は水分を失いしわだらけ。小さな前足を腹の前で重ね最大限の礼を表した。

 獣は軽い頷きで返すと、2匹の魔物の後を着いていく。太い鉤爪がカチカチと音を立て、骨ばった薄い羽根を時折ひくつかせながら、松明が煌々と照らす黒石の道を行く。何層にも折り重なった薄い岩盤を歩く度に、音を立てて地面がひび割れ、細かな破片となる。ひたすら岩盤の上を進むと、ある場所から滑かな光沢のある敷石に変わり、奥には小さい城があった。

 目指すべき城までの道は、魔法光で照らされている。重みにも耐えられる滑らかな黒石が光を反射するが、その先、魔法光を反射しない漆黒は、奈落への片道切符であると示してくれている。黒石の橋を進み切ると、1人の悪魔が降ってきた。強烈な振動に臆したのか、鳥型の魔物たちは羽を広げ、来訪者を置き去りに何処かへと飛んでいってしまった。

 小さな王城と来訪者の間に立つ悪魔。腰には剣を携え、縦長の瞳孔で四足の獣を睨みつけた。


「何用だ」


 ヘルムの中は闇。その中で光るのは瞳だけ。重々しい言葉が第12位階の王門前に響いた。

 四足の獣は体を起こし後ろ足だけで立つと、黒い霧に包まれた。濃い霧が獣の周りで漂い、波打つように揺れる。すると突然、霧は内側へ吸い込まれ消えてしまい、残ったのは人型をとった悪魔だった。

 黒と黄色の毛皮を残した体に、真っ黒な髭を蓄えた老齢な人間の悪魔が立っていた。


「ウヴァル様にお目通りを」


「断る」


「……殺されたいのか?」


 威圧を表すように、2人の周囲には黒い霧の波が立った。今にも襲い掛かろうという勢いの黒い霧はじわりと高さを伸ばしていく。


 騎士の悪魔はギラギラする瞳で黒い霧を見ると、対抗の意を示すため柄に手を伸ばした。


「我が王は忙しい。第9位階の悪魔だろうと通せん」


「無礼にも剣を掴んだな『その忠誠心で弁済しろ』」


 黒と黄色の毛に人間のような指。その手を差し出すと空気を掴むように、それは慎重にゆったりと指を折り畳んでいく。すると騎士の全身から、ほぼ無色だが少しだけ濁りのある赤色の霧が、絞り出されるように、だが確実に漏れ出した。血染めの霧は別れを惜しむ間もなくウァレフォルの手のひらへと伸びていく。

 騎士は剣を抜き出し足を踏み出そうとした。しかし、周囲で待ち構えていた霧の波が襲かかり、腰から下をガッチリと押さえつけた。

 棚引く霧の切れ間まで手中に納まると、薄赤色の霧を優しく握った。


「俺の忠誠は途方もない。この程度で何が変わるか!」


 黒石よりも黒く、光も反射しない霧の波で藻掻きながら捨て台詞のように吐いた悪魔を、老人は昔を思い出すように遠い目で眺める。


「このまま殺してもいいが、やはり止めておこう。我が王は魔界の混沌を嫌うからな」


「嘘をつけ。お前の王が動いた事で、我々はこんな場所にいるのだぞ」


「それからは安定した秩序があるだろう?必要だったのだ」


「……くっ」


「伝言を頼もうか、エリゴス。ヴァプラの能力『共有』に干渉しすぎている。今すぐに手を引けと我が王が仰せだ」


「手を引かなければどうなる」


「狩りが始まる」


 朝露の重い花のように、ほんの少しだけ、堂々たる騎士も重みに顔を伏せた。


「どの王も望まないだろうな」


 その機微に、聡くも気づいたウァレフォルは畳み掛けた。秩序か混沌か、お前の王に掛かっていると。


「身勝手極まれり、ほとほと呆れる。我が王が何を望んでいるか知っているか?いや知らないな」


 黄色い瞳はウァレフォルを映す。艶のある毛並み、がっしりとした体躯、血走った目。それと比べて、鎧の中のエリゴスは魔法に対抗するための魔力も尽きかけ、黒い霧で体を揺らすだけだった。


「そのざまを見れば分かる。欲しいのだろう?が」


「ああそうだ。もう覚悟はできている。魔界がどうなろうと、戦う覚悟はとっくにできているのだ」


「では」


「伝えない。必ずお前たちを踏み潰して」


『反乱の宣言だ。隷属して弁済しろ』


 無慈悲な『弁済』の宣告が下され、騎士の体から力が抜けていった。瞳孔が開き、何処か虚空を眺めたまま動かなくなった。


「付く王を違えたなエリゴス。帰るぞ、


 荒れ狂う黒い波は騎士から空へ漂うと、主であるウァレフォルの背中に収束した。黒いマントをはためかせながら歩くその後ろで、騎士は虚ろに、ただ付き従っていた。







 【軒下の都】では、連日いろいろいな客が訪れる。飯が旨いわけでも、酒が上等なわけでも、店員が美人なわけでもないこの店は、歓楽街屈指の客入数を誇る。何が人々の心を掴むのか、それは気取らない家庭的な雰囲気と、店主の無限に思える対応能力にあった。


「おーい、酒頼むわー」


 エーの声が厨房に届くやいなや、宙を舞うジョッキたち。満タン注がれたビールを溢しながらも、角のテーブルへと着地した。今度は、遅れてやってきたぶどうジュースが着地すると、ビール1つが浮き上がり厨房へと戻っていった。


「カンパーイ」


 まだ子供のヴィーはぶどうジュースでグラスをぶつけ、CSOU社員たちはグビグビと喉を鳴らした。


「てんちょー、鳥の丸焼きとなんかの丸焼きと、とりあえず肉の丸焼きをたくさん持ってきてくれ!頼んだー!」


 酒が入って大きくなった声があちこちから飛び交う中、エーの注文は厨房にしっかり届いていた。


「ちっ」


 よれよれで黄ばんだ偏平な帽子の下で小さく舌打ちをすると、奥の部屋へと消え、戻ってきたときにはカゴいっぱいの鶏肉と、一匹の子豚を肩に担いで戻ってきた。

 長い調理台に肉を下ろし、調理台の下に収納してある薬味を取ろうと店主は屈んだ。

 すると、ピンクの肉たちはかごから飛び出し調理が簡単になるようにと、整列。次は調理台の向かいにある四角い箱の中で火が付き、ぐんぐんとその火炎を強めていく。声を漏らし腰を叩きながら顔を上げた店主はハーブやにんにく、胡椒や茶色い液体の入った壺を調理台に下ろし、素早く刻む。香草はそのまま、にんにくは潰して粗くみじん切り。胡椒はミルで挽き、タレは肉の腹の中へ少量ずつ垂らしていく。

 細かくなったスパイスを見て頷くと、火のついた備え付けの箱へ視線を移した。すると店主が背を向ける機を見計らっていたようにスパイスが浮かび上がり、肉達の腹の中へ収まっていく。そしてふわふわと流れ着いてきた刷毛がタレを吸い上げ、サササッと肉の表面を軽く撫でた。


 振り返った店主は、いつの間にか調理台に乗っている刷毛などに気を留めず、開け放った業火へと肉たちを乱暴に放り投げた。


 火の海に沈みかけた肉は、底につく前に浮き上がり、自ら全身を温め始めた。火力は穏やかになっていき、代わりに上下左右からの熱波が肉の中へと熱を送る。


 その間、他の客からの注文が入り、いそいそと調理を始めた。調理といっても燻製肉を薄切りにして、小分けにしたチーズを皿に乗せるだけ。

 出来上がった皿を調理台からカウンターへ移すと、店主はタレの入った壺を片腕に抱き、箱型の調理器の前でタイミングを待った。

 宙に浮かび上がった燻製肉とチーズの盛り合わせが客席へ流れていくと同時に、一番奥の箱型加熱器の扉が開いた。香ばしい匂いと熱気が漏れ出る間もなく、店主は駆け出し、刷毛に着いたタレを塗りたくっていく。肉も着飾りたいお年頃なのか、箱から顔を出して全身をムラなく塗れるように回転している。


 一つ塗り終えると、また次、また次とテンポよく扉が開き店主が刷毛を動かす。すべて塗り終えると、火力が一気に跳ね上がった。表面のタレと脂が弾け、焦げ目がつく。


 チリン!


 甲高いベルの音が鳴り火が止まる。次々と音が鳴ると、扉が一斉に開き、肉達が姿を表した。こんがりと焼けた皮目はスパイスと肉のハーモニーを封じ込めている。店主が、タレの上塗りと焼き上がりまでの間に準備していた平皿に肉達が乗ると、最後の仕上げとばかりに追いダレをしていく。今度は、タレが皿に少し貯まるぐらい、気持ち多めに塗っていく。

 こうして完成した丸焼きは、カウンターに乗せられ宙を漂い角の席へと流れていった。

 だが、1つだけ道に迷ったように客席をうろついて戻ってきた皿があった。一番小さな鶏肉で、見た目には他の丸焼きと遜色ない。

 店主は調理台に帰ってきた肉にナイフを入れ、適当に切り分け口へ放り込むと、眉間にしわを寄せた。


「食っていい」


 店主がポツリとこぼすと皿から肉が浮き上がり、ひとりでに開いた奥の部屋へと消えていった。


 店主は無駄になった鶏肉を見送ると、タバコを取り出し吸い込んだ。違和感を覚えたのか、タバコを指で挟むと、独り言をつぶやく。


「火、分かんだろ」


 再び咥えたタバコの先に、今度は火がつき、店主は煙を吐く。束の間の一服を楽しみながらまた呟く。


「完璧な仕事したな。腹の中にぶち込んだスパイスと合わせれば堪んねえだろうな。ジューシーな肉、溢れる肉汁、いやー1匹はミスったけどしゃーねえわな」


 短くなったタバコを灰皿に押し付けると、待ってましたとばかりに注文が入った。今度はミートパイである。


「ちっ、やるぞー」


 小さな舌打ちと、誰にも聞こえないほどの掛け声で、調理場は慌ただしさを取り戻した。






「おおおおお!やべえなこれ!」


 運ばれてきた丸焼きの肉たち。照りのある皮は目にするだけで芳醇な香りが広がる。


「旨い!旨いわ!めっちゃ柔らかい、マジで、作ったやつ天才だな」


 いつにもなく上機嫌なエーは、無邪気に肉を頬張っていた。社員たちとマモン、それから新入社員の元英雄アズガー・テープルも食べきれない量の肉を前に、頬を緩ませていた。


「会長、こんな時に聞くのもあれだけど、戦争は大丈夫かしら?子供たちを避難させた方がいいかなーって思ってるんだけど」


「大丈夫だろ。心配なら会社に連れてくりゃいい。マモンが魔法を掛けたからめっちゃ頑丈だしな」


 人目がある為、人間の姿になっているマモンは、嬉しそうに胸を張ってみせた。すると、隣に座るテープルは怪訝そうな顔でエーとエイチを見比べる。


「なんだよ」


「大丈夫だろって本気ですか?何か根拠があるんですか?僕は今回の戦争、厳しいと思いますけどね」


 ついさっきまで王国の英雄として西部に派遣される予定だったテープルの言葉には重みがあった。エイチが続きを促すと、神妙な顔でフォークを置き語り始めた。


「西部の守りが異常に弱いんです。今まで何で気づかなかったのか不思議でたまりません。西部以外の地域には3英雄が配置されていますが、明日にでも戦争が起きそうな西部にはだれ一人配置されていない。そして、僕はこうしてあなたたちの同僚になった。勝てる見込みがあると思いますか?」


 3英雄という言葉に社員とマモンは気づいた。キューの能力で、バンデン・アマーリエの記憶を失っていることに。そして、彼を引き抜いたことでこの国の戦力が大きく低下したことに。

 だとしてもエーの考えは変わっていなかった。やはり大丈夫だと確信していたのだ。それは戦争に勝てるという自信ではなく、社員を守れるという自信でもなく、自分が生き残れるという自信である。


「勝てるかどうかは知らねえ。でも、俺は死なねえしお前たちも死にたくないなら会社に籠ってろ。俺たちが強いのは集まって戦うからだ。1人1人の能力なんか、数の前では意味がない」


「要するに、戦争はどうでもよくて、CSOUの皆さんが集まっていれば生き残る事は容易いと、そういうことですか?」


「そゆこと。別に逃げてもいいけど、安全は保障できねえぞ。俺と一緒にいるなら、当然協力する」


「OK、子供連れてそっちに引っ越すよ。空き部屋あったっけ?」


「さあ?足りなきゃ、マモンに頼めばいい。金さえ払えば作ってくれるだろ」


 引きつった笑みでぎこちなく頷いたマモン。それを見てエイチはすっきりしたように肉にかぶりついた。異世界の小さな居酒屋に集まった転生者達は、昼から飲む酒を楽しんでいた。転生して、見知らぬ世界に怯え、元の肉体が持つ記憶を頼りにそれらしく振舞い、時には危険な目に遭う。だが、転生者が集まりこうして助け合いながら、一つの目標に向かって進んでいく。そこには生死が関わるが、昔に体験したような青春を酒と共に味わっていた。

 そこでエヌが酒の力を借りて、皆に尋ねる。


「ここに転生した時、どうだった?」


「何だそれ、急だな」


 鼻で笑いつつ答えたエーに、肩を竦めながらも、「この世界と自分」の最初のページを開いた。


「マークネイト州の騎士に粗相を働いたってんで一家諸共殺されて、で、俺が転生した。土の中から這い出てみたら、俺を殺した騎士が墓にしょんべんしてやがったからぶん殴ったら首が吹っ飛んでよ。全力で逃げて、会長に拾ってもらったて感じの、なんつーかそれぞれの経歴ってのか?教えてくれよ」


 突然始まったエヌの出生話に皆面食らっていた。しかしどこか興味深く聞いていた社員たちは、互いに目でけん制し合った。酒の席といえども、気恥ずかしさがあったからだ。そこで名乗りを上げたのは、テープルだった。


「僕が転生したのはまだ赤ちゃんだった。僕が死んだのは5歳の時だったから、記憶も知識もそれなりにある状態から人生をスタートできたんだ。この世界の母親は殺されて、別の村で育てられて、今に至る、かな」


「おいおい、だいぶ飛んだな。お前の母親はなんで死んだ?殺されたんなら、ヴィーみたいに復讐とか考えないのか?」


「んー、ブルッファーヴァの地方領主に殺された。領主だよ?報復なんて考えもしなかったよ。それに、育ての親が実の母の事を教えてくれなかったし、というか本当に知らないみたいで。その状態で僕が仇を知ってるなんておかしいだろう?だから、復讐なんて忘れてたよ」


「ガキに転生すりゃ、苦労もそこらの人間と変わらねえか。他は?新入りに先越されてんぞ。ほれ、エム、シー、おめえらはどうなんだよ」


 名指しされた二人は顔を伏せてちびちびとビールに口をつけた。エヌのため息と同時に手を挙げたのはぶどうジュースのおかわりが来たばかりのヴィーだった。


「知らない方もいると思うので、テツ、ほら話して。ちっ、あんまり話したくはないな」


「おいおいなんだよ。会長はレイプ魔だし、エイチは人間を食うんだぞ?大したことでビビんねえって」


「ぶふぉっ、ごほっ、ははは、冗談さ。彼はだいぶ酔っているんだよ。悪いね」


 ボリュームの加減が難しくなったエヌの社員紹介を聞いて、マモンは飲んだばかりのビールを吹いた。白い目を躱すため、念のため酔ったことにしたが、信じる信じないに関わらず、距離を置かれたのは間違いないようだ。今来たばかりの客が、入口へ引き返したのだから。


「……死刑になって転生した。で、ここにいる。これ以上は話さない」


「ほおー、てことは会長と一緒だな!」


「ボクは知っての通り、妹の敵討ちがしたいので、ここに来ました。そして殺されて、社員になりました」


 肉をつままず、話をつまみにごくごくとビールを飲むと、すまし顔のエスを指さした。


「エス、お前はどうなんだ?何となく予想はつくけどな!どうせストーカーしてたんだろ」


 ナイフとフォークで上品に肉を切り分けていたエスは手を止めた。骨から外した肉が山盛りの皿をエーの手元に置くと、エヌを強くにらみつけた。


「知った風な口きかないでくれる?キモいんだけど」


「ああ、悪い悪い。で?聞かせろよ、俺は許してやっただろ?戦いに割り込んでも殺さなかった」


「止められたからでしょ。なんなら今すぐに殺してみたら?どうせ出来ないんでしょ」


「ばーか、俺はいま機嫌がいいんだ。そんなんで手を出すわけないだろ」


 ”ストーカー”として最愛の人から引き離されたのは図星だった。別れると言ってくれれば良かったのに、警察に相談したことが許せなかった。だから、彼の部屋で自殺したのだが、それをエーの前で言っていいものかと少し葛藤していた。前の彼氏の話をして気を悪くしないだろうかと。エーは切り分けられた肉を食べながらも、話し出すのを待つように、チラチラとエスを見ていた。


「自殺した。別れた腹いせに。で、転生したらしょうもない農家の長男の嫁だったのよ。それが嫌で逃げ出したら、騎士崩れみたいな臭い奴らに犯されそうになって、そこで出会ったのよ。会長に」


「オイラもいたけどねー」


「ああ、いたわね。まあそんなところよ、もういいでしょ」


「会長が白馬の王子様に見えたってわけか。だからストーカーしてたんだな、納得」


「っほんとに口が減らない。一回死ねよ」


 すっかり腹は満たされ、皆の過去話を興味深く聞いていた一同だった。そして誰もが気になるのは謎が多い3人の話である。


「ずーっと黙ってるシーとディーはどうなんだよお前ら謎が多いだろ、特にシー」


「ふん、だから来たくなかったんだよ」


「あ、ああ、僕はですね、ええと」


 フォローの為、話に割り込んだディーだったが口ごもってしまった。それが余計に皆の興味を煽り、姿勢を前のめりにさせる。


「なんというか、酔った父と喧嘩になりまして、それで殺されました」


「は?負けたって事か?いくつの時だよ」


「中学1年の時です。拳で勝てる気がしなくて包丁を持ったら、逆にその包丁で刺されて、死にましたね」


「笑っちゃいけねえのは分かってるが、ウケるな。で?転生してから何してた」


「また酔っぱらいの父と、暴力に怯える母の家庭に転生しました。うーん、細かい事は割愛しますが、それから奴隷になったり、騎士の従士になったりいろいろあって、ここにたどり着きました」


「はあ、気になるけど今回はまあいいか。で?シーはどうなんだ?」


「……アンタの能力について教えてくれたら話すよ」


 ここへ来てからというもの、終始鬱陶しそうにしていたシーは、別人のように顎を上げ挑発するようにエヌと視線を交わした。そして、隣に座るディーは驚いたようにその提案者を見つめていた。


「ああいいぞ。『強健』と『六感』ていう能力だ。『強健』は分かるだろ?要するに最強なんだよ。で『六感』は俺もよく分かってない。会長曰く五感が鋭くなって新たな感覚を生み出すとか言ってたけど、正直まだ使いこなせてない」


「へえ。心を読めるわけじゃないんだ」


「なんだよ、みんな知ってんのか?どうせビーだろ、死んでよかったぜ。心を読めるって分かりやすいだろ。説明も簡単だし。でもいつも心を読めるわけじゃない。読める日もあるし、読めない日もある。俺もよく分かってない」


「そっか。ありがと」


「……おい、約束守れよガキんちょ」


「はあ。ほとんど覚えてないからつまらないよ。転生前は会社帰りに車にひかれて死んだんだと思うな。ここに来てからは従士だったディーと出会ってすぐに仲良くなったから、波乱万丈な人生は歩んでない」


「死んだと思うってなんだよ。それからお前も騎士の従士だったのか?詳しく話せ」


「最後の記憶は暗闇の中で大きくなる光だった。それ以降の記憶は無いし車にひかれたんじゃない?ここでは騎士だったよ」


「はああ?お前が騎士?わお、今日イチびっくりだわ」


「終わり。しつこく聞いたら帰るから」


 エヌは両手を上げながらも、意外な一面を知れて満足そうに笑った。そして、謎が残るのはあと2人である。

 社員の中でも頭が切れて、エーの次にみんなが慕う人物である。


「エムお前は?」


「わたしパスー。エイチは?」


「えっ!?私はみんなに話したし知ってるでしょ?」


「もー1回聞かせてよ」


「んー仕方ないねー。元の世界では」


「病気で死んだ。転生してからはガキ二人育てるために働いてたが、戦争で食料がない中、人間を食って生き延びた。で、会長の噂を聞きつけて働いてるだろ?嫌になるぐらい聞いたっつーの。俺が聞きたいのはお前だよエム、皆もだろ?」


 外堀を埋められ、エムの顔が明らかに歪んだ。

 それを知りつつも、知的好奇心は抑えられず、皆は控えめながらも頷く。


「てよ。ほら話してみろよ。誰も引いたりなんかしねえよ」


 目をぐるりと回し、大きく首を横に振ってみせたが、皆の視線はエムから離れない。


「ぜーったいに話さないから。関係ないでしょ」


「ちょっとでいい、家族関係とか、死に方とか、ここに来てからとかいろいろあるだろ」


「……ここでは、まあ、やっぱムリー。ねーかいちょー助けてよ」


 惜しくもゴールに届かなかった。皆はお茶の間のにわかファンのように、大袈裟にため息をついた。

 そして助けを求められたエーは空になった皿にフォークを置くと、ビールを飲み干した。


「俺の話で勘弁してやれ」


「おお!分かった!じゃあ会長、何やらかして死刑になったのか、そしてここでは何をしたのか!」


「ったく、そんなに見つめるなよ。俺は、エヌが言った通りの人間だ。ヤッた後殺す、これを15件やった。で、パクられた。つってもパクられたのは別件だぞ?その別件で冤罪になって死刑だ」


「それ、有名なんじゃない?冤罪で死刑ってニュースにもなってたでしょ。病院でニュースばっかり見てたから知ってる!それから連続婦女暴行殺害事件も、未解決で懸賞金が出てたわ」


「ニュースになったのか。まあ、それで死んで転生した。転生したのはどっかの、あれは死体安置所か?まあ、そこで起きたらマモンがいた」


「うんうん。オイラとの初めての出会いさ」


「で、マモンにいろいろ教わりながら、力を高めていって、会社を建てた。転生者が普通に働くのは無理だろ?差別がやべえし。だから会社だ。この世界では馴染みがなくても、会社でピンとくるのは転生者だろ?転生してからは夢だと思って生きてたが、牢屋で閉じこもるより夢のほうがマシだから、散々自由にして気づいたんだ、これ現実だってな。だから、今では命を大事にしてる」


「で?突拍子もない目標を立てた理由も聞かせてくれよ。弱肉強食で世界征服するんだろ?」


「世界征服って、そんなこと言ったか?俺が言ったのは、弱肉強食のより良い世界にするだ。お前らみたいなキチガイが生きにくい社会より、キチガイが主導する生きやすい社会のほうがいいだろ?だったら強さっていう分かりやすいルール、自然の摂理に戻してやれば、よく分からん法律や王様や政治家に従わなくて済む。そしたら、俺たちは除け者にならず、自分の好きなようにできる。やりたいことをやってるだけさ」


「要するに、わがままってことだな?」


「フッ、その通り。わがままが許される社会を作る。ルールを決めるのは強さだ」


「会長、思ったこと言っていいか?」


「なんだよ」


「アンタはクズ界の救世主だよ」


「ったく、褒めてんのか?貶してんのか?」


「どっちもだよ。よーし、みんな乾杯するぞ!」


 社員たちは中途半端に残ったジョッキを持った。エーはたった今運ばれてきたジョッキを掴む。


「この世界じゃ差別されるだけの生きる価値もないゴミだ。俺は前の世界でも普通ってやつに馴染めなかった。だからヤクザになって道端でくたばった。ここでは、会長がいる!俺たちみたいなゴミクズを引っ張ってくれる最高の男が!いつか、マジで殺りあいたいぜ、乾杯!」


 2回目の乾杯はジョッキからビールが溢れるほど激しかった。だが、気にする者などいない。溢れてしまったビールに価値などないのだから。

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生まれ変わって悪道を邁進する マルジン @marujinn

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