第11話 ロビン 救援任務
僕の名前はロビン。
冒険者にしてタンポポ神拳の使い手だよ。
戦争やその後に続いた国際会議が終わり、夏も暮れ始めた季節。
僕の次に学園島に入ってきた2月組の子たちは続々と卒業し、それぞれの道を歩み始めている。一度卒業しているけど、僕もこの2月組だね。
国の約束でロビン馬車に乗って来た子は、必ず一度は元の領地に戻らなくちゃならないんだけど、みんな引っ張りだこみたい。
特に東西南北の4大都市から来た子たちは凄いんだ。お役所やギルドに採用されちゃった子もたくさんいる。
僕がいたグループだと、一番幼かったタータが一番凄いところに就職したんだ。なんと公爵家のメイドさんになっちゃったんだよ。犬耳メイドのシキさんにべったりな子だったから、専門の修行もメイド育成コースに進んだんだ。その関係もあるんじゃないかな。
肩書きは以前と変わらず見習いだけど、それは明日への希望のある見習いだ。きっと、みんなもう寒さに負ける生活をすることはないと思う。
僕? 僕は冒険者のままだよ。
僕は案外この職業が好きみたいなんだ。抜け出したいとずっと思っていたのに、生活できるようになったら意見を変えて、少しゲンキンだけどね。
僕はギール君やニャルちゃんと一緒にパーティを組んで、王都圏にあるダンジョンを巡っているんだ。
ダンジョンの踏破新記録樹立! みたいなことはできていないね。やっぱり、ダンジョンの歩き方は先輩たちに一日の長があるんだ。でもしっかり稼げているよ。
さて、そんな僕たちに国から依頼が来たのは、卒業からしばらく経った頃だった。
ギール君やニャルちゃんと冒険者ギルドの会議室に行くと、たくさんの人がいた。
ほとんどが先輩で、みんな学園島で見た人たちだ。少しだけ知り合いの顔もあるね。
「こんにちは、グラッドさん。みなさん」
「よう、ロビン。お前らもか?」
「はい」
グラッドさんは大魔境で活躍している冒険者だ。
元々は斧戦士をしていたらしいけど、学園島では勉強を学ぶ子供たちと同じコロミア様を信仰して修行していたんだ。
最初は山賊みたいなボサボサ髪にもじゃもじゃヒゲの人だったけど、今ではヒゲを剃って髪を後ろで縛り、どこかの騎士団長でもやっていそうな知的でムキムキな戦士って見た目になっていた。
学園での繋がりで僕たちはグラッドさんのパーティと知り合った。ちなみに彼らのパーティのリーダーはガイアさんだね。ニヤニヤしながら魔術を使う、ちょっと変わった人だ。
彼らは僕たちよりも少し早く卒業してジラート辺境伯領に戻っているけど、2週間置きに行ったり来たりして、学園島で追加の修行をしているみたい。卒業する頃にグラッドさんが難しい本をスラスラ読めちゃったものだから、他の人たちもコロミア様の修行を受けたいということになったんだって。
学園島の2回目以降の入学は授業料が必要だけど、文字が読めるっているのは楽しいし便利だからね。学園島で学んだ冒険者には、こういう人が凄く多いって聞いたよ。
僕たちはグラッドさんたちの隣に座らせてもらって、一緒に話を聞くことにした。
世間話をして待っていると、ギルド長とお役人さんが入ってきた。
「諸君、今日は突然の招集にもかかわらずよく集まってくれた。事態はかなり急を要する案件だ。依頼を受けるかどうかをこのあと正午までに決めてもらいたいので、心して聞いてほしい」
ギルド長の前置きを聞いて、全員が察したと思う。
スタンピードの場合は強制招集だから違う。だから、きっとなにか大変な魔物が現れたんだ。
でも、最近は国内の騎士様の強さはとんでもないレベルになっているはずだし、それでも対応できない魔物なんてちょっと想像がつかない。というか、学園島で強くなった騎士様が勝てないのなら僕らでも勝てないよ。
僕は世間的に凄く強い子みたいに言われているけど、同じ修業をした騎士様の方がずっと強い。僕の強さに、もともと鍛えていた騎士剣術の腕がプラスされているようなものだからね。
それなのになんで僕たちなんだろう? とにかく話を聞かなくちゃ。
ギルド長が場所を譲ると、役人さんが前に出て簡単に自己紹介をしてから、説明を始めた。
「これは国内の話ではない。隣国フォルメリアを跨いだ国ジュスタルクでスタンピードが起こる兆しを捉えた。おそらく1週間以内には始まるだろう」
僕たちは顔を見合わせた。
国内の話じゃないのか。それにスタンピードの話だった。
「諸君にはこのスタンピードの鎮圧に向かってもらいたい」
冒険者の一人が手を上げた。
僕の知り合いのポールさんだ。王都圏で一番の冒険者パーティのリーダーだね。
「騎士様は行かないのでしょうか? 他国の領土を騎士様が通過するのが不味いのは俺でもわかりますが、国際会議で隣国と良好な関係を築けたという話をチラっと聞きましたし、別に出陣しても問題ないのでは?」
「君の言うことは前半部分だけ正しい。良好な関係を築けたのは、あくまでも国の代表者との間の話なのだ。これを末端の貴族たちにまで行きわたらせるには、年単位の時間が必要になる。国際会議が終わってすぐのこの時期に、騎士が国を出て軍事行動を行なうのは芳しくないのだ。それがたとえ救援であってもな」
「なんとなく理解できました。ありがとうございます」
はー、なるほど、そんな感じなんだ。だから僕たちに依頼が来たわけか。まあ正直、国同士の考えはちょっとわからないけれど!
……って、ニャルちゃん寝ちゃってるし。獣人がたくさんいる国の話なのに、凄く自由な子だ。
僕たちはこの依頼を受けることにした。
というか、ほとんどの冒険者が受けるみたいだね。
スタンピードなんて凄く怖いし普通なら拒否するはずなのに、僕も含めて悲壮感はなかった。
作戦の詳細を聞き、その日は解散となった。
頑張るぞー!
翌日は集合してからすぐに出発した。
経路は東のジラート辺境伯領と繋がる転移門を使い、そこからは飛行魔法での移動になる。
「はーい、ニャルに飛ばしてほしい人集まってぇ」
そう呼びかけたニャルちゃんの下には僕とギール君だけだった。
「他にいませんかー? ニャル飛ばせるよー」
よっぽど飛ばしたいらしい。
だけど、他のパーティにも学園で修行した魔術師はいるからね。
「じゃあここからは俺たちが仕切らせてもらうぞ。俺たちの後についてきてくれ」
そう言ったのはガイアさん。
僕たちが通過するのは大魔境なんだけど、そこはガイアさんたちのフィールドだからね。
大魔境はたくさんの国に接するほど広いんだけど、各国はその内部を領土として大雑把に分割しているんだ。
森の入り口から奥地へ大体30kmくらいが領土って言われているね。それよりも奥地は未踏の地なので、どこの国の領土にもなっていないんだ。
今までは。
木々の上を飛んで大魔境に入ると、その広さがよくわかる。
アアウィオルでは今まで30km地点を奥地と定義していたけど、学園島ではその地点はまだまだ浅い層と教えられた。
その授業を聞いた時はいまいちピンと来なかったけど、この光景を見れば納得だ。
僕たちはいま200mくらいの高さにいるから……えーっと、地平線は50km強くらい先かな? そのはるか先までずっと木々の海が広がっているんだ。
「広いなー」
僕の独り言を拾ったのか、ガイアさんが話しかけてきた。
「こんなもんじゃねえぞ。この5倍くらい高いところから見てもずーっと森なんだ。まあ、お前も学園島の地図で知ってるか」
「はい、知識では知っていますけど、実際に見ると凄いですね。それにしても、そんなに高いところから見たんですか?」
「おう。飛行魔法なんて覚えたらどこまで行けるか試したくなるだろ?」
「うん! なる!」
悪戯っぽく笑って言うガイアさんの言葉に反応したのは、ニャルちゃんだった。
僕は飛行魔法が使えないからよくわからないけど、かつて飛行魔法を自力で復活させた魔術師様は好奇心で海の果てを見に行って帰らぬ人になってしまったそうだし、魔術師ならみんなそうなのかな?
「おっ、やっとるやっとる。ちょっと止まってくれ!」
ガイアさんがそう言って空の上で止まるので、他のパーティもその場で止まることになった。
ガイアさんの視線の先には、物見台が木々の中から頭を出していた。その周辺は切り開かれ、小村が作られているようだった。
「あそこはなんですか?」
大魔境のことをほとんど知らない僕は、普段はここで活動しているグラッドさんに尋ねた。
「あれは大魔境を切り開くプロジェクトの中継地点だ。ああいうところがいくつもあって、それぞれの場所からそれぞれの場所へ、両方から道を作っているのさ」
「あー、あれが噂の!」
「おかげで俺たちの収入もどんどん上がっている。どこの貴族領も盛り上がっているみたいだが、冒険者にとっていま一番熱いのは大魔境だろうな」
「はえー」
いま、アアウィオルでは大魔境を切り開くプロジェクトが進んでいるんだって。
アアウィオルがゾルバ帝国やアルテナ聖国を下した後にその領土を取らなかったのは、もっと旨味がある土地が国の東側に広がっていたからなんだ。
大魔境なら文化が違う人たちに気を使う必要が全くないからね。それに大魔境の開拓はたくさんの優秀な人が誕生し始めたアアウィオルにとって、大きな受け皿になるんだって。
この大陸の地図が学園島にはあるんだけど、それによると大魔境と各国はスイカと薄いお皿を横から見たような形をしている。
スイカの部分は大魔境で、お皿は各国だ。もちろん両方とも正確にその形状ではなく、厚みがある部分もあれば歪な場所もある。だいたいそんな形なわけだね。
ちなみに、アアウィオル王国はお皿部分の西の一番上に位置している。
そんな比率なので人類が使っている領域というのは驚くほど狭いんだ。
だから、女王様がこっちへ進出しようと考えたのは、当然なのかもしれないね。
「それにしても、戦争をしたり大魔境に進出したり忙しいですね」
「同盟国にも学園島の技術を学ぶ機会を与えるそうなんだよ。それが始まるのが1年後みたいだから、それまでに領土を広げてしまいたいんだろう」
「あー、そういうことですか」
僕とグラッドさんが話していると、ガイアさんは赤い色がついたライトの魔法を上空に撃った。
撃った後で指先から出る魔力の残滓にフッと息を吹きかけ、凄くニヤニヤしている。魔法が撃てて嬉しいんだなぁって、なんだか微笑ましく思った。先輩だからそんな指摘はしないけれど。
すると、物見台の方から青い光がチカチカと光った。
「あれは何の合図ですか?」
僕はグラッドさんに尋ねた。
「あれは通行許可さ。飛行魔法が当たり前に使われるようになったからな。ああして合図を送り、通行許可の簡略化を行なっているんだ。あっちで赤い光がチカチカ光ったら、向こうで確認が取れていないから一度あそこに立ち寄らないとならん。逆に今みたいに青く光ったら許可が下りたというわけだな」
「なんか大雑把ですね」
「大魔境なんてそんなもんさ。森の中からでもやろうと思えば通行できちまうからな。これはあくまで、飛行魔法でスイスイとどこまでも行っちまうヤツを無くすための処置だよ。学園島で修行したヤツでも大魔境の真の奥地は普通に死ぬらしいからな」
「あー、そうらしいですね」
「勝手に死ぬならいいが、そういう魔物を刺激されたら困るからな。だからこんなのが必要なわけだ」
「へぇー」
学園島が定義している大魔境の奥地は、環境自体が厳しく、僕がスタンピードで戦ったレッドオーガなんて目じゃないほど強い魔物が犇めいているんだって。飛行魔法はそういう危険地帯まで比較的容易に行けるけど、地上からの攻撃で撃墜されると授業で習った。
「ニャル、お前は調子に乗って行くなよ」
「えー? 行かないよー」
ギール君が注意すると、ニャルちゃんから暢気な答え。この子はちょっとアホなところがあるから、ギール君も心配なんだろう。
まあ僕たちとパーティを組んでいる間は大丈夫だろうと思うけど。
森の中で野宿。
魔術師がたくさんいるから、土でできた簡易的な家や防壁があっという間にできちゃった。
「ミャムム、大丈夫かなぁ」
自分たちで作った家の中で、ニャルちゃんが妹のミャムムちゃんを想って心配そうにした。
ミャムムちゃんは国土地理院っていうお役所でお昼まで働いている。
働くにはまだかなり早い子だけど、ニャルちゃんの帰りを家で待つだけではせっかく学園島で覚えた技術を錆びつかせちゃうからね。
それに、ミャムムちゃんが大人になる頃には学園島を卒業した人がいっぱい世に現れるだろうから、まだ少ない今のうちにお役所の人に認められるのは、結構重要なことだと思う。
なんでも、ミャムムちゃんは国内で急増している建物のテンプレートを設計しているらしいよ。
この前、ミャムムちゃんが考えた家の耐久性の実験をするっていうから見学させてもらったけど、子供が考えたとは思えない2階建ての家にびっくりしちゃったよ。正直、僕よりもよっぽど頭が良いね。
「大丈夫だよ。ミリーちゃんやレナちゃんと楽しくやっているよ」
お昼で仕事が終わったら、いつもはニャルちゃんが迎えに行くまでお役所の中で数学の問題を解いたりお昼寝したりしているみたいだけど、この任務にニャルちゃんが就いたので、代わりにミリーちゃんやレナちゃんが迎えに行く予定になっている。
あっ、僕の友達のミリーちゃんとレナちゃんは商業ギルドで働いているよ。
国内では今、転移門を使った大きな商業圏が構築されつつあるから、どこのギルドもどんどん人を採用しているみたいなんだ。学園を卒業したレナちゃんたちが王都に戻ると、馬車の停留所で多くのギルドの人から就職のスカウトがあったって言っていたからね。
いまでもみんなで集まってよくご飯を食べるけど、みんなそれぞれの職場でとても活躍できているみたいだね。
「それ! ニャルが心配しているのはそれなの! ミャムムが迷惑かけてないといいけどなぁ」
「大丈夫だろ。ミャムムは数学のドリルを渡しておけば大人しいもんだ」
ギール君が言う。
「そうだと良いけど。きっと、お友達の家にお泊まりしてはしゃいでる。寝坊してお仕事に遅刻したら、ニャルは叱らないとならんのです!」
ふんすとして言うニャルちゃんの言葉を聞いて、僕は小さく笑った。
「どうしたんだよ」
僕の笑いを見て、ギール君が首を傾げる。
「ううん。前の僕らでは考えられないほど贅沢な悩みだからさ。楽しいなって思って」
「あー、それはそうかもな」
ほんの半年前までは王都で一番安いような木賃宿に泊まることさえ苦しかった生活だったので、他の子の家に泊まりに行くもなにもなかった。
そんな僕たちが、今ではそれぞれがアパートを借りている。ルームシェアをする子もいるね。
みんな、自分だけの部屋を持ち、リゾート島の海で拾った綺麗な貝殻や学園で教えてもらったドライフラワーを飾ったりしているんだ。僕のような冒険者コースを選んだ子は、魔物の牙なんかを飾るかな。あと、僕の場合はタンポポも飾っている。非常食兼ご神体だよ。
だから、みんな、自分の自慢の部屋に友達を呼ぶのが楽しいんだ。
僕はあまりそういう欲求がないんだけど、友達の部屋に行くのはとても好きだ。たまらなく幸せなんだって気持ちが部屋に満ちていて、こっちも楽しい気分になるからね。
「でも、まだまだ終わらないさ。これからミャムムが作るような綺麗なアパートがどんどんできる。俺たちもどんどん稼いで、そういう新築のアパートに引っ越すんだぜ」
「ニャルはミャムムが設計したお家を建てて、そこに住むんだ!」
ギール君とニャルちゃんがそう言って笑う。
それは以前に語れば悲しい現実逃避だったけど、今では決して無理じゃない夢だ。それがとても嬉しく思える。
僕はどうしようかな。
一か所に留まる冒険者になるのもいいし、世界を見て回るのも面白いかも。この任務にはたくさんの冒険者が参加しているから、いろいろ聞いてみるのもいいかもしれない。
そんなふうに思える自分にも嬉しくなった。
いそいそと眠る準備を始めるニャルちゃん。
リュックに丸めて括りつけられていたのは、女王陛下に貰った毛布だ。
僕たち見習い冒険者組にとっては、とても思い出深い物だから愛用している子は多い。
凄く丈夫な毛布なので僕も今回の旅に持ってきたけど、ニャルちゃんのは当て布がされていた。
「ニャルちゃん、穴が空いちゃったの?」
「うん!」
なぜかニャルちゃんは嬉しそうに笑った。
愛着があるのかな?
「いい加減替えろよ。女王陛下もそんだけボロボロまで使ったなら許してくれるだろ」
「ニャルこれがいいの!」
そう答えるニャルちゃんに、ギール君は肩をすくめた。
その瞬間、僕はビビっときた。
あの毛布には、ニャルちゃんとギール君、そしてミャムムちゃんしか知らない思い出があるのだろう。たまにこの3人は僕や他の友達が入り込めない空気を出す時があるのだ。
二人は好き合っているのかな?
まあそういうことを指摘すると、パーティの関係がぎくしゃくすると聞くし、言わないけど。
僕たちの中にも、そのうち結婚する子が出てくるのかなー。
その時はうんと祝福してあげよう。
アアウィオル王国物語 ~僕たち、私たちの国にチートが来た!~ 生咲日月 @pisyago-n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アアウィオル王国物語 ~僕たち、私たちの国にチートが来た!~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます