第87話 興行の日に向けての準備
スラムの先生のところからお店に戻る途中で、鉱石を扱っているお店に寄った。
なるべく透明度の高いクリスタルを一つ購入する。これをドワーフの集落で汲んできた水に入れるのだ。クリスタルを軽く水洗いして、ビンに沈める。そして朝日が当たる窓辺へ置いた。聖水の下準備はオッケー。
日暮れまであと少しだけど、お店を開けておかな。
「いらっしゃいませ~」
二人組の女の子がやってきたわ。十代後半くらいかな、かわいいスカートを穿いている。
「可愛い指輪!」
「全部模様が違うんだね。気に入ったのを、買っちゃったら?」
カゴにまとめて入れてある、ビーズリング。スラムの住人が作ったもので、一つ青銅貨一枚。じっくり選んで、水色に四角い模様のリングを買ってくれた。
「ありがとうございます、青銅貨一枚です」
「ありがとう、これ可愛いね」
客は満足して帰っていった。うんうん、お店を開けて良かったわ。リングは残りが少なくなったから、追加してもらおうかな。ブレスレットも欲しいわね。緑が残ってて、水色やピンクなど可愛い色が売れ筋よ。
ただし緑は、たまに「この色がなかなかなくて!」と、喜んで買ってくれる愛好家がいる。
もうちょっと商品の種類を増やしたいし、興行の日の売り方も考えないとな。ぼんやりと考えていたら、二十代で背が高く、青い髪の男性がやってきた。
「やっといた! 完成したのに留守にしてるんだもんな、三回も来ちゃったよ!」
「……誰?」
うーん、記憶にないなあ。買いものをしていないことは確かね。
「ひでえ、覚えてもいない! 俺だよ、職人キツネ。木製のネームプレートを注文したろ? 銅貨五枚に値切って!」
木製プレート……、あ、思い出してきたわ。
ライカンスロープの患者が狼に変身した時、飼い狼のフリをして退治されないよう、ネームプレートを頼まれたんだっけ。
「忘れてたけど待ってたわよ! ささ、どんな出来具合? 見せてちょうだい!」
「調子いいんだからなー、全く」
男性の姿のキツネはブツブツ言いながら、木製プレートをカウンターテーブルの上に置いた。名前とちょっとした模様が彫られただけの、簡素なプレートだ。これを首から提げれば、討伐されたりはしないだろう。
「えーと、銅貨四枚だったわよね」
「五枚だよ! ただでさえ値切ってるんだから、これ以上は安くしないよ! 油断も隙もないなあ……」
チッ、失敗した。まあいいわ、損はしないわね。私は銅貨五枚を払い、プレートを引き出しに仕舞った。キツネはカウンターテーブルに肘を突いて、立っている。
「そういや、アンタも興行の日はお店を出すの?」
「んー、組合で広場に露店を出すらしいよ。俺は事前にいくつか作品を渡しとくだけ。興行を楽しみにしてるんだ。歌や踊りとか、動物を連れて芸をさせるヤツらもいるんだよ。今度のはどんなのかな」
「へー、動物を。連れて行かれないように、気をつけなね」
「化けギツネを連れてく訳ないだろ!!!」
いやー、分らないじゃないの。色んなのに化けられるのも、芸みたいなもんよ。
待てよ、それならリコリスを売り払えば……。サンに怒られそうだから、やめておくか。
職人キツネは、少しお喋りをしてから帰っていった。前回この町に来た興行師の話で、演劇をする人達だったそうだ。恋愛劇であんまり楽しめなかったと言っていた。
その前はジャグリングとか、円盤を投げて自分の元に戻したりとか、バク転したりとか派手な芸をして盛り上がったとか。私もそっちがいいわ。どうせならナイフ投げでもして失敗して、「金貨を出すから治療してくれ!」みたいな展開にならないかなあ。
その後はお客も来なくて、真っ暗になってからお店を閉めた。星が少しずつ夜空に灯り、仕事帰りの人々が家に帰っていく。
私の家にも明かりが一つ、ふよふよと飛んできた。
バイトのスパンキーの、ショーンだわ。
「どうしたの、ショーン。今はお仕事ないわよ」
『……興行がくるの、楽しそう……』
「昼間はあんまり出歩けないでしょ、見に行くのは難しいわよ」
『……うん……』
相変わらず覇気の無いスパンキーだ。スカウト場所が無縁墓地だから、こんなものなのかしら。妙に哀愁が漂っている。
「……なんかお土産でも買おうか?」
『音楽……』
おうっと無理難題じゃんか。私は楽器の
「難しそうね……」
『そっか……』
心なしか光が鈍くなった気がする。ショーンはふよふよと、力なく戻っていった。
うーん、音楽か……。カスタネットとかシンバルなら私にもできそうだけど、買うとお金がかかる。音を出せばいいんだよね、なべを叩くとかどうかな!? 一人で叩いても音楽っぽくない気がする。
他の楽器……、そうだ口笛が吹ける人とかいないかな。それなら無料だわ。
当日までに考えるとして、夕飯の準備に取りかかった。
買っておいたパンと野菜炒め、焼き芋。並べたら完成です。あとは紅茶を用意しよう。沸かしたてのお湯は熱すぎるけど、気にしなーい。
焼き芋は冷めてもおいしい。パンはちょっと硬く、野菜炒めはもやしが多い。うーん、物足りない。ここにステーキがあったなら。ステキ。
食事がイマイチでも、ベッドで横になればわりとすぐに眠れるわ。夢も見なかったので、あっという間に朝になった気がする。
朝の日差しを浴びて、水の中で輝く水晶。
本日の予定は、まずスラムの先生の診療所へ行く。昨日は半分寝ぼけてたからなあ、私のお願い聞いてたかしら。
途中で朝食にして、そのまま行こう。診療時間にはまだ早いものの、私ならいいわね。治療してもらうんじゃなく仕事の話だし、元聖女で信用が豪雪地帯の雪より積もってるもの。
繁華街では、朝食時間から開店している店も多い。ミックスサンドを堪能して、いざスラムへ。
相変わらずヒマそうな人が外で座り込み、子供がケンカしていて、ボロい家の壁は剥がれそう。そんな道の端で、細い煙がたなびいていた。小さな魚を焼いてるみたい。数人が集まっているし、みんなで朝食かな。
女性が小麦粉を
食べものにしか目をくれず、診療所までやって来たわ。
先生も食事中だ。朝食を済ませても、人が食べてると欲しくなるのはなぜかしら。
「はよー。まだ朝食だよ、もう少し遅く来い」
「開店前がいいのよ。で、昨日の話は覚えてる?」
「あー、家事がどうこう言ってたヤツか」
先生はパスタを食べながら会話を続ける。具がほとんどない寂しげなパスタで、隣にはサラダ。緑の葉っぱとミニトマトが何個かあるだけ。トマトならいいわね、私はミニトマトを一つ頂いた。
「ドワーフの集落の下働きを紹介してって頼んだ話よ」
「……うん、思い出した。てか勝手に人のを食うな。スラムの住民が育てて、治療費代わりにくれたトマトなんだよ」
「てことは、余ってるの? わりとおいしいし、うちの店に置く?」
採り立てで瑞々しく、甘さも申し分ない。トマトなら日持ちもするわよね。いいかも。先生は少し考える素振りをして、首を横に振った。
「……やめとけよ。古くなれば味が落ちるし、売れ残ったら廃棄になるんだから。マイナスになったら怒り狂いそうだ」
「なるほど、そりゃそうね。やめとくわ」
確かに、数日売れなかったら捨てるしかないもんなあ……。
諦めかけていたところに、天啓が降りてくる。
「チュピーン! 興行の日だけ売るのはどう? 買い取りじゃなくて、売り上げの何割とか、場所代をもらうとか、そういう感じにして」
「お、いいね。野菜を作ってるヤツらに言っとくよ。プラムもあるな」
うんうん、いつもと違った品揃えになりそう。楽しみね。
先生はパスタもサラダもキレイに平らげ、水を飲んでいる。
「じゃあ商品集め、ヨロシク!」
「下働きは期待するなよ、さすがにドワーフの集落に住むってのはハードル高いぞ」
スラムなら働き口に飛びつくヤツがいるかと安易に考えていたけど、意外と保守的なのかな。ドワーフの家の方が、ここらの住宅よりよっぽど立派でキレイなのに。ちょっと小さめなのが難点か。
「こんな掃きだめに住むよりいいのに」
「堂々と言うな。こんな場所でも愛着はわくし、仲間がいるからなぁ」
「ふーん。まあ興行の日に面接があるから、気になる人は来るように宣伝して」
「おう」
求人広告でも貼っておきたいけど、スラムの住人で字が読める人は少ない。無意味なのよね。先生に地道に宣伝してもらうしかないのだ。
お店の商品の相談もしないと。ビーズリングの追加や、ブレスレットなど他のアクセサリーも増やす提案をした。なかなか忙しいわね。
はー、もっと効率よく設ける方法ってないのかしらねえ……。
※遅くなりました、お待たせしました!
今年もよろしくおねがいします。
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元聖女です。お店を始めたら、常連客が魔性の者ばかりなんですが!? 神泉せい @niyaz
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