最終話 悪役令嬢とヒロイン、そして





「やっぱり悔しいのか」


「悔しいに決まっていますわっ!」


 敬語というものを使う気の無いキャーンパルネの言葉に、フォルテはプンプンと怒っていた。


「だけど負けは負けですわ」


 あの時もしも二人の位置が違っていたら、なんて言うのは野暮だ。だからフォルテは負けを認めた。次は負けないと心に刻んで。ってまだ戦う気なの?


「卒業パーティで決着ですわ」


「ふぅん?」


 シナリオを知らないキャーンパルネは、フォルテのセリフをさらりと流した。

 卒業式典は今さっき終わった。卒業証書授与と幾つかの祝辞と答辞が交わされる、ありきたりな内容はいかにも乙女ゲーだ。細かいところは省略してキャンセル。

 彼女たちは夜に行われる卒業パーティまで、自由な時間を過ごす。決着は近い。



 ◇◇◇



「むむむ、むむむぅ」


「殿下、いつまでもそうしていては」


「わかっている。しかしなあ」


 卒業パーティ当日、控室にいるガッシュは腕を組んで椅子に座り、そして悩んでいた。なぜ悩んでいるのかよくわからないまま、それでも悩んでいた。

 主題はアレだ。フォルテとの結婚。別に卒業したらすぐに結婚などというルールは無いし、具体的な日程が決められているわけでもない。両親たる王と王妃にしても、フォルテ絡みについては触れようとしない。

 なのに、なぜかムズムズするのだ。



「いよいよだよ」


「そうですわね」


 3月上旬のまだ肌寒い風が吹き抜ける。外だから当たり前だ。

 通例なのだが卒業パーティは全校生徒が参加することになっている。となると全員を収容する講堂が必要になるわけだが、そんな施設は流石に存在しない。なので外。

 一応校舎に入る階段を装飾して上座とし、校庭のそこかしこにテーブルが置かれている。それっぽい幕も張られて、一応の体裁を整えてはいた。


「これもシナリオの影響なのかな」


「はてさて、わかりませんわ」


 全校生徒が参加するという意味、アリシアとフォルテにとって、それは婚約破棄をつつがなく全校生徒に知らしめるためのご都合に感じられるのだ。


「ですが、階段から突き落とされたのはわたくしですわ。野蛮なヒロインですわ」


「あーずるい!」


 お前らが野蛮を語るか。



「……これは本当なのだな」


「4重に確認が取れた上に、王陛下と行政府、軍部も確認しています。間違いありません」


 よりによってガッシュの出番まで15分を切ったところで、中央からの使者が駆け込んできた。もたらされた内容に、王子は苦悶の表情を浮かべる。


「そうか。陛下は?」


「それが、その……、こちらを」


 一緒に出せとも思ったが、それでもガッシュは新たに手渡されたもう一つの書類を見た。


「丸投げじゃねーか!」


 そして、切れた。



 卒業パーティはつつがなく開催されていた。ただ、所用が入ったとかで王子の挨拶は後回しにされている。

 とはいえ気心のしれた学生同士の宴会だ。政治的意味合いも薄いし、今が楽しければいいじゃないかといった感じだった。4月になれば嫌でもそういうのにかかわることになるわけだし。


「殿下、遅いですわね」


「なにかあったのかなあ」


 なぜかフォルテとアリシアは同じテーブルにいた。立食形式なので移動自由なのだが、この後にイベントが発生したらを考えて、なんとなくね。



「殿下、骨は拾います」


「私に死ねと言うか」


「それくらいの覚悟が必要かと」


 同じころ、まだ控室でグダっていたのはライムサワーとガッシュだ。ワイヤードはとっくにいなくなっていた。食事に惹かれたのだろう。


「……行くしかないか」



 ◇◇◇



 ライムサワーを伴いガッシュがステージに立った。やっと現れたかと学生たちがはやし立てる。それが許される空気が今の学園にはあった。王子はそれを好ましく受け止める。この学園に来て良かった。

 それと同時に気を引き締める。これから皆に伝えることは、自らの命を賭けた内容になるだろう。覚悟を決めろ、ガッシュベルーナ・フォレスタ・ハッブクラーナ。お前は成長を遂げた王子だ。


「皆が今日という日を迎えたことを嬉しく思う。その中に私も含まれることもだ」


 彼の祝辞が始まった。

 5分程であったが、友情、努力、勝利、青春、挫折、成長、希望、未来なんかを含んだ渾身のスピーチが皆の心に沁み渡る。覚醒を繰り返した王子による会心の演説であった。そして。



「最後に……、もうひとつ言わなくてはならないことがあ、あひゃ、あひょる」


 語尾が怪しくなった。膝がガクガクと震える。生命の危機を目前にして全細胞が警告を発しているようだ。覚悟は決めたはずだ。さっきまでは大丈夫だったはずなのに、いざとなるとこれだった。


「ふぉ、フォルテ、いひゃ、ヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラ」


「なんでしょう」


 すっと、王子の正面にフォルテが現れた。それがまたガッシュの恐怖を増幅させる。


「き、ききき、きみきみきみ」


「殿下……」


 ライムサワーが自ら流す涙を、ハンカチでそっと拭った。僕は力になれません。


「君との、婚約をはにゃ! は、はきはきはき、破棄する!」


 かなり無理やり言い切った。

 当然だが場が凍り付いた。おいおい、あいつ死ぬ気かよ。遠まわしな上にかなり残酷な自殺を選んだものだと、王子の被虐趣味すら疑う者までいる。


「殿下」


 フォルテの横に現れたのは、目をキラキラさせながらウルウルしている器用なアリシアだった。


「わたしを選んでくれたのね」


「そ、それそれ、それは、かか勘違いじゃないかな? あ、ありありアリシアと、けけけっこんする気、な、ない、ぞ?」


 再び場が凍った。気温は何度だ、いま。バナナで釘を打つくらいは楽勝だろう。


 そこでフォルテとアリシアがとある可能性に到達した。

 まさか他に目を付けたのがいるのか!?

 ヒロインと悪役令嬢が素早く辺りを見渡す。マジェスタとヘルパネラには婚約者がいる。しかも目の前にだ。多分セーフだろう。ならばっ、いやしかし、あり得るのか?


「ピィコック?」


「ひっ、ひぃぃ!」


 普段のアリシアからは考えられないほど低い声が発せられた。

 ピィコックは動けない。震える拳どころか、体中が小刻みに振動している。ガチビビりだ。


「フォルテ、アリシア、怯えている。止めてやってくれ」


 王子の諫めに二人は確信した。やはりこいつか。普段は邪気を感じさせない弱気な顔をしていたというのに、やってくれたなっ!


「そうじゃない。話を聞け」


 ターゲットがピィコックに逸れたので、口調が素に戻った。そして気付く。どうして自分は理由を先に言わなかったのか。

 はたしてそれはシナリオの強制力というものか、物語の都合なのか。メタい。



「皆も落ち着いて聞いて欲しい」


 一番落ち着くべきなのはお前なんじゃないかという視線を、王子はあえて無視した。


「6日前の報告だ。帝国が我が国に宣戦を布告、そのまま国境近くの街、ケロッタを包囲している」


 カエルっぽい名前だが、ケロッタは王国第3の都市だ。確かに帝国との国境から近く、かなりの戦略目標と言える。

 だがなぜそれと婚約破棄が。


「これを見て欲しい!」


 ガッシュは懐から1枚の書類を取り出した。


「王陛下からの委任、いや、任命書である! 王立ハッブクラン学園をまとめ、帝国を撃て。それが私の役目だ」


「なるほど」


 フォルテが一歩踏みこんだ。王子が一歩退く。


「理解できましたわ。殿下が指揮を執る。王国法では上級指揮官の下に身内を置いてはならじ」


「優遇された歴史があったのだろうな。私なら君こそ最前線に出すだろうに」


 やっとこ理解が得られたと、王子も苦笑いだ。


「お受けいたしますわ」


「どっち?」


「両方ですわ。婚約破棄も最前線も」


「そうか……、すまない。ありがとう」


 なんかこう分かり合った感じで二人は頷きあっていた。


「長くてひと月ですわね」


「へ?」


 王子が間抜けな声を出した。これが3か月とか半年だったら彼も察したかもしれない。全然分かり合えていなかった。



「ライムサワーさん、参謀です。部隊編成と敵の進軍予測を。情報はお持ちですわね?」


「わかったよ」


「マジェスタさんは派閥の取りまとめと、婚約者様の補助を」


「わかったわ」


 フォルテはまず学園の頭脳たる二人に指示を出す。


「ワイヤードさん、ヘルパネラさん、ピィコックさん。同じく各派閥の取りまとめをお願いしますわ」


「おう」


 ワイヤードが代表して答えた。脳筋なりにノッているときは反応が速い。


「キャーンパルネさん、グラスさん、補助にあたってくださいませ。特に輜重と装備ですわ」


「わかったぜ!」


 軽快な指示が飛んでいく。置いてきぼりはガッシュだった。


「殿下は旗印ですわ。適当に座っていてくださいませ。よろしいですわね?」


「わ、わかっている」


 ガッシュはフォルテから与えられた役割にちょっと不満そうだ。彼とて若造、手柄が欲しい。


 そこからは速かった。組織については例の学園第1種警備態勢がそのまま流用され、部隊が組み上げられていく。基本は派閥ベースなので、部隊長なんかもすでに決まっているようなものだ。本来はお家に伺いをたてるべきなのだけど、学生たちの目はすでにキマっていた。

 総勢647名。ここに『学園大隊』が結成された。



「アリシアさん、わかっていますわね」


 最後にフォルテはアリシアに声をかけた。遊びに行くかのように、気楽に。


「もちろん! フォルテに勝てばいいんだよね!」



 ◇◇◇



 あれは本当に戦争だったのかと、ガッシュはふと思ってしまう。


 ライムサワーが予想した敵進路と、さらに予備兵力を見たフォルテとアリシアは、ポンポンとこちらの進軍経路と日程を指定した。まるで予め決まっていたチェスの手順を見ているがごとくだ。そしてそれはことごとく正解を示した。


「マジェスタさん、全員の魔力管理はよろしいですわね」


「え、ええ」


 フォルテ自身は手を出さずローテーションで遠距離魔法を使えば、不意を打たれた敵は潰走し、こちらの別動隊に捕らえられた。


「エンチャント・オーバーエリア。ブースター・エクストラヒール」


 後は聖女アリシアが全員を治して終了だ。


 出発した8日後にケロッタは解囲された。後を王国軍に任せ『学園大隊』は一路転進。こちらの王都を直接目指して山脈を超えてきた敵本命を捕捉、伏撃、殲滅。この時だけはなぜかフォルテとアリシアも前線に立ち、見事帝国の第3皇子やら、なにがし将軍をひっ捕えてきた。逃げ延びた敵兵は一人もいなかった。

 ここまで15日。


「敵軍に告ぐ。そちらの第3皇子は我が方に落ちた」


 ケロッタに取って返し敵軍に停戦勧告をして、正式に停戦が合意されたのは28日目だった。


「あと5日は縮められましたわ」


「もうちょっと脅しをかければよかったかなあ」


 後に言う『28日戦争』はそうして終わった。正式な終戦交渉はこれからだろう。


『学園大隊』が関わった戦闘については、敵味方併せて戦死者0、負傷者0、捕虜はいっぱい。いや怪我人は沢山いたが、全員治した。あってはいけないキルレシオ。曰く『神々に守られた戦場』だ。神様も天上で呆れていることだろう。



「ふう」


 ガッシュは今、王都郊外、王家別荘に面した湖のほとりに立っている。

 昨日は大隊幹部を集めての戦勝記念パーティだったのだ。


『まず先に言っておく。今回は例外だと』


 彼らも学園生だ。わかっているはずだが、それでも王子は言わなければいけなかった。賞賛より前に戒めからとは、なんともはや。

 卒業生たちはすでに全員行く先が決まっている。戦争で赴任がひと月以上遅くなったが、その分救国の英雄として待遇は悪くないだろう。


「さて、これからどうしたものか」


 戦争は終わった。正確にはすでに王子の手から離れた。後は外交部がなんとかするだろう。

 ならば彼女たちはどうする。フォルテは、アリシアは。



「殿下ー!」


「アリシアさん、お待ちなさいな」


 背後から聞こえてきた声に振り返れば、満面の笑みを浮かべるアリシアと苦笑気味のフォルテが走り寄ってくるところだった。全力ならば3秒だろうけど、妙にスローモーなのは役作りだろうか。


「おはようございます、殿下」


「ご機嫌よう。朝早くからどういたしましたの?」


「いやなに、目が覚めてしまっただけさ」


 そうしてガッシュは二人を見つめる。

 3年前まであったフォルテへの苦手意識はない。彼女らの持つ超常的な力には畏れこそあるものの、嫌悪感など感じていない。いやむしろ、そんな二人が必死に王子の為に努力していることを知り、彼は……。


 やっぱり怖い。だがそんな彼女たちと一緒にいれば楽しいのかもしれないな。なんとなく王子はそう思ってしまった。吊り橋効果じゃなかろうか。



「あの、もしも、君たちが良ければなんだが」



 ◇◇◇



「殿下、なんですかあれは」


「いつものことじゃないか」


 騒音を聞きつけてライムサワーたちがやってきた。

 ワイヤードも、マジェスタも、ヘルパネラも、ピィコックも、キャーンパルネも、グラスもいる。ああ、自分は仲間に恵まれている。

 だけどやはりあの二人は特別なんだと、彼らを見て確信した。なんせ胸の高鳴りが違う。本当に恋心なのか、それ。



「あぁぁくやくぅぅ、れいじょおおぉぉ!」


「ひいぃぃぃろぉ、いいぃぃん!」



『正妃』の座を賭け、湖面で激闘を繰り広げるフォルテとアリシアを見て、ガッシュは微笑みを浮かべた。


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悪役令嬢VSヒロイン 学園大決戦! えがおをみせて @egaowomisete777

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