第25話 果てしなき武の先に





 ぐしゃっ! アリシアの攻勢防御でフォルテの拳が砕かれた。

 防御フィールドに圧縮空気の粒を混ぜ込んでいたのだ。


「ぐぅぅあああっ、ハイヒールですわっ!」


 それでもフォルテは止まらない。拳を修復しながら、打ち込み動作を完結させた。


「あっ、かっああぁぁ!」


 アリシアの首は、半ば指が折れたままのフォルテの手によって掴まれていた。同時に打撃で喉を潰されている。

 それでも悪役令嬢は手を緩めない。


「『サンダーストーム』」


 ずばあぁぁぁん!

 とてつもない音が階段付近に響いた。空気操作魔法を応用しアリシアの周囲に電圧差を作り上げ、落雷を発生させたのだ。

 多くの生徒が耳を抑えていた。鼓膜をやられて血を流している者すらいたが、各自回復させているようだ。流石は学園生。


「この距離で耳をやられ、た?」


 マジェスタは顔を顰め、そして気付いた。ならば直撃を受けたアリシアは。


「フォルテ! そこまでよっ!!」


「まだまだですわ」


 アリシアは首を掴まれながら両手をだらりとぶら下げている。焦げ臭いにおいが辺りに漂っている気すらした。もうすでにアリシアは、まさか。

 ここから追撃を加えようというのか。あまりに苛烈なフォルテに周囲が沈黙した。



「やってくれたあぁぁぁ!」


 突如再起動したアリシアが叫び。両手でフォルテの指を引っ掴んだ。

 バキバキと指の折れる音が響いてアリシアが開放される。さすがのフォルテも手を治しながら一歩後退した。開幕以来、ここに初めて両者が分かたれたのだ。


「まさか、あれをレジストしてから、無詠唱で治した?」


 以前出てきた魔法教官が唖然としてから呟いた。

 アリシアのやってのけたことは、それくらい異質だったのだ。


「あの瞬間に真空絶縁体を作ったのか」


 ライムサワーの見立ては正確だった。学園の教師、生徒たちはヒロインと悪役令嬢によってもたらされた科学知識をある程度収めている。だからこそアリシアの凄さが伝わった。

 一瞬の間に敵の攻撃内容を予測し、無詠唱で対応してのけた彼女に驚嘆する。


「あれだけの怪我を無詠唱でヒールしたのかよ。すげーな」


 キャーンパルネは妙に嬉しそうだ。『オーケストラ派閥』なのだが、たとえ他派閥であろうとも偉業を褒めることを躊躇わらない。最近の学園は総じてそんなもんだ。

 無詠唱魔法行使は別に特別なスキルではない。だが過剰の魔力と、イメージを固めるために強靭な集中力が必要とされる。


 生死を跨ぐ極限状況下にあって、アリシアはそれを成し遂げて反撃を加えた。どれだけだ。



「観客が沢山だから大規模魔法は使えない。だけど、だけど凄い。あれだけの魔法を技術として使ってる。力、魔法、……技。心」


 ピィコックの心から吐き出されたかのような言葉は、共感をもって皆に受け止められた。

 武の高みはまだまだ遥かだ。今日この場で、そのさらに上を見せつけられた。けれどそれは登ることができる山道だった。頂上までは果てしなく、自分は五合目で限界を迎えるかもしれない。


 それでも登るんだ。



 ◇◇◇



「お見事ですわ」


「そりゃどーも」


 一連の流れを見事で済ませるフォルテだが、それを聞いたアリシアもなんのことはないといった顔だ。


「流石は光の聖女ですわね」


「それまだ発覚してない設定なんですけど、しかも2周目」


 アリシアの正体が古の王家傍流の血を引く『光の聖女』などというのは、ガッシュ、ライムサワー、ワイヤード、ついでに帝国の皇子を攻略した後の、逆ハールートで出てくる設定だ。大体1周目に適応されてるかどうかすら定かではない。


「それと、聖女だからできたっていうのが気に食わない。あれはわたしの実力です」


「あら、そうでしたの」


 アリシアとてわかっている。これは安い挑発だ。

 フォルテもあそこから畳みかけるつもりだった。それを仕切り直しまで戻された。嫌味のひとつも言いたくなる。どっちもどっちだった。


「さてじゃあ、今度はこっちから」


 アリシアが動き出す。



「呆れるわね」


「マジェスタなら対応できるか?」


「無理ね。逆にわかるからこそ惑わされて、それでおしまい。レジストしても近寄られてドスン」


 マジェスタとライムサワーが見ているのは、もちろん絶賛開催中の学園大決戦だ。

 特にマジェスタが注目しているのは、魔力フェイントだった。

 空気を振動させ音を作り、熱を上下させ、風を巻き起こす。さらには光を屈折させて、自分の居場所をズラしてみたり、複数投影せしめていた。


「血まで使うか」


 王子も唸る。

 多数のデコイに織り交ぜて、気圧差で作った無形の刃物がそこかしこに隠されていた。大抵は避けるかレジストしているが、それでも掠った結果の流血は、血風として目くらましに使われていた。


「アリシアが押してる?」


 魔法と剣技の両方に長けるヘルパネラが気付いた。

 アリシアが繰り出す魔法技の数が、フォルテのそれをわずかに超えているのだ。


「あはは、アリシア様、キれてやがる」


 キャーンパルネが楽しそうに言った。先輩だからと平民のアリシアにも様を付ける辺りが彼女らしい。


「ん、決めにいった」


「すげえ歩き方してやがる」


 観衆の中でも屈指の動体視力を持つグラスとワイヤードが、アリシアの決断を悟った。



「きゃおらあぁぁ」


「ぐあっあぁぁ!」


 ばりんと音を立ててフォルテの右膝が割れた。

 ありとあらゆる魔力フェイントとアリシア自身の変幻歩法の中に潜ませた罠、気圧地雷がフォルテの挙動を一瞬だけ乱したのだ。アリシアの前蹴りは容赦なくそこを突いた。


「うおおおぉぉぉああぁぁ」


 倒れ込んだフォルテにアリシアの魔法フルセットが容赦なく襲い掛かる。

 気圧の乱高下とそれによる温度変化、水分の強制蒸発、仕返しとばかりに落雷のオマケ付きだ。これは酷い。


「……決まったの、か?」


 ライムサワーは怯えながらも目を離さない。


「まさか。これでお互い様だ。フォルテが落ちると思うか?」


 悟りを何度か開いたガッシュは、精神の面から二人を評した。まだ終わってはいないと。



「しつこい。けど、すごいね」


 アリシアがぽつりとつぶやいた。

 フォルテがいたはず場所は水蒸気によってモヤが掛かった状態だ。だけど分かる。心臓の鼓動、息遣い、魔力の脈動。全てがフォルテの生存を物語っていた。


「な、か、なか、の、攻撃で、したわ」


 満身創痍という言葉がこれほど相応しい光景があるだろうか。膝こそ回復したものの、追撃を受けた脇腹には反対側が見えるほどの穴が空いている。腕、肩は捻じくれ、両目は閉じたまま血涙を流している。潰されたか。

 それでもフォルテは立ち上がる。普段の悪役令嬢然とした優雅で傲慢な動きをかなぐり捨て、ふらふらと頼りなくも、それでも立ち上がる。無様であろうと関係ない。

 それが悪役令嬢ヴィルフェルミーナの矜持だ。


「いきますわ、よおぉぉぉ!」


 最優先でヒールしたのだろう。血を流したままの両目がかっと見開かれ、無数の怪我を残したまま、フォルテが前進した。


「こいやあぁぁ!」


 動じることなくアリシアも叫ぶ。受けて立つ意思が言葉に宿った。


 戦いは終わらない。



 ◇◇◇



「朝か」


 ガッシュが零す。

 戦いは夕方から始まり、翌朝を迎えていた。ほぼ12時間、彼女たちは戦い続けている。

 両者は何度も優勢と劣勢の天秤を傾けあっていた。だが窮地に陥るたびに、フォルテもアリシアもそれを覆してみせる。まるで精神が全能力を上乗せしているがごとくだった。


「だけど、もう終わる」


 観客の内、誰の言葉だったろう。それは誰の目にも明らかだった。

 すでに魔力は尽きている。もう2時間も前から魔法戦闘は終わり、1時間前には身体強化も無くなった。残された筋力と技術と精神だけで、それでも二人は戦い続けていた。


「今なら俺でも倒せるってか」


「ワイヤード、殺されるぞ」


「わかってるよ。喉を噛みちぎられたくはねえな」


 ワイヤードの軽口にライムサワーがツッコムが、倒せるというのは多分事実だろう。だけどそれでも、挑めば殺されるのではないかという何かを、フォルテとアリシアは持っていた。



「あ」


 フォルテが小さく声を漏らす。昇りかけた太陽の光が一瞬だけ、彼女の視界を斬ったのだ。

 普段のフォルテならものともしないだろう。今ですら予測はしていた。ただ精神に肉体が追い付かない段階にきていただけだ。


「さいご、は、おてんと、さまのやること、かあ」


 不満そうなアリシアがたどたどしく言いながら、トンとフォルテの肩を押した。それがアリシアの精一杯だった。



 ごろごろとフォルテが転がりながら、階段を落ちていく。観衆からはそれがあまりにゆっくりして見えた。

 だから思う。ここからフォルテが立ち上がり、雄々しく階段を上るのではないかと。


「フォルテ」


「フォルテ様」


 そこかしこから声が上がる。別のフォルテ側というわけではない。自分たちの知る彼女はここから傲慢に覆す、そんな存在なのだ。だから期待の声は止まらなかった。


 フォルテが止まったのは、階段の踊り場だった。



 ◇◇◇



「あーあ、おわっ、ちゃった、かあ」


 フォルテの敗北を見届けたアリシアもまた、その場に崩れ落ちた。

 ピィコックやグラスが駆け寄った時には、すでに意識も切れていた。それでも呼吸は安定している。


「生きてます。アリシアは生きてます」


 ピィコックが泣きながら報告した。アリシアは生きている。

 フォルテの元にはすでにヘルパネラとキャーンパルネがいた。心配そうに悪役令嬢を見下ろしている。


「きょうのとこ、ろは、わたくしの、まけですわ、ね」


「フォルテ様」


「フォルテ様!」


「てだすけ、むよう、ですわ」


 介抱しようとするヘルパネラたちをつっぱね、ふらりとフォルテは立ち上がった。

 もはや傷を治すだけの魔力も残されていない。足元はおぼつかなく、小刻みに震えているのがわかる。


「みなさま、ごきげん、よう」


 その言葉に踊り場に駆けつけた全員が道を開けた。これは悪役令嬢の凱旋だ。肩を貸したり、治療を施すなど、無粋の極み。ただその高貴で傲慢な精神を見送れば、それが賛辞になるのだ。



 フォルテは自らの足で去り。アリシアは医務室に運ばれた。


「今日と明日は休校とする」


 観客に混じっていた学長が宣言した。アリシアにもフォルテにも、浮ついた生徒たちにもまた、休養が必要だろう。 



 こうして学園最大の戦いは終わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る