第24話 悪役令嬢VSヒロイン ファイナルバトル





 その日はやってきた。

 快晴、春を思わせる穏やかな風。


 テスト休みが明けてからの座学は、もっぱら社会に出てからの身の振り方に重きが置かれていた。もう試験は無いわけで、心構えや貴族ならではのやり取り、社会人としての自己紹介を含めたグループディスカッションなどに時間が割り振られている。


「俺は近衛騎士団長を断った。だけど1年でどこまでやれるか試すつもりだ」


 ワイヤードが格好良いことを言っている。父親、すなわち近衛騎士団長の心痛はいかばかりか。だって多分、彼は剣技だけならこの国ナンバー3だぞ。



 だがそんな賑やかしにも、学生たちの気はそぞろだった。

 まことしやかに噂が流れていたからだ。


『あの二人が今日の放課後、ヤるらしい』


 もし事実だとすれば、ぶっちぎりで学園最高のイベントだ。見逃す手はない。


「どうなるかな」


「わからん」


 ひそひそ声がそこかしこで飛び交う。



「さて、そろそろ時間かな」


 まだ鐘も鳴っていないのに、教師がまとめっぽいことを言いだした。


「将来の夢を語るもいいが、どうやら君たちの興味は別のところにあるようだ。この後すぐにだね」


 これは説教か? やべえ、長引いたら出遅れる。

 いやここは3年A組だから当事者はそこにいるのだけど、座席取りというのもある。


「それでいい。未来を見通そうと努力すると同時に、目の前の事実から学びなさい。さあ、鐘が鳴るよ。今日はここまで」


 なんとも粋な教師であるが、ご当人もまた砂被り席を求めていた。私欲を良い話に切り替えるあたりは立派な社会人だし、気付いた周りの生徒たちも見習おうと決意した。ナイス教育。



「さて、いきますかー」


「そうですわね」


 そんな喧噪の中、何の気負いもなくアリシアとフォルテが立ち上がった。



 ◇◇◇



 3年A組の教室は、学園東棟3階の端にある。間取りは他の教室の1.5倍ほどか。格差社会であった。

 中央階段までは歩いてすぐだ。すでに教室に生徒たちはいなかった。今頃階段の周りは人混みだろう。王子とかは誰かに場所取りさせている。こういう時に権威を使うのを戸惑わないタイプに育ったから。


「お待たせいたしましたわ」


「ちょっとだけ待ちました」


 二人はあえてバラけて現場に現れた。アリシアが先に、フォルテが後に。

 アリシアは階段の上。多くの観客を背に、制服のスカートを翻し腕を組んでフォルテを見下ろしていた。

 フォルテは階段の踊り場。わざわざ2階を経由して演出したのだ。背後の窓からは夕陽が差し込み、表情は見えにくい。だがわかる。彼女は笑っていた。そしてもちろんアリシアも。


「気合は」


「十分ですわ」


 自然体のまま腕をだらりとぶら下げたフォルテが、ゴキリゴキリと指を鳴らした。そこから階段を一歩一歩登り始める。



 この場でフォルテとアリシアが課したレギュレーションは二つ。


『階段を含む校舎を破壊しないこと』


 直せばいいかという考えもあるが、もう間もなく卒業を迎える二人だ。立つ鳥ってやつかもしれない。これだけの観客だ。一歩間違うと巻き込む可能性はある。転落はマジェスタが、落石はピィコックあたりが守るだろうけど、可能性は可能性。

 それに悪役令嬢とヒロインはこの3年で色々学んできた。校舎の強度もその中に含まれる。もちろん部位ごとに、素材ごとに。


 これくらいの制限はむしろ修練と化す。


「やりがいがありますわ」



『踊り場に転落した方が敗者となること』


 そもそもこのイベント、悪役令嬢がヒロインを階段で蹴り落とすという、定番中の定番のアレだ。

 では勝敗をどう考えるか。落ちなければヒロインの勝ち、落とせば悪役令嬢の勝ち? どうもしっくりこない。

 よって二人は結論を出した。落ちた方が負けでいいんじゃないか。


「わかりやすいね」



 別に二人は談合したわけじゃない。各々で考えて二つのルールを設定しただけだ。たまたまそれが一致していたのだけのこと。仲良しというか、方向性の一致という感じだろうか。


「では、ではではでは」


「あはっ、あははっ、あはははは!」


 誰が開始の合図をするまでもなく、フォルテが迫り、アリシアが笑う。それが始まりだった。



 ◇◇◇



「ヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラあぁぁぁ!」


「アリシア・ソードヴァイいぃぃぃ!」


 彼女たちがお互いの名を呼び合う。二人の距離はもう階段3段分しか残されていない。

 だがフォルテは歩みを止めない。アリシアも動かない。


 そしてついにフォルテが階段を登り切った。彼我の距離は30センチ。お互いに見つめ合う。


「うぉうらあぁぁ」


「そいやっさあぁぁぁ」


 ごおん! 最早どちらの叫びか判別のつかない大音声の後、二人の額がぶつかっていた。

 お互いに弾き飛ばされるわけでもなく、両者の額がこすりつけられていた。煙が出そうな勢いだ。観衆には想像もできない力が込められているに違いない。



「いくぞ、おらあぁ」


「かかってこいでございますわ!」


 額を張り付けたまま、二人が殴り合いを始めた。超クロスレンジでの攻防だ。

 打撃力は減衰されていない。床を起点に足首、膝、腰、肩、肘を全て捻転させ、最小距離で最大の効果をもたらす拳を二人は持っていた。


「すげえ」


「魔法じゃない。あれは技だ」


「力もあるからだろ」


「だけど……、すげえ技術だ。できるかな」


「やってやるさ」


 見物している学生たちは目が肥えている。彼女たちが何を為しているのか、理解できるのが今の学園生だ。目で追えている段階で、最早常人ではなかった。



「ぬうぅあああ」


「きょえらあああぁ」


 おかしな声を上げながら、二人の身体が淡い光に包まれていく。アリシアは銀に、フォルテは闇色に。体表に色が溢れ出るほど強烈な、特級レベルを超越する身体強化だ。

 どんどん回転速度と打撃力が増していく。攻撃力と防御力のバランスが崩壊していく。


「ぐぼぁあ。ハイヒールですわっ!」


「くっはぁぁ。ハイヒール!」


 ついに苦悶の声が上がるも、即時自ら回復魔法をかけていく。魔力が続く限りのゾンビ状態だ。

 だが苦痛は消えない。ひたすら耐えながら、魔力が尽きるまで修復し、攻撃を繰り返す。


「あの二人の魔力が続く限りって、それって」


 マジェスタが両手で口を抑えながら呟いた。


「ああ、膨大だ。君でも測りきれないんだろう?」


「ええ」


 婚約者たるライムサワーも拳を握り、汗を流しながら刮目している。


「目を瞠るべきなのは、その精神だ。どうやったらああもヤれるのだ」


 ガッシュが一つの答えに辿り着いた。彼女たちの根底にある強さ、心の強靭さがホンモノだからここまで戦えるのだと。


「さすがは殿下、よくお気づきですわっ。があぁぁ」


「大切なのは、気合、ですっ。あばうわぁぁ」


 実に律儀なフォルテとアリシアは、王子の言葉にだけはキッチリ反応した。


「そ、そうか。いや見事だ」


「げぼあぁぁ、光栄ですわ」


「ぐぱぁぁ、それほどでもありません」


 ガッシュの言葉が背中を押したのか、二人の戦いはさらにヒートアップしていった。



 ◇◇◇



「あれ、何枚だ?」


「ん……、俺に見えるのは4枚、いや5枚か」


「すげえ、相手の攻撃に合せて動かしてるのかよ」


 アリシアの張った防御フィールド談義がなされていた。

 とはいっても、なにも全体バリアではない。最小の魔力で最大の効果を得るために、直径20センチほどの光の膜が幾つも動き回っているのだ。


「防御のアリシア」


 ヘルパネラも感嘆していた。そして自分に置き換えてみる。

 あのアリシアの防御、自分の琥珀レーザーで破ることができるだろうか。


「攻めのフォルテ様」


 それはピィコックもだった。

 彼女の『振動拳』は拳を震えさせて、振動を相手に叩き込むという技ではない。魔法放出が下手なだけで、対象に触れないと分子振動破壊が発動されないだけの、ある意味苦し紛れの技だ。

 だがたとえ触れたとして、フォルテの拳を破砕できるか? その前に砕かれるのはこちらではないのか。


「どっちも凄い」


「ああ、すっげえぜ」


 グラスもキャーンパルネも何かを得ようと、瞬きを忘れた。

 学生だけでなく教師までも含めて、観衆の思いは深まっていく。闘争の極限が、そこにあった。


「うん。よくわからんのがわかった。すげえぜ」


 ワイヤードは考えを放棄したが、それでも視線をずらさない。彼はほれ、筋肉と反射神経で考えるタイプなので仕方ない。



 闘争はいまだ3時間。すでに陽は落ち、階段を魔力灯が照らしているが、それでも戦いの終焉はまだ見えない。


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